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ミーシャは混乱していた
未だかつてないほど混乱し、そして胸を高鳴らせていた
自分の好みの人がいないなら少しでもときめくことができる人を探してきたのに、まさか自分の理想は正にこの人だと体現するような人物が突然目の前に現れたのだ
それはもう、ものすごく、混乱し、興奮していた
射抜かれそうな鋭い金の瞳
鼻筋の通った綺麗な鼻
少しくすんだ焦げ茶の髪はクセがあるが触った時は存外柔らかかったのでちゃんと洗えば真っ直ぐになるのかもしれない
その髪が少し痩けた頬にかかり危うい色気を感じさせる
貪りついてほしいと願いたくなる薄い唇の横は少し腫れていて僅かに血が滲んでいた
体格は栄養が足りていないのか細身だが、治療したときに必要箇所には素敵な筋肉が付いていたことを確認済みだ
足が長く、女性としては平均的な身長のミーシャより頭一つ分背が高い
つまり、
(かっこいいっ!!!!)
ミーシャは初めて【かっこいい】という概念を理解したのだ
(ヤバイこのお兄さん、滅茶苦茶カッコイイっ滅茶苦茶強かったし滅茶苦茶イイ声っ!!こんな素敵な人がこの町に居たなんて!!!なんで今まで気付かなかったの!出会わせてくれた全てのモノに感謝したくなる!おつかいを頼んでくれたお母さんっ彼に絡んでくれたおじさん達っありがとう!!今まで少しだけ恨んじゃってたけど恋の神様もっみんなっありがとう!!!)
混乱したミーシャは全てに感謝した
跳ねる鼓動を抑えるように胸に手を当て深く息を吐く
チラッと目の前の青年の顔色を伺うと先程の怯えや手の震えはなくただ呆然とミーシャを見ていた
青年に見られていると思うだけでミーシャの体は熱を帯びていく
(もう一度顔が見たい…驚かせたかと思ったけど、今は、平気そう…?)
治療を理由にしたらもう一度その素晴らしいお顔を見せてくれるかもしれない
見たいミーシャは実に正直に自分の欲望に従った
「あの、顔も消毒していいですか?」
純然たる下心が滲み出ないように気を付けて声をかけるが目の前の青年は眉を顰めるばかりで返事はない
「………………おまえは、」
訂正。鼓膜が痺れるほど素晴らしい声が返ってきた
「はい?」
「…………気持ちわりぃと、思わねぇのか?」
「え、なにを?」
「…俺のツラ、見たんだろ」
「えぇまぁ、チラッとですが…。 ?」
「ッなら!なんでンな平然としてんだ!」
青年が緊張しているかのような硬いながらも魅力溢れる素敵な声で話しかけてくれたのだが何故か怒らせてしまった
怒らせてしまった原因にスグに見当が付かなかったミーシャは吊り目がちの大きな瞳を瞬かせる
(気持ち悪い?え、なにが……ん?もしかして、お兄さんの顔が!?)
そう言えば先程、青年を囲んでいた男たちも青年のことを『見てるだけで吐きたくなる』と言っていた
ふざけるな。自分の顔を鏡で確認してこいっと怒鳴りたいが、もしやココでも【周りと好みが違う】という事象が起こってしまっているのだろうか
もしそうなら鏡を見せたところで自信ありげに戻ってきそうで余計に腹が立つ
(でも、もし本当にそうなら…)
己の考えついた結論が衝撃的すぎてミーシャは愕然としてしまう
(こ、こんな素敵な人が、信じたくないけどっ!とてつもなく信じられないけどっ!もしかしてっ、【不細工】扱いされているってこと!?しかも、本人もそうだと思ってるの!?)
なんてことだ
ミーシャはあまりの酷い事実に拳を震えんばかりに握りしめると瞳を大きく見開かせ目の前の相手に食いつかんばかりに叫んだ
「ありえないっっ!!!滅茶苦茶かっこいいから!!だからもう一回見せてください!!」
「はぁっ!?」
「間違えた!手当てさせて!」
「いやっ意味わかんねぇし!!」
ミーシャの勢いに押された青年は背中を大きくのけぞらせ口元をひくつかせた
しかし真剣な表情で訴えてくるミーシャに大きな溜息を一つ吐くと重そうな動作で立ち上がる
「……おまえも、吐きたかねぇだろ。もう俺のことはほっとけ。世話ンなったな」
鼓膜震わす魅力的な声を落としながら青年はその場を離れようとする
ミーシャは慌てて青年の手を掴んで引き止めた
「えっやだ!行かないで!」
「なっ!は、はなせ!」
青年の長い髪から覗く首元が心なしか赤い
しかし、ここで別れたらもう二度と会えないかもしれないミーシャにとってはそんなこと気にしていられない
「お願いだから手当てさせて!」
「しつけぇ!!」
「吐くとかありえないから!絶っっ対気持ち悪がらないって約束できるから!お願い!」
「うるせぇ!!」
(こんな素敵な人逃がせるわけないじゃない!)
青年は獰猛な獣のように声を荒げて威嚇するが対するミーシャも狙った獲物を逃がさない狩人の目をしていた
獣の瞳と狩人の瞳は暫く睨み合っていたが先に視線を逸らしたのは金色の瞳だった
青年は自分の後頭部をガシガシ掻きながら大きく舌打ちするとドカッとその場に音を立てて座り「吐いても知らねぇからな」とぶっきらぼうに言い放った
(勝った!!)
乱暴なその動作も言葉もミーシャにとっては胸を高鳴らせる要因でしかない
それ以上に青年の顔を見られることや彼がそれを許してくれたことが嬉しくて仕方がなかった
「ありがとう!」
緩む口元も嬉しくて仕方がない気持ちも全く隠さずに溢れる喜びのままミーシャが笑顔で感謝を述べれば青年は目を瞠り次の瞬間にはバッと音が鳴りそうなほどの勢いで顔を横に背けた




