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「ヒグッヒック、フグッ」
「どんだけだよ、おまえ……」
今までライが座っていた椅子に腰掛けながら未だ止まることを知らない涙を流し続けているミーシャをライは蹲み込んだ姿勢で下から覗き込む
膝に頬杖をついて呆れ顔で声をかけてくる大好きな人にミーシャは返事を返そうとするが視界にその髪が入ってしまえば更に涙が溢れるので言葉にならない
滂沱の涙を流していたミーシャにやっと気付いた二人は慌てて理由を尋ねるも当の本人が「か、……か、み」としか言わないためある程度の理由を把握したとして納得することにした
そしてその理由に深刻性がないことを早々に理解した二人の内の一人である母はライにミーシャを任せると家事のために家の中へと戻って行った
そのため今この場にはミーシャとライの二人だけだ
ライは散乱した髪の中にある椅子を綺麗にして移動させると今にも泣き崩れそうなミーシャをとりあえず座らせた
座らせても泣き続けるミーシャにライは呆れ顔ながらも不思議そうに尋ねる
「なにで、ンな泣けんだ?」
「……ヒッグッ、ラ、…ック、ライの、かみ…」
「わーってるよ、ンなこたぁ。けどそんだけでンな泣くか?」
「ヒッ、ク、…ゥッ、グ、い、いま、のヒグッ髪、も似合ってる……」
「じゃあいーじゃねぇか」
「………ック、……き、…ったの」
「ぁあ?」
「……好き、だった…ック、の。ヒグッ、…フッグッ、ま、前の髪、も」
「…………」
好きだった
項垂れてる時に顔を隠してしまうところも
髪を掻き上げる仕草も
髪の隙間から見え隠れするところも
髪を縛った姿も
濡れた髪が首に張り付いていたところも
初めて、金の瞳を僅かに見せてくれたところも
「い、今、の髪型、も、好き。かっこいい、本当、に本当、」
「………」
「けど、前の、髪型も、好き、で。…それ、に楽しかっ、た」
「………楽しい?」
ミーシャが嗚咽を堪えながら必死で言葉を紡げば耳を傾けているライはひどく優しい声で問いかける
金の瞳を柔らかく細めながら両手で顔を覆うミーシャの返事を待つ
「……ック、は、初めて、ライ、の髪触ったとき、とか、み、耳にか、けたこと、とか、ラ、イの髪結った、こと、とか。あ、…あと、…ックヒグッ、か、乾かし、たりとか」
「そんなんが楽しかったのか?」
「……ッグ、うん、す、ごく」
「フッ、…ハハッ」
未だ嗚咽は止まらないが涙は少しずつ緩やかになってきたミーシャはライの突然の笑い声に覆っていた手を僅かに下ろす
ライは蹲み込んだまま大きく開いている膝の間に顔を埋め身体を震わせながら笑っている
頭を下げていてももう顔が隠れたりはしていない
その様にミーシャは新たな魅力に胸を打たれるが寂しさも胸を突いてきてどうすればいいかわからない
わからなくてまた、涙が滲む
暫く笑っていたライは顔をあげると未だ顔を覆って泣き啜るミーシャを見て傷のある柳眉を僅かに下げ口元を緩めた
「ッとに、しょーがねぇ奴だな」
「うぅぅっ」
「ミィ、こっち向け」
ライの低くて通る美声にそんなことを言われてしまえばミーシャは向かざるを得ない、例え泣き崩れた顔であっても
両手を外し緩慢な動作で顔をあげればライは立ち上がっていて両腕を僅かに上げて左右に開いていた
その姿勢にミーシャは瞬きを繰り返す
瞬きをする度にポロポロ零れる涙をそのままにキョトンとした顔をするミーシャを見てライは姿勢を変えず僅かに目元を赤らめ片方の口角だけを上げて笑う
その挑戦的な少し意地悪な笑みにミーシャの胸が一際大きく跳ねると大好きな人の声が耳に届いた
「おら、来い」
「ッ!!!」
ミーシャが息を呑んだのと椅子から飛び降りて駆け出したのは同時だった
ー リンッ
ライの広げてくれた腕の中へ飛び込み
ライの背中に目一杯腕をまわして
硬い胸板に涙で濡れた顔を押し付ければ
ライの力強い腕がミーシャの頭と背中にまわされた
やっぱり、大魔神だと
ミーシャは壊れそうな心臓の音を自覚しながらそう思った




