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「アルダンデ?」

「坊ちゃんとこの商会の名前だよ」

「あぁ」

「なんだ、坊主はニック知ってんのか」

「誰だよ」

「さぁ」

「おン?」


ミーシャがライに簡潔に答えると『坊ちゃん』という単語に反応したダリオが再びライへと声をかける

しかしライの少ない脳内人名辞典に該当しない名前にライが傷のある柳眉をこれでもかと寄せて返すもミーシャも該当する人物が思い浮かばなかった


一度エイミーの口からその名を聞いているはずだが今まで人の名前を覚えなくて済む生活をしていたライと口説いてくる男たちの名前を頑なに覚えようとしないミーシャの染み付いた意地を知らないダリオは心当たりのなさそうなライの表情と首を傾げたミーシャの様子に同じように首を傾げた


愛娘のわざととも思える態度に呆れの溜息を吐いたカーターはグラスの中身を空にするとそこに新たに酒を注ぐ、ついでにダリオの分も注いでやる



「ライはまだ会ったことねぇだろ。それより、そういうことならおまえに食わせてもいいがおまえあっちで先に食ったなんて言うなよ。そんなことしたら何要求してくるかわかったもんじゃねぇからな」

「わぁーってるって」

「じゃあ今作っちゃいましょうか。ダリオさんまだ食べられそうかしら」

「食える食える。わりぃな、ニナさん」

「本当にな」

「おまえにゃあ言ってねぇよ」

「ふふっ、いいのよ。ダリオさんも美味しかったら宣伝してね」

「勿論だ!俺んとこに卸してくれてもかまわねぇってのに」

「手がまわるかよ、店で出せりゃあ充分だ」

「欲のねぇ奴だな」



フンっと鼻を鳴らすカーターに中堅商会の長はやれやれと肩を竦めた

ニナはグラスに残った少量の酒を飲み干すと空のグラスを持ったまま調理場へと入った、ニナの今夜の晩酌はこれで終いらしい

その背を見送った長熊ことダリオはグラスを煽りながら「しっかしこれでアルダンデからの貢物も減るかと思えばおまえも新商品毎に気を回す必要もなくなるな」とカーターの背を力強く叩いた

その力強さにびくともしない身体でカーターもグラスを傾けながら器用に口を動かす


「どうだろうなぁ。ニックがそう簡単に諦めるとも思えねぇし、今まで押し付けられたとこもあるとはいえ受け取ったのは事実なうえ諸々の証拠物もある。そこをだされりゃ今後も取引は続くだろ」



そこまで言って初めて“ニック=貢ぎ坊ちゃん”の方程式に行き着いた二人は同じタイミングで眉を顰めた

その様子に苦笑を浮かべながらカーターは隣りの巨熊に向き直る


「連絡持ってってくれんのは助かるが、おまえ時機考えろよ?」

「おン?」

「ニックの耳に入ったら店始まる前だろうが来かねないからな」

「げ」


思わず本音が溢れたのはミーシャだ

自尊心高く口説いてくる男性全般が苦手なミーシャだが特に坊ちゃんは押しも強く話を聞かないところがあるためより苦手だった、加えて今日は青髪と対戦したばかりなため連戦は御免被りたい

顰めた眉に加え顔面全てに皺を寄せるミーシャに対しライも眉根の皺を深めた


ダリオも髭で覆われている顎を摩りながら眉間に皺を寄せ「だがなぁ…」と閊えながら言葉を続ける


「エイミーに渡すってんなら逆に早いほうがいいだろ。あそこは耳が多いからな、どこで洩れるかわかんねぇし」

「あぁーそうか。…まぁ、仕方ねえか」

「げぇーーーー!!!」

「こら、ミーシャっ」

「だってぇー…」

「気持ちはわかるけど、女の子でしょう」



諦めたカーターにミーシャが全身で拒絶を現すと調理場から忠言が飛んできた


母の言いたいこともダリオの忠告もミーシャはわかっていたが不満がなくなる訳ではない

しかしカーターが坊ちゃん襲来を諦めたのはミーシャがエイミーに渡したいと願ったからだということもミーシャはしっかり理解していた

襲来させたくないならばそもそもエイミーに新作を渡さなければいい

そうすれば少なくとも店の再開前に坊ちゃんが襲来してくることはないため僅かな時間稼ぎができる

その間にいつものように心構えをしておけばいいのだ


だが、それでもミーシャは実際家で焼き直してもらった感想を聞きたいし大好きな友人が態々大きな荷物を届けてくれるのだからお礼も奮発したかった

自分が頼んだ願いのためそこに不満を回避するための甘えを加えて訴えることができないミーシャは口を尖らせて机に突っ伏した


その様子に眉を顰めていたライは苦笑をこぼしてしまい自然とライの手も動いた




ー ポンっ



「諦めろ」

「っ!~~~ッ」



諦めた


いや、むしろミーシャは許してしまった

七面倒くさい坊ちゃんが襲撃に来るかもしれないことには細胞の隅から隅まで辟易とするがそれが今この時はそのおかげで全て歓喜へと塗り替えられたのだ

例え面倒臭くても乗り越えてみせよう

なぜなら美と聖を併せ持つ最上級の神が励ましてくれたのだから、しかも頭ポン付きだ

神の励ましに背いてはならないしそのためにも襲撃された際にはライにピッタリとひっついていることにしよう、励ましに背かないという信徒故の心構えのためであり決してミーシャの欲望のためではない決して、そう決して



耳まで赤くして悶えるミーシャの小さな頭を2、3度ポンと叩くとライはカップの残りを飲み干した

視線を感じ目線を上げると瞼に埋まる小さな黒目と目が合う

未だ警戒が抜けきれない相手に無意識にも気が緩んでしまったことにライは内心で舌を打つと眉間に皺を寄せ金の瞳を鋭く吊り上げた

しかし睨みつけられているダリオは顔色も変えずにグラスを傾けると感心したように口を開く



「なんだよ、うまくやってんじゃねぇか」

「だからそう言ってんだろ、おまえは気にしすぎだ」


溜息を吐きながら呆れの声をだすカーターにダリオは髭と繋がっている短髪をガリガリと掻くとバツの悪そうな顔でグラスに口をつけた


「職業柄仕方ねえだろ、坊主もそう怖い顔すんなよ」

「ライ、こいつはただのミーシャ馬鹿なだけだから放っといていいぞ」

「馬鹿で結構だ。ミーシャちゃんのためならどんな悪者にだってなるぜ、俺ぁ」

「父親ヅラしてんじゃねぇよ」



元々鋭い薄緑色の瞳を更に鋭く吊り上げてダリオを威嚇するカーターこと師匠を見てライも少し息を吐いた

その美息に反応した信徒は突っ伏した腕の中から大好きな人を覗き見る

丁度視線を落としていた金の瞳と目が合うと美神は息の抜けるような笑いをこぼした





(~~~~ッッッ、好きっっっっ!!!!!!)





再び机に突っ伏したミーシャは心臓に刺さった極大極太の矢に悶え苦しみながら脳内で世界中の人に自慢してしまう



(みなさんっ!!この人っ!!!私の好きな人なんですっっっっっっっ!!!!!!!かっこよすぎませんかっっっっ)




脳内お立ち台の上で声高々に演説しているミーシャだが傍から見ると赤面して全身で照れている女の子である

その様子にダリオは小さな黒目を零しそうなほど蕩かすと幾分優しい声で話だした



「まぁ、大丈夫だろ。ミーシャちゃんが付けてるその髪紐、うちの商品だろ?よく似合ってる。そいつ付けて坊主に引っ付いてりゃあいつもちったあ落ち着くだろ」

「あぁー、それでテッドは一回落ち着いたぞ」

「なんだ、もう検証済みかよ。なら問題ねぇだろ」

「そのあとまた落ちてたけどな」

「は?」

「ミーシャが気の緩んだ顔で笑ったら一発だった」

「ッ、ガッハッハッハッ!!!流石ミーシャちゃん!!やるじゃねぇか!!!」

「だからまぁニックも、どうだろうな。まぁライが居りゃあ大丈夫だろうが」

「おまえも随分気に入ってんだな」

「ニナも言ってたろ。ウチの大事なガキだ、当然だろ」



大きく吹き出しニヤけ顔で笑うダリオの揶揄い混じりの言葉にカーターは口元を緩めながら気負いなく答えた

その言葉にライは顔に熱が集まるのを感じながら居心地の悪さに頬杖をついて顔ごと逸らす


その様子を可笑しそうに眺めるカーターの横で笑うダリオの瞳の奥にはもうライの見慣れた光はどこにもなかった













*おまけ*




「ライお風呂先入る?」

「あぁ」

即答である

その速さに首を傾げるミーシャだがライは同じ轍を二度踏むまいと厳かに即答したのである、必死なのだ


故意ではないとはいえ二日連続室内ストーカーを犯してしまったミーシャは今日も浴場前で待ち伏せるか悩んでいた

今日は特にライを部屋の前で待つ理由はない

ライを待つ客人も居なければ浴場から大きな音も聞こえないのだから待つ方が不自然だとミーシャもわかっている

だが風呂上り直後の美神の尊さは自らの心の臓を掴み取られるほどなのだ、例え直視できず不整脈に陥ってもその姿を拝見することは病みつきになってしまう

ましてや短髪になって初めての濡れ髪なのだ、言わずもがな、もう何も言うことはない

だがやはり待つ用事はないし室内とは言えストーカーは犯罪だ相手が嫌がることなどやってはいけないしやりたくもない

でも、けど、だって…

ミーシャは悩んだ

悩んで悩んで悶々と悩み続け、そして











「かっこいぃぃぃぃぃ……っ」

「何でおまえまたココにいんだよ」



犯罪へと片足を突っ込んだミーシャはその後無事悶え苦しみ短髪濡れ髪のライの髪を乾かすという至高のひと時を過ごした






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