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「………………ったのか」
「え?」
ミーシャが即断即決明快明朗で返答したために流れていた何とも言えない空気がボソリと溢された濁声によって破かれる
先程の大声とは違う珍しい音量を誰もが聞き取れずミーシャが聞き返した
青髪の客人は分厚い唇を真一文字に結び何かを飲み込むように太い首を鳴らすと先程よりも大きい、だが震える声で言い直した
「ミーシャの理想ってやつは、本当だったのか…。俺はてっきり体のいい言い訳かと」
「正真正銘本当のことですよ」
「はは、みたいだな…」
客人は辛そうに顔を顰めると震える唇を無理やり上げる
「だが見た目だけじゃ従業員はできねぇだろ」
「ライはとても誠実で真面目だから大丈夫です」
「そんな平たい身体じゃ用心棒にもならねぇじゃねぇか」
「ライはとっても強いんです。成人男性六人に囲まれても負けないんですよ」
「………くそ、勝てそうなとこ、ねぇのかよ…」
項垂れ青髪を掻き毟る相手を前にミーシャは僅かに胸が痛んだ
これまで誰に想いを告げられても素気無く断ってきたミーシャは、今は恋する気持ちを誰よりも知ってしまった
もしライにハッキリと拒絶されてしまったら自分は泣き崩れ喪失感に溺れもがくのだろうとミーシャは痛む胸を押さえる
だからこそ、
ミーシャはライの身体にまわしていた腕を解き紺青色の髪の青年の前へ一歩近付くと
リンッと軽やかな鈴の音と共に
深く、頭を下げた
「ごめんなさい。こんな形でしか返事を返せない私を、好きだと言ってくれて…ありがとうございます」
「っ、頭あげてくれ…」
せめて誠実に
真剣な表情で返すミーシャにライも真剣に想いを告げた青年も小さく息を呑む
そして青年は辛そうに顔を歪めるとミーシャが自身を向いてくれるのを待ち口元を歪ませながら笑った
「抱きしめてもいいか?」
「無理です」
「はは、ハッキリ言ってくれて良かった」
そう言って青年は掌で顔を僅かに覆い目元を強く擦ると潤んだ小さな瞳でライを睨み付ける
「おいおまえ、ライつったか」
「あ"?」
「おまえはどうなんだ。ミーシャのこと幸せにできんのか」
なんてことを聞くのだ
ミーシャは繊細な部分に土足で入り込んできた青年をキツく睨むが側から見たら常にイチャついてる二人なのだ、まさかまだ恋人同士じゃないとは誰も思わないだろう、付き合ってる前提で話が進むのは当然である
しかし未だライの明確な気持ちを知らないミーシャにとっては生きた心地がしない
最初の頃より距離は近くなったと思う
嫌いにはなれないと言ってくれた
一緒に居てくれるとも
けれどライはまだ【恋愛】が分からないと昨日言っていた
そんなライにミーシャは焦って分かろうとしてくれなくていいと思っている
今一緒に過ごせているだけで
笑いかけてくれるだけで
傍に居させてくれるだけで
例え様のないほどに幸せなのだから
だから、ライが何と言っても構わない
構わない、が、聞きたくない言葉だってある
期待と不安でミーシャの心臓が壊れそうになっているところへ不機嫌を滲ませた美声が奏でられた
「てめぇに言う必要ねぇだろ」
「ぁあ"!?」
実に口の悪いライらしい言葉だった
拍子抜けしたミーシャはそれでもライの口から『そもそも好きじゃない』と言われなくて良かったと安堵の吐息を溢せば「だが、まぁ、」と美声による言葉が続けられる
ライはミーシャが一歩前に出た分だけ同じように進むと大きな手を薄茶色の小さな頭の上に乗せた
「俺はこの家族を守ると決めてる」
気負いのない声だった
それが当然のことだと言うように述べるライに青髪の青年は目を瞠る
苦笑を浮かべていたカーターもその言葉にはミーシャと同じ薄緑色の瞳を瞠らせたがすぐにその瞳はとても嬉しそうに細められた
そしてミーシャは、
頭の中で教会の鐘が鳴り響いていた