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「よーし、今日はこんなもんか?」



カーターは両手の埃を叩きながら己の新たな仕事場を見渡した



店に入った当初は材木と化していた棚も男二人の手で嵌め込み直し形にした後はカーターの指示によって指定された位置へとライによって運ばれていた

その際、奥の部屋に行く度に鈴の音がライの耳に残りそれがなぜかひどくむず痒かった


隅に寄せていた机や椅子も並び終えると入り口側の部屋と奥の部屋が突き抜けている場所にライの腰ほどの高さの台を配置した

その台は支払いや梱包を行うカウンターにするのだと途中からライの後ろを付き纏っていたミーシャが傷のある耳殻を未だ赤く染めていた青年に教えていた



「随分広くなったねぇ」

「そうだなぁ、窯も新調したしコレなら商品も多く置けるだろ」

「ふふっ楽しみだなぁ」

「あら、もうすっかり片付いたのね」

「おぉ、そっちも終わったか?」

「えぇ、貯蔵庫だけなら。後はまた明日かしら」



厨房の掃除を終えた後、貯蔵庫の掃除をしていたニナも戻りながら会話に加わる


売り場予定の奥部屋には壁に一枚の扉が設えてありそれはカウンター予定の台の丁度真横に設置されている

その扉から出てきた奥さんであるニナを見るにどうやら貯蔵庫やらはその向こうにあるようだ


ライが何とはなしにその扉を眺めていればその視線に気付いたミーシャがライに声をかける


「あっちに貯蔵庫とかがあるの」

「みてぇだな」

「来て来て」

「あ?」

「お父さん、ライに他の場所案内してくるねー」

「は?おい、「おー、俺達は先に家に戻ってるからな。鍵持ってけ」

「はーい」


ミーシャに手をとられ軽く引っ張られたことで疑問を投げかけようとしたライだったが店舗内をぐるっと最終確認していた雇用主である師匠の声に掻き消されてしまう

師匠であるカーターはミーシャの言葉に返事をしながら近付くと銀色の鍵をミーシャに手渡しその手をライの頭の上に乗せた


「おまえの新しいもうひとつの【家】だ。ちゃんと見てこいよ」

「っ、」

「言っとくが狭ぇとかの文句は受け付けねぇぞ?」


ぶわっはっは!と豪快に笑いながらカーターはライの頭も豪快に掻き回す

しかしミーシャと同じ薄緑色の瞳が柔らかく細められていることに気付いてしまったライは何も言えなくなってしまった


熱くなる肌や胸をそのままにただカーターに撫でられ続けるライの様子を優しく見つめていたミーシャとニナも笑みを交わし合い言葉を繋ぐ


「勿論、あちらの【家】にもいつでも帰ってきてちょうだいね」

「ライばっかりお店に居ることないし偶にお父さんと交代すればいいよ」

「あー、それもそうだなぁ」

「あら、そしたら私も一緒にお店に泊まろうかしら」

「それは駄目だ」「やめろ」


閃いたとばかりに声を弾ませたニナの言葉にカーターとライの返事が重なる

今までの和やかな空気が飛散するほどの速さだった

笑っていたカーターも固まっていたライもそれまでの態度が無かったかのような真剣味を帯びた表情にニナとミーシャは似た表情でキョトンと返すのだった


















象牙色の壁に張り付いているような木製の扉をミーシャが開けるとライは掴まれた手に引かれたままその扉をくぐり奥へと足を進める

目の前の女は手を掴まないと案内できないらしいので無駄な問答をすることは既に諦めていた


足を進めた先は今までの部屋とは違い褐色の壁面で囲われていた

入って正面側の壁には扉が離れた位置にそれぞれ一つずつ

視線を右に向ければ突き当たる箇所にも扉が一つあった


「あそこは裏口。仕入れの商品とか持って来てもらう時にはあそこに来てもらうようお願いするの」

「持ってきてもらう?誰に」


ライの視線を追っていたミーシャがその扉に向かいながら説明する

その内容にライは疑問を返した

歩く度に軽やかな鈴の音を奏でながらミーシャは透き通る声で返事をする


「お店の人。さっき話してたダリオさんの商会が多いけど

偶に他のお店からも食材を仕入れたりするから結構まちまちかなぁ」

「こっちから仕入れに行くんじゃねぇのか」


「勿論そういう時もあるけど定期的に必要になるものは持ってきてもらうほうが助かるの。量も多いし万が一手が離せなくて仕入れに行けなくても在庫の心配しなくて済むからね」

「へぇ」


ミーシャが開けた裏口から外を覗き込みながらライは説明に耳を傾ける

今まで自分が生きてきた中で触れることもなかった店としての作りにライは面白いものだと新鮮な気持ちを感じていた


左右を見渡した後ぐるりと周囲も見渡すとライを見上げる薄緑色に気付く

その色が爛々と輝き顔いっぱいに笑みを浮かべている様子にライは途端に居心地が悪くなった

このトチ狂ってる彼女は気付けばいつも楽しそうにライの側に居る

そのことにむず痒くもあり落ち着かなくもあるライは未だに慣れない



「…ンだよ」

「んーん、なんでもない!それでねっライ、こっちが貯蔵庫」



そういってミーシャは楽しそうに裏口側に近い扉を指し示した

その様子にライは己の動揺を逃すように息を吐くと指し示された先に視線を移し説明を聞いた



貯蔵庫が裏口に近いのは届けられたものをそのままそこに運び込むためらしい

便利だなとライが言えば今まで男手がカーターだけでその貴重な戦力は厨房から離れられないためこうなったのだと説明された


そしてもう一つの扉には水場と浴場が一緒になっており洗濯もそこでできるとミーシャは部屋の中を指差しながらライに一つ一つ教えていた


「今ここには置いてないけどライが住むようになったらお湯にする道具と乾かす箱も持ってくるね」

「乾かす箱?」


ミーシャの言葉にライはまたも疑問を返す

湯にする道具は覚えているが乾かす箱は覚えがないし用途も分からない

覚えている道具は確か貢ぎ坊ちゃんの貢物だったはずだと思えばなんとなくそれも貢物なのだろうとライはぼんやりと当たりをつける

しかし昨日ミーシャの友人という服屋の女が話していた男の変態度合いを思い出せば自然と眉間に皺が寄ってしまった


ライのその表情を見つめ返しながらミーシャは笑顔で説明を続ける


「箱に入れておくだけで一瞬で乾かす箱なの。それに洗濯し終えたものを絞って中に入れておけば干す手間が省けるし楽だと思うよ」

「………ンだ、それ」

「わかんない。でもまぁ便利だからいっかなって」

「またそれか」

「うん。でも私もお母さんもお日様に当てた方が好きだから結局あんまり使ってないんだよね。だからライが良かったら使って」


変わらず笑みを浮かべ続け楽しげに説明するミーシャにライも思わず毒気が抜ける

学のないライには湯にする道具もその箱もどうなってるのか理解できない、が、ミーシャもわからないらしい

それでも便利だからと深く考えずに使用しているという様子にライもまぁどうでもいいかと受け入れた


全く、便利な道具があったものだ



そして水回りの説明を終えたミーシャは次にもう一つの扉に向かって歩き出した

この褐色の壁面に囲われた時には気づかなかったが裏口の扉と対を成すような位置にも扉があったようだ


ミーシャがその扉を開けば中には上へと昇る階段があった



「階段?」

「そう、この上が部屋になってるんだけど扉はココだけだから鍵を閉めたい時はこの扉の鍵を使ってね」


後でココの鍵も渡すねと話しながらミーシャが階段に足をかけるがライはその言葉に内心首を傾げる

店の鍵ならともかく内部の部屋の鍵は雇用主である夫妻かミーシャが持っていれば良いだろうに何故部屋の使用目的も未だ分からない自分に渡すのか


疑問を問いかけようとライが口を開いた時パッと階段が灯りに照らされた


「わ、灯りが点くようになってる」

「?前は違ったのか?」

「うん、前はランタンを持って上がってたの」


驚いた声をあげるミーシャにライは先程とは別の疑問を問いかけていた

その問いにミーシャは前を登って行きながら弾んだ声で返す


「わー、凄い。お父さん人感式にしてくれたんだ」

「人感式?」

「うんっ人が通ると灯りが点くようにしてあるみたい」

「へぇ」


ミーシャが感動しながら話す内容にライは一言で返す



例の坊ちゃんからの貢物の中でも一家が重宝している“日が出ていない時でも火を使わずに部屋を明るくする道具”は今やどの家でも一つは必ず設置されているものとなっている


そしてそれは月日が経つにつれ少しずつ使いやすく便利なものへと進化しており今では派生してできた道具が市場に出回るほどだった


そんな中カーターは今回の改装を機にダリオを通して未だ市場に出回る数が少ない最新の人感式のものを購入し兼ねてより心配だった薄暗い階段部に設置するようにしたのだ


しかし暗い夜のうちに荒屋以外の建物の中に入ったことのないライにはその灯りが一般的なものなのか最新式の高価なものなのかは知る由もない


ただ前を登るミーシャの嬉しそうにはしゃいでいる様子にライ自身気付かぬほど自然と口角を上げるだけだった





階段を登りきるとそこは一つの部屋だった

階段の正面側に窓が二つ設置されその間には足の低い革張りのソファとローテーブル

視線を右側に向ければ椅子と机と背の低い本棚があり反対の左側を向けばベッドと幾つもの取っ手が付いた材木がある


その部屋の様子にライは思わず目を瞠る


「ここは…」

「ライの部屋だよ!」

「は?」


弾む声にライはバッと隣りを見下ろした

ライのその様子にミーシャはヘヘッと笑みをこぼしてライの顔を覗き込んでいる


「ここにある物は好きに使ってくれて良いし家具の位置も好きに変えてくれていいからね」

「………」


そう言って笑いながら部屋を歩いて行くミーシャにライは言葉が見つからなかった


従業員用の部屋があることもこれからこの店で寝泊まりすることも頭では理解していたはずなのにいざ目の前に自分の部屋だと晒されるとこれまで荒屋か外が自分の空間だったライにとっては思っていた以上の衝撃だった


ミーシャの家で寝泊まりしている今はしっかりとした部屋を与えられているがライにとっては所詮【客間】であり借り物だという認識が強かった


しかしカーターに【家】だと言われたばかりのライにとってミーシャの【ライの部屋】という言葉はすんなり胸の内に届いたのだが目の前の広く立派な部屋がそうなのだと受け止めるには数分の時間を要したのだ



そんなライの動揺にも気付かずミーシャは笑みを浮かべながらライに振り返る



「ふふっ、この部屋を使ってくれるのがライで嬉しい」

「……あ?」


どういう意味だと眉間に皺を寄せるライにミーシャは嬉しそうに言葉を返した



「ここね、元々私の部屋だったの」

「は?」

「だから使ってくれるのがよく知らない人じゃなくてライなのが嬉しい」


「………バカじゃねぇの」

「なんで⁉︎」



嬉しそうに笑ったミーシャの言葉にライは訳もわからず頬に熱が集まった

それを悟られたくなくて顔を背ける






何故自分なんかのことでこうも笑顔になるのか

何故自分ごときが関わるだけで喜ぶのか




自分のことで一喜一憂する目の前のトチ狂った少女にライはいつも訳もわからず胸が熱くなる


理解のできない自分の内側に内心で舌を打ちながら思考を変えるように意識を外に向ける

背けた顔をそのまま部屋へと向けもう一度室内を見渡した



二つの窓から差し込む光が室内を明るく照らしている

上を向けば天井が斜めになっていて屋根の形に沿っているのかと店の外観を思い出した

配置されている家具をもう一度見渡せばジワジワと身体のうちにこみ上げるものがある





(………俺の、部屋、か)




思わず笑いたくなるような

声を出して叫びたくなるような

胸を張りたくなるような



このこみ上げてくるものの名前をライはこの数日で学んだ気がしていた




知らずあがった口角をそのままにミーシャへと視線を向ければ暴言を吐かれたにも拘らず相も変わらず笑みを浮かべていた


その笑みにライもまた笑いがこみ上げる



「何笑ってんだよ」

「ライが笑ってるからだよ」

「笑ってねぇよ」

「えぇ⁉︎鏡持ってくる⁉︎」

「いるかバカ」

「理不尽‼︎」



不満そうに声をあげるミーシャにライはケラケラと声に出して笑う

その様子にミーシャも嬉しそうに笑い返してきたがふと疑問が浮かんだライはミーシャにその疑問をぶつけた



「なぁミィ」

「ッ、なっなぁに?」


何故か顔を赤く染めて返事を返すミーシャにライは怪訝そうに眉を寄せるもいつものことだと気にせず視線を室内の家具へと向けた



「ここがお前の部屋だったなら中のモンもお前が使ってたやつか?」


何とはなしに聞いてみたライだったがもしミーシャが使っていたものだとしたら何故か途端に居心地が悪くなった

しかしよく見てみればどれも新しい物であるように見える

態々新調したのかと思えばそれを使うことに及び腰にもなる


自分の部屋だという認識がジワジワとでき始めてはいたが家具を使用することに戸惑いを覚えるライにミーシャはあっけらかんと返事を返した



「ううん、私が使ってたのはそのまま今も使ってるよ」

「じゃあここのは」

「あー…と、言ってなかったっけ…?」

「………まさか」

「………客間と、同じです」



顔を背け言いにくそうにするミーシャにライは眉を顰める



婿入りを狙っている執着型の変態貢屋に警戒を改め


ライは坊ちゃんの愛用品であろう家具を心置きなく使うことに決めた










今回説明回のせいか中々指が進まずお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。

お待ちいただけてとてもとても有難いです…!

次はもう少し早めに更新できるといいなぁ…


そして書きたいところに未だ辿り着けない鬱憤を我慢できず次作にと温めていた話に"書きたい欲"をぶっ込んで、書きたいとこだけ書いて無理やりダイジェスト形式としてまとめたものを短編として投稿してしまいました。

もし気になる方が居られたら覗いてみてやってください。


更新がバラバラな中ブクマ評価感想読了していただき本当に嬉しいです。

ありがとうございます!



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