64・
「……ごめんなさい」
「あ、いや、」
リンッ と
ミーシャが頭を下げた事で軽やかな鈴の音が音を立てる
彼女は泣きそうな顔で見上げてきたかと思えばそのまま青髪の大男に向き直りいつもの透き通る声で謝罪をした
……未だ腕をまわしたまま
全く何故こんなにもひっつきたがるのかとライは呆れた表情で己にしがみついたままのミーシャを見下ろすが謝罪を受けた大男の先程の煩さが嘘のようなか細い頼りない小声にまぁいいかと思い直す
何故か分からないが
この男の前でミーシャにひっつかれるのは悪い気もしない
(…こいつがトチ狂ってるからか)
目の前の大男は声こそデカく煩いが男らしい身体に顔もえらく整っている
この男が声をかければ多くの女が身を寄せるだろうがミーシャはこの男ではなくライを選んでいるのだ
【醜い】と誰もが述べる自分を
それは仄暗い優越感を感じさせると共に何かがライの胸を満たした
その正体の分からない【何か】がライの中で広がる度に胸を打ちひどく照れ臭くさせそして無性にミーシャに触れたいと思わせた
(……変態か、俺は)
思い至った己の思考に落ち込むもその衝動に従うように手は未だミーシャの手に重ねたまま
こいつからひっついてんだから構わねぇだろとライが半ば開き直っていればまたリンッと軽やかな音が鳴る
音のした方へ意識を戻せばミーシャは下げていた頭を戻し大男を見つめていた
少し吊り上がった薄緑色の瞳に意志の強さを滲ませながらただ真っ直ぐと大男に向き直る様は
【綺麗】だと
ライの頭の中にふとその言葉が浮かび上がる
ミーシャはその意志の強い表情のままふっくらとした唇を開き耳に残る透き通った声で話しだした
「でも私にとってライは誰よりもかっこいいですし父だって私にとっては理想の【男前】です。発言には気をつけてもらってもいいですか」
「ミーシャ、そりゃ嬉しいがそもそも俺が言った冗談だ。そんな怒るな」
「分かってるけど、それでも好きな人たちを男前じゃないとかこんな男とか言われたくはないの」
「全く…、悪かったなテッド。こいつは頑固で譲らねぇとこがあってな」
「………いや、」
凛として言い放つその言葉にライは少なからず驚いていた
元々ミーシャのことは只の【良い子ちゃん】でもなく己の嫌悪をハッキリ表に出す奴だと知っていたしソコをライも気に入っていたのだがまさかここまであからさまに言葉にして相手に伝えるとは思わなかった
そんな娘の言動に眉を下げ頭を掻きながら謝罪をしているカーターには悪いがライの口元は自然と緩む
こんなにハッキリしているクセに自分にはその嫌悪を表してきたことが一度もないと
今まで嫌悪しか向けられなかったというのに
ミーシャからは只の一度もないと
そう気付く度に
やっぱりこいつはイカれてると
笑いと【何か】がこみ上げてくるのだ
喉の奥で「ククッ」と笑っていればミーシャの言葉に硬直し青ざめていた大男が見開いていた瞳をキッと吊り上げライを睨みつける、どことなく潤んでいるその瞳はまさか泣いたのか
震えていた指をビシッとライに向けるとやはり迷惑な大音声で吠えた
「~~ッこの男が好きなのか!?ミーシャ!!!!」
「はい、大好きです。世界で一番、一生に一人の人です」
「は?」
「な、なん!?!?なんでだミーシャ!!!こんなヒョロヒョロだぞ!?」
「確かにこの身体は素晴らしいけどライなら例えガリガリでも太っていても構いません」
「おい」
「っな!!!!気持ち悪いほどヒデェ顔じゃないか!!!!!」
「………………………………どうやらその耳は飾りのようですね」
盛大にトチ狂ったことを宣ったミーシャにライは眉を顰め苦言を呈そうとするのだが大男の大声に掻き消され続ける
仕舞いには大男がミーシャの地雷を踏んだことでまたもや冷えた空気がその場を占めてしまった
成り行きを見守っていた師匠であるカーターだけが額に手を当て盛大な溜息を吐く
(馬鹿なのか…)
ミーシャのトチ狂った発言に突っ込むことを諦めたライが学ばない大男に憐憫の視線を向ければ己の近くからまたもや地を這う濁った声が落とされる、どっから出しているのやら
「その飾りものの耳には届いていないのかもしれませんがライは気持ち悪くもましてや不細工でもありません」
「いや!ミーシャ!!??」
「誰がなんと言おうと、ライは私にとって最上級の美の神をも上回る美麗さですから全く問題ありません」
「「「は?」」」
低い低い声の盛大にトチ狂った発言にその場の全員が呆気にとられる
そんな周りのことなど御構い無しにミーシャは火がついたように言葉を並べ始めた
「全く、なんで皆分からないの。良いですか、まずこの焦茶色の髪。色っぽいでしょう?」
「「「は?」」」
「分かります、男の色気が溢れ出して理解が追いつかないですよね。私もよくそうなります。今朝切ったばかりにも拘らずこの短い髪から覗く形の良い耳も筋張った首筋もそしてこの見惚れるような輪郭もライのためにある髪型と思うほど似合ってますよね。母の腕は流石です。そして前髪から覗くこの鋭い金の瞳、ウットリしますよね。この瞳に見つめられるだけで私も全身が蕩けてしまいそうです。そしてこの鼻筋の通った綺麗な鼻。コレがライの「黙れ」
怒涛の勢いで話し出したミーシャの口をライは慌てて塞いだ
薄緑色の瞳を蕩けさせ熱に浮かされたような顔で見上げながらあまりにも馬鹿げたことを熱烈に告げるミーシャにライは自身が真っ赤になっていることを自覚しながらも視線で射殺さんばかりに睨みつけた
にも拘らず当のミーシャは薄緑色の瞳を何度か瞬かせた後はにかむように笑いライの身体にまわしている腕の力を強めてくる
ライは己の煩いほどの心臓の音に舌を打った
塞いでいた手を離せばすぐさまミーシャが「へへっ」と笑いながら身体を引っ付けてくる
ライが自身の目元に手を当て盛大な溜息を吐いたところで師匠であるカーターの笑い声が響いた
「ぶわっはっはっはっ!!!熱烈だなぁミーシャ!!俺の前で口説くとはやるじゃねぇか」
「口説いてないよ。私がライを口説く言葉はライだけが知ってくれれば良いもん。そうじゃなくて、ライの美麗さが分からないって言うから教えてあげたの」
「ぶはっっっ!!!そうかそうか、良かったなぁライ!」
「………どこかだ。笑い事じゃねぇ」
「まぁおまえはそうだろうなぁ」
どこまでも楽しそうに笑うカーターにライが恨めしく睨みつければカーターは益々笑みを深める
しかしその笑みがすぐに苦笑に変わるとカーターは視線を大男へと向けた
ライもその視線を辿れば喧しかった大男は瞼に埋まらないほど瞳を大きくさせ口を開き青ざめた顔で呆けていた
口をパクパクと開閉させ言葉にならないといった様子の大男にカーターが気の毒げに話しかける
「あー、悪いなテッド。この通り従業員としてだけじゃなくてミーシャの奴男としてライに惚れ込んでんだ」
「な、な、な」
「おまえの気持ちもわかるが…まぁ、諦めろ」
「な!?ッおっちゃんは、いいのか!?」
「あン?」
「こ、こんな、あ、いや。~ッこの男が!ミーシャの傍に居ても!」
カーターの言葉に食い付かんばかりに叫んでいた大男だったが途中ミーシャにギロリと睨まれたことで僅かに動揺し言葉を変え再度叫んだ、叫ばなければ話せねぇのか
そんな男の言葉にカーターは肩を竦めて「勿論だ」と軽く返す
「俺も家内もライのことは気に入ってるんだ。こいつがミーシャの傍に居てくれるなら頼もしい限りだよ」
「な!!??」
何でもないことのように言うカーターのその言葉にライはひどく居心地が悪くなる
顔に熱が集まるのを自覚し眉を顰めていたが自身の身体からクスクスと笑い声が聞こえてきたので八つ当たり気味に滑らかな手の甲を抓っておくことにした
そんな無自覚にイチャついているライとミーシャに紺青色の短髪大男である客人は死んだような瞳に涙を浮かべ始める
そして顔を両手で覆い項垂れながら「そんな…」と声を溢したかと思えばバッと顔を上げた、いちいち動作がデカい男である
涙で濡れた瞳ながらも真剣な表情で大男は「ミーシャ」と彼女に呼びかける
ミーシャが埋めていた顔を上げ男を見つめ返すと大男は辛そうに顔を歪め一度瞼を閉じた
そして首を左右に勢いよく振ると瞼を開け熱の篭った視線でミーシャを見返す
ライにまわされている腕に今までで一番強い力が込められた
「ミーシャ。知ってるかもしれないが、俺はおまえが好きだ。おまえの為なら何だってしてやれる。おまえのやりたい事は全力でやらせてやるし支えてやる。誰よりもおまえが好きなんだ。………俺じゃあ駄目か?」
「駄目ですごめんなさい」
「おいミーシャ、さすがに酷いぞ」
真剣に告げてきた大男の言葉にライが眉を顰めようとすれば間髪入れずにミーシャの返事が返された
あまりの即断に傍観を決めていた筈のカーターが思わず口を挟んでしまったほどである
思わずライも呆気に取られたままミーシャを見下ろせば彼女は平然とした顔で言い放った
「私が好きだと思う人も触れたいと思う人も触れても良いと許してる人もライだけです。こんなに分かりきっていることに言葉を濁すほうが酷いでしょう?」
「「「………」」」
(~~ッとに、こいつは!!!)
何故こうも平然と言えるのだとライは沸騰しそうな頭をガシガシと掻き乱した




