80・
「おぉーっ!こりゃあ見事なもんだな!」
来て早々熊のような男はライの元までドスドス近付くと開口一番そう言い放った
カーターの知己であるダリオというその男は本当に商売人なのか山の主ではないのかというほどの巨体を屈め瞼に埋まった黒い瞳を面白そうに揺らしながらライの顔を凝視していた
髭に覆われてわかりにくい口元は何が面白いのか口角をも上げている
話で聞いていただけの男に突然ジロジロ見られたことも不快だったが自分の顔を見てもまたもや嫌悪を示してこない新たなトチ狂ってる感性の相手にライは顔中に皺が寄るほど顔を顰めた
「ガハハハ!ンなツラぁすんなよ‼︎ミーシャちゃんの理想通りってやつじゃねぇか」
「……てめぇもか」
「お?何がだ?」
豪快に笑う熊男にライが舌打ち混じりに吐き捨てると髭熊男は丸太のような腕を組みながら興味深そうに問いかける
その男から顔ごと視線を逸らし頭をガシガシ掻きながらライは溜息混じりに返した
「あいつがイカレてるせいで周りは変な奴らしかいねぇ」
「ガハハハ!つってそれに救われてんじゃねぇのか?」
「……あ"?」
「おっと、悪かった。ンな気ぃ悪くすんなよ」
丸太の腕を解きライの肩をバシバシ叩きながら髭熊は快活に笑う
しかしその笑みで細められた目の奥では刺さるような光が見え隠れしていた
見慣れたその光にライも瞳を細める
この男は嫌悪こそ抱いていないが自分を値踏みしている
己を探ってくる男に成る程確かに商売人だとライは認識を改めた
人を売り買いする商売が禁止されている今では表立って人間に値段が付くことはない
しかし自分にとって他者が利となる人物か使えるかどうかを値踏みする人間は多い
無防備に誰もかれもを信頼し受け入れる人間のほうが稀だ
そしてその結果【使い捨てても構わない】という価値か【使えない】と見出され続けたライにとってその瞳は胸糞悪い以外の何物でもなかった
値踏みされることに不快感を募らせるも向けられて当然だとも思えるその見慣れた“価値観を決める側”の瞳はライに多少の安堵も齎した
ミーシャの周りの人間はその“稀寄り”の人間ばかりなのだ
“無条件で受け入れられる”困惑ばかりの中でこういう奴がいて胸糞悪い瞳を向けられて安堵してしまった自分は骨の髄まで情けない溢者根性が染み込んでいるのだなとライは他人事のように思う
なんにせよこの男は食えない、とライは警戒を露わにした
金色の瞳を鋭くさせ冷えた眼差しで睨みつけるライに睨み付けられた熊男は益々ニヤけた笑みを深める
その態度に比例してライの苛つきも増していく中で突然ライの斜め後ろから軽い衝撃がかかる、完全に死角だった
リンッと軽やかな音と共に耳に残る透き通った声が重なった
「ちょっとダリオさん。ライに失礼なこと言わないでくださいよ」
ライの脇下から顔を出すようにしてミーシャはライに抱きついたまま熊男に不満をこぼす
回を重ねるごとに気配が感じられなくなってきた手練れの奇襲者にライは睨みつける相手を変えた、顔に熱が集まっているのは暑いからだと内心ごちておくのも忘れない
今日の昼時に恥じらいを持てと怒鳴りつけたはずの痴女はそんなこと無かったかのように変わらずライに抱きつきライの視線に気付くと嬉しそうに薄緑色の瞳を和らげた
その笑みにライの身体は途端に落ち着きがなくなり苛つく暇もなくなってしまう
溜息を吐きながらその身体を離そうとライが小さな頭を掴んだところで前方から酷い猫なで声があがった
「ミーシャちゅわぁーん‼︎今日も可愛いなぁ!俺のことはおじ様と呼んでくれと言ってるだろう」
ミーシャに不満を向けられていた筈の熊男はそれまでの食えない表情が嘘のように一転して顔面が崩れ落ちていた
効果音を付けるとしたら“デレェッ”だろうか
そのデレデレの髭面熊男にライはミーシャを引き離すのも忘れて顔を痙攣らせ無意識に一歩後退った、腕にはボツボツと鳥肌まで立っている
ここまで崩れてしまえば顔面が比較的整っていても気色悪くて仕方ない
そのデレ熊は顔面形状をそのままに丸太の腕をミーシャに伸ばしてきたためライは思わずミーシャの肩を掴み抱き寄せると更に後退ってしまった
「おン?」
「触んな」
デレ熊の溶けていた小さな瞳が形を戻し険呑さを映し出したことでようやくライも落ち着いて目の前の熊男を睨みつけることができた
自分以上に他人の顔を気色悪いと思ったことが初めてであったライは思わず周囲が自分を避ける気持ちに共感してしまった、これは仕方ない
気色悪いのには近付きたくねぇしなと他人事のように一人納得しているライの腕の中では奇襲者が全身を赤く染めて悶えていたが大魔神は悟りを開いていた為に全く気付いていなかった
その二人のどこかちぐはぐとした様子に熊男ことダリオはおや、と瞳の険呑さを潜ませる
ライが訝しげに熊男を睨みつければそれまで傍観を決めていたカーターが熊男に不満そうに声をかけた
「なぁにがおじ様だ、この変態熊。おまえのその気色わりぃ態度はどうにかなんねぇのか」
その声に変態熊男は太い眉を吊り上げ身体ごとカーターへと向けると今までの食えない表情でもなく崩壊された顔面でもない只不満だけをのせた表情でカーターに言い返した
「馬鹿野郎‼︎こんな可愛い娘に可愛く呼ばれりゃ可愛くて仕方ないのは当然だろうが!!」
「俺の娘が可愛いのは当たり前だろうが。勝手に触んじゃねぇぞ熊野郎」
「うるせぇ!!父親ヅラしやがって!!ミーシャちゃんの可愛さはてめぇじゃなくてニナさんのおかげだからな⁉︎」
「父親ヅラじゃねぇ!父親だ!!軽々しくニナの名前呼ぶなつってんだろうが!!」
「じゃあ何て呼びゃあいいんだよ」
「呼ぶな見るな視界にいれんな勿体ねぇ」
「どっちが気色わりぃんだよ、この変態不細工野郎が」
「あんだと!?」
「やるかコラァ!?」
何故か突然発生した掴み合いにライが金の瞳を瞬かせていると調理場で夕食の支度をしていたニナが最後の料理を手にダイニングテーブルへと向かいライとミーシャに「放っておいてご飯にしましょうか」と声をかけた
「……いいのか?」
「いいのよ、いつものことだから。ほら、ミーシャも。ライくんにくっつくのは後になさい」
「は⁉︎」
平然と笑みを浮かべるニナにそういうもんかと納得しかけたライは当たり前のように腕の中に囲っていた存在にようやく気付いた
常日頃から荒事に巻き込まれてきたライにとって図体のデカイ男同士の掴み合いなどその辺の小石ほどにも興味がない
そんなことよりも知らず内にミーシャを抱き寄せていたほうが大問題であった
「は⁉︎な、ばっ‼︎」
「あぅぅっ…」
全身の熱が沸き上がりながらライは慌ててミーシャを引き剥がすと同じく全身を真っ赤に染め上げていたミーシャは簡単に離れた
ミーシャは力の入らなくなった腕をゆっくり上げると茹で上がった顔を掌で覆いか細い声を落とした
「………お母さん」
「なぁに?」
「……私史上最大最上級の奇跡の日が、今日に塗り替えられるかもしれない…」
「あら、素敵ね」
「うん……」
「でも出会えなければ今日も無かったかもしれないわよ?」
「そっか…じゃあ、今日は……。幸せすぎて、辛い…」
「ふふ、良かったわね。ほら、ご飯にしましょう?」
「うん…」
腑抜けたような声を出すミーシャの背中を押しながらニナがテーブルへと促す
そんな仲睦まじい母と娘の会話だが話題の提供者であるライにとっては沸騰するかのような頭の熱を増幅させてくる凶器に過ぎない
何をトチ狂ったことをと罵る余裕もないほど頭を沸騰させたライにできたことは唸るように頭を掻き毟ることだけだった
(何やってんだよ、俺は……!!!)
この数日で浮上している“ライ変態説”に踠き苦しむライ本人の背後では変態と罵り合う図体のデカい男達が飽きもせず掴み合いを続けていた
記念すべき嬉し恥ずかしの80話の締めくくりが変態ワードですみません。
ブクマ評価読了いつもありがとうございます。
とてもとても嬉しくて作者も変態にならざるを得ません。
まばらな更新で申し訳ありません。
変態頑張ります。
ありがとうございました…!




