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ー パンパンッ



「ほら、そろそろ始めましょう。カーターも、窯から離れて。ライくんはカーターと棚を組み立ててね。ミーシャは売り場の掃除、私は厨房を掃除するわ」

「はいっ!お母さん!私、厨房が良い‼︎」

「駄目です。あなたまた窯から離れなくなるでしょう?売り場ならライくんの作業してる姿もよく見えるわよ」

「っは‼︎そうだね…っ!」

「おい」

「見惚れすぎちゃだめよ?」

「なに言って「よーしっ、じゃあやるかぁ。ライ行くぞー」



厨房に響き渡る軽やかな掌を打つ音を合図にニナが支持を出す

ミーシャのやる気を促すにはライをダシにするのが一番だと理解している強かな母ニナの柔らかい笑みにライは眉間に皺を寄せて抗議の声を漏らすが雇用主の夫妻は何食わぬ顔で作業をすべく行動し始めた


これでは文句を言ってもまた流されるのだろうとライは短くなった髪をガシガシ掻いて溜息を吐く



(こンの、イカれ家族が…っ)



相変わらず娘のイカれ具合を助長させる奥さんを一瞥すればそれはもういい笑顔で返される

過酷な経験を積んできたライの今まで培ってきた危機感知能力が全力で逆らうなと訴えているその笑みにライは小さく舌を打つことしかできなかった















「ライ、そっちいいか」

「あぁ」



手元にある材木をカーターの合図で同時に嵌め込む


店を開いた際に商品を並べる為の棚は既に建てられていた建物の入り口からでは入れることが出来なかったため解体した状態で店内に運ばれていた

だが簡単に組み立てられるようにと業者が気を利かせ嵌め込み形式にしたものを用意してくれていたため素人でもしっかり組み立てられるようになっておりカーターとライの男手が二人もあればその作業もすぐに終わった


組み立てたばかりの棚を運ぶためにライがカーターの指示を仰げば店に入ってすぐの作業していた今の場所ではなく奥の広まった場所を指定される



「ココに置くんじゃねぇのか」

「あン?あー、ココは元店舗でな、新しく売り買いすんのは奥だ。ココは買ったもンを食えたり茶ぁ飲んだり、まぁ簡単な休憩所だな」

「あぁ…、そういやミィがそんなこと言ってたか。茶出しもすんのか」

「いや、そこまで手はまわんねぇからなぁ。隅に湯と茶葉だけ置いて休みたい奴に自分でやってもらう」

「へぇ…」


カーターの言葉にライは再び店内をぐるっと見回した


確か初めてミーシャと会った日に今まで開いていた店には愛着があったからそのまま残すと説明されたなと思い出す

それなら今立っているココが元々の店で奥が住居だったのかと視線を奥に移せば薄茶色の髪を垂らしながら拭き掃除をしているミーシャも自ずと視界に入る

ミーシャが動く度に髪に編み込んでいる焦茶の革紐の先の小さな鈴がリンッリンッと小さく鳴っている


アレは小さいとはいえ四六時中側で鳴っててうるさくねぇのかとライは不思議に思う

常に傍に寄ってくるミーシャが付けている分にはライとしても気にならないのだが付けてる張本人からしたら自分が動く度に鳴るのだ、煩わしくないのかとライは内心首を傾げてしまう


そんなことを思いながら指示された場所に棚を移動させようと一人で持つにしても問題のない重さの空の棚を手に再び進行状に視線を向ければ床掃除を終え上体を起こしたミーシャが立ち上がっている途中だった


ミーシャが立ち上がり両腕を上に上げ「ん~~ッ」と声を漏らしながら伸びをするとまた小さくリンッと音が鳴る

その音にミーシャも自分の髪の先を眺めたのでライは足を進めながら(やっぱうるせぇのか)と苦笑をこぼしかけた時




フワッと花が咲いたようにミーシャが微笑んだ




「っ、」


ー ずるっ  ガンッ‼︎



「~~~~~ッ!!」

「え⁉︎ライ!?」

「おいおい、大丈夫か?」



ライの手から放された棚は見事ライの足の上に落ちた

幸い空で一人でも持ち運べる重さの棚では骨折するようなことにもならず角が当たったわけでもないため痛みもそれほどではない

しかしライは足を庇うように蹲み込んだ後すぐには顔を上げられなかった


(~ッンで、そこでンなツラを…ッ‼︎)


只の鈴を嬉しそうに見つめたミーシャにライは訳もわからず呻いた

自分の顔に集まる熱を誤魔化すように歯を食いしばりガシガシと頭を掻くと「大丈夫ライ⁉︎足挟んだの⁉︎」とミーシャの慌てた声がかけられる


「…ッ挟んでねぇ」

「でも凄い音したよ⁉︎折れてるかも‼︎足見せて‼︎」

「はっ⁉︎だから挟んでねぇつってんだろ、なんともねぇ」


堂々とした虚言である

瓦礫が落ちてきた訳でもなく空の棚が僅かに足の上に乗った程度ライにとっては何でもないことなのだ、理由のわからない胸の内を処理しきれないことのほうが頭を悩ませているだけで


慌てふためくミーシャとライの背後から声をかけるカーターに片手を振り問題ないと三度繰り返してから何でもないように再度棚を運び直した

それでもライの後ろを不安そうに着いてくるミーシャに加えて厨房からニナまで顔を出したためライはもう一度今度は丁寧に棚を下ろすと背後の三人に見えるように片足ずつ上げた


「おら、なんともねぇだろ」

「我慢してない?大丈夫?」

「するか、ンなもん」

「まぁなんともねぇならいいが。ライおまえ、それで怪我してたらショーン先生呼んでミーシャに薬塗らせるからな」


なんという脅しだ

ライは顔を痙攣らせながら「ンな必要ねぇ」と何度目になるか分からない無事を訴えた

例え棚による負傷が酷かったとしても何故ここまでしつこく声をかけられるか分からないライは溜息を吐く


「ったく、大袈裟な奴らだな」

「だって!ライの美足にもしものことがあったら‼︎」

「ねぇよ。トチ狂ってんな」

「狂ってないよ!」

「あぁ、イカれてんだもんな」

「イカれてない!もぉー‼︎」

「また牛か」

「牛じゃない‼︎」


ライがいつものように軽口で応えればミーシャは眉間に皺を寄せ不満を訴え続ける

えらくしつこいなとライもまた不可解なミーシャの反応に眉間に皺を寄せればニナが離れた厨房の入り口辺りから困ったように声をかけた


「ミーシャ、心配なのはわかるけどしつこくしちゃ駄目よ。ライくんが困ってしまうわ」

「でも…」

「本人がなんともないって言ってるんだもの、信じてあげなくてどうするの。何ともないのよね?そうなのよね、ライくん?」

「あ、あぁ…」

「ほら」


ニナの逆らえない笑みに何やら圧のようなものを感じたライがまたもや引き攣りながら返事をすればミーシャもようやく「…わかった」と納得した

眉を下げているミーシャのその表情に益々意味がわからないライは自然と眉間の皺も増え何と言えばいいのかも分からない

するとニナの声が続いた


「ごめんなさいね、ライくん。ミーシャったら心配し過ぎただけなのよ」

「心配?なにが」

「あン?そりゃ、おまえのことだろ。他に誰がいるんだよ」

「は?」


ニナに続いてカーターからの言葉に益々ライは内心で首を傾げた

雇用主である夫妻が自分のことを心配するのは面倒をみるうえで厄介な手間を省くためだと思っているライには何故責任者でもないミーシャが心配しているのかがわからない

やっぱ働くうえで不利にならねぇようにか?とライが斜め上の結論を出したところでミーシャが勢い込んで訴えた


「そりゃ心配するよ‼︎大事だもんっライのこと‼︎」

「は?」

「その色気溢れる焦茶の髪も綺麗な顔も魅力的な身体も大きな手も長い足も全部大事なのに‼︎何かあったらと思うと‼︎」

「バっ‼︎~ッにをイカれたこと言ってんだ‼︎」

「イカれてないってば‼︎」


思わぬミーシャの暴走にライは反射的に怒鳴り返すもミーシャはやはり怯まない

しかしそんな目の前のトチ狂っている少女に構うどころかまたもや処理しきれない案件にライは頭を悩ませた


(大事?誰が、…俺が?)



元々ミーシャは怪我をしていたライに無償で治療を施した

ニナやカーターにしても突然娘が連れてきた不審者に当たり前のように医者を呼んだ

だからこそライはこの家族は馬鹿なほどお人好しなのだと受け取っていた


カーターから仕事の話を受けた際に『自分の身を最優先にしろ』と言われたことも責任者であるカーターの手を煩わせないためであり世間体を気にしてだとライは判断していた

実際これまでライを雇っていた者たちは『問題を起こすな』と口煩く言いながら問題を横目で見過ごす奴か自ら問題を起こす奴かのどちらかだった

確かにそいつらはカーターと違って『怪我をするな』とは言わなかったがライに喧嘩をふっかける奴らに『殺すなよ』とはよく言っていたのでライにとってはどちらの発言も大差のないことだと思っていた

どちらも【体面を悪くするな】【手を煩わせるな】ということだと



だから、自分が誰かの【大事】になるなんて

ライには考えもつかなかった



目の前のこのトチ狂った少女は自分のことが【大事】だから【心配】をして情けない顔をしたり怒ったりしているのかと



頭の中でその考えに至った瞬間ライの顔は瞬時に赤く染め上がった

その突然の変化にミーシャは「へ?」と間抜けな声を出し顰めていた表情を唖然とさせた

そんなミーシャの表情からライは今自分がどんな顔をしているのか知りたくもなくて舌を盛大に打ってから片手で顔を覆った


「ライ…?」

「わーったから…。足は挟んでねぇしなんともねぇ。だから、

………………………………心配、すんな」


最後は吐息に紛れるほど小さな声だった

それでもライの突然の赤面に意識を集中させていたミーシャにはしっかり聞き取ることができ「そう?痛かったらちゃんと言ってね?」と最後の念を押した

「わーったって…」と言葉をこぼすライにミーシャもようやく安心したようにホッと笑みをこぼす


そんな二人の様子を離れた位置から眺めていたカーターは人の悪い笑みを浮かべ芯の通った声で言葉を放った


「俺も心配してるぞー!ライのこと、息子のように大事だからな」

「なっ!?」


ライが思わず顔をあげカーターの方を向けば鋭い目付きのくせにニヤニヤと顔を崩すカーターの横で今度はニナが言葉を放った


「あら、私も心配してるわよ?ライくんはウチの子だもの、大事なのは当然だわ」

「はぁっ!?」


当然だと宣う夫婦にライの身体の熱は更に上がっていく

なんと言えばいいのかも分からず口をパクパクさせながら顔を真っ赤にさせ金の瞳を見開くライの姿にミーシャも笑みを深めた

そして、


「ライ、ライ」

「ぁあ"!?」

「大好き」

「ッ‼︎バっ!!」

「だからすーっごく大事!ライのこと‼︎」


リンッと鈴の音と共に満面の笑みを浮かべるミーシャにライは自分の心臓が止まったかと思った

全身の血が沸騰したかのような熱に頭まで沸騰し視線を泳がす

すると離れた位置でニコニコと笑うニナとニヤニヤと笑うカーターも視界に入り許容量を超えたライは盛大に怒鳴った



「わーーったっつってんだろ!!!!!」




人の好意を受け取ることに不器用な青年のその様に家族は嬉しそうに笑い声をあげた









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