58・
ー フワッ
軽く髪を引かれる感覚
ポンポンとタオルの間に髪を挟んでいるのか押さえる音がする
ミーシャが腕を動かす度にふわりと鼻先をかすめる
甘い、匂い
(クソッ……)
まただ、とライは内心で舌を打つ
風呂を済ませたミーシャは日中よりも強い甘い香りを纏っている
そこに自分と同じ石鹸の香りに気付けば訳もわからず頭がぐらつく
逃げ場所に選んだ筈の浴室に入ればその香りが充満していてライは一瞬意識を飛ばすことになった
様々な箇所にぶつかり最終的に衝立を倒した音でなんとか意識を立て直したが意識がはっきりすれば今度は余計なことまで考える
今日は自分が一番最初ではない師匠も奥さんも使って、そしてついさっきまでは…、と思ったところで本人に扉から声をかけられライは自分の思考に死にそうになった
扉を開けさせ水を被りなんとか馬鹿な思考を振り払おうと必死になっているのにそんなことなど露知らずミーシャは相変わらず懐いてくる
甘い香りを纏って
襟ぐりが開いている薄い服を着て
その上から羽織っている大きめの上着がミーシャをすっぽり包んでいることで彼女の小ささを強調させる
軽く前を止めただけの上着では動くたびにその薄衣や肌を見え隠れさせる
湿った髪が普段真っ直ぐな髪を軽く畝らせて
火照った頬にツーッと水滴が輪郭に沿って垂れていく
その水滴を目で追えば簡単に折れそうな首元
そして柔らかそうな…
(クソッ!!!!)
ライは内心で悪態をつくことで必死に思考を散らした
(大体ッ!こいつがンな格好してひっついてくっから!!!)
警戒心がないにもほどがある
そんな無防備な格好で『ライのことばっかり考えてる』なんて襲ってくれと言っているようなものだ
だから指摘してやったのに今度はそのまま襲われてもいいと…
「~~~~ッッッ!!!!」
「ライ?」
思わず手で顔を覆い項垂れてしまったライにミーシャがそれを追うように髪に手を伸ばしながら声をかけるも答える余裕がない
ライは【女】が嫌いだ
飽きるほどに行為を見せられ欲に塗れた男女の顔に吐き気をも覚えた
低下層にいれば生きるために必死な女の手練手管も嫌というほど見ることになる
だが、性欲がないわけではない
それでも女を抱きたいと思ったことはないしそもそもこのツラだ、相手が逃げるだろう
ライ自身もそれを望まないからこそ行動には移さなかったが生理現象はどうしようもなかった
それでも例え他の女が薄い服を纏い『あなたのことばかり考えてる』『襲って』と言ってきたところで嫌悪と吐き気しか湧かないだろうことは断言できる
だが、ミーシャは……
「~~~ッ、チッ‼︎」
「ライ?ごめんね、痛かった?」
「…ちげぇよ、バカ」
「えぇ⁉︎」
心臓がうるさい
身体が熱い
頭がグラグラする
こんなことは初めてでどうしたらいいかわからない
ない頭で意味もないことをグルグル考えるのに鼻先をかすめる香りが余計に思考を奪う
(………死ぬ、)
ライは本気でそう思った
死にそうなライとそれを理解していない愛娘に苦笑をこぼしながらこの家の大黒柱であるカーターは(ライの奴、やるなぁ)とライの忍耐力に感心と安堵とそして信頼を覚えていた
いや、ただのヘタレか?と内心で辛辣なことを思いながらも娘を大事に思ってくれている男へ助け舟を出すため声をかける
「ライ、来週には店を開けるつもりだがその前に厨房にも慣れてもらうからな」
「…あ?」
「まずは仕込みと皿洗いだが…。おまえ、皮剥きとかしたことあるか?」
「皮剥き…?」
師匠であるカーターからの問いにライは焦点の合わなかった金目を僅かに輝かせた、助かった
グルグルまわっていた思考を一気に捨てて会話に集中する
「ンだそれ」
「そっからか?あー、うちはパン屋だが【おかずパン】用に飯も作ってるつったな?」
「あぁ」
「その時に使う野菜やらの皮を剥くんだ。ソレをおまえにもやってもらう」
簡単に言われたがライは自然と眉を顰めてしまう
「…どォやって」
「ま、だろうな。明日おまえにも搬入を頼むつもりだったんだが…、やめるか」
「あ?」
「明日からの昼飯はミーシャ、頼んでいいか?そんでその時にライに皮剥き教えてやれ」
「え?じゃあ明日もライと一緒にいてもいいの?」
「は?」
カーターと仕事について話していたはずなのに何故か会話の向きがミーシャへと変わる
こうなるとライの理解が追いつかずとも親子の会話が始まってしまう
「いいの?って…聞かなくても一緒にいただろう」
「そうだけど、ライがお店の方を手伝うとしたら邪魔になるかなと思ってたから」
「あぁ、そうか。まぁ店が始まる前に一通り知っておいたほうがライも動きやすいだろうしな、始まるまでは一緒にいてやれ」
「やった!!」
「そうだ、時間が空いた時は読み書きも教えてやってくれるか」
「うん!」
案の定、ライが口を挟む間も無く話は次へと進んでいく
だが元はライ自身が言い出したことでもあるため特に反対する理由もない、ただ今は心臓に悪いだけだ
ライが溜息を吐くだけで耳を傾けていれば後ろから「そうだ!」と弾んだ声があがる
「今日ね、お昼に作ってみた【合わせもの】をライが美味しいって言ってくれてね。ソレもしかして新商品として出せるかなぁ」
「おぉ、どんなだ?」
「あのね、」
ライの背後から今日の昼に話していた内容をミーシャが楽しそうに話しだす
その話をカーターが興味深そうに耳を傾け奥さんであるニナは微笑ましげに眺めて偶に相槌をいれている
ただ眺めていただけの存在だった【家族】の中に自分がいるのはやはりどうもむず痒いものだとライは内心苦笑しながら大人しく髪を拭かれ話を聞いていた
心臓も熱も大分マシになったと師匠に強く感謝していれば当の本人は娘との会話を終え再度ライへと視線を向けてきた
「ライおまえ、薬忘れんなよ?」
「……」
「薬?」
つい今し方の感謝を撤回したくなった、余計なことを
もちろんショーン医師に言われたことを忘れたわけではないし目覚めた後も包帯を外して幾分かマシになっていた傷口にしっかり薬を塗っていた
態々カーターに言われなくてもライは塗るつもりだったのだ
それを今、この場で、ミーシャの前で言おうものなら…
「そういえばライ、今日あんまり痛そうじゃなかったね」
「……もう大分塞がってるからな」
「けどしっかり塗っとけよー」
「わかってる」
カーターの忠告にライは片手を振って投げやりに答えれば横から自分の髪とは違う薄茶色の髪がサラリと揺れる
ミーシャはソッとライの横顔を覗き込み薄緑色を僅かに光らせ恐る恐るライに尋ねた
「………ライ、手伝おうか?」
「……ハァ」
案の定トチ狂ったことを言い出したミーシャの言葉にライは溜息で返す
そしてボソリと呟いた
「……………痴女「違うったら!!!!」
これはアウトか?セーフか?とビクビクしながらあげました
もし『なろう』さんアウトの判定が下されましたらこの58話の前半部分はごっそりカットするつもりでございます
幻の1話になるかもしれませんのでご了承くださいませ
ここまでお付き合いくださりありがとうございます
ブクマ評価感想本当に嬉しくとても励みになっております
今後もお楽しみいただけたら幸いです
本当にありがとうございます!




