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怒涛の如く押し寄せてきたライの魅力に悶絶していると当の本人はすぐに戻ってきた
走ってくるような足音が聞こえて蹲っていた頭を上げれば狭いフードの視界の中に見覚えのある靴がはいる
すぐにパサッという音と共に視界が明るくなり目の前には昨日ぶりに見る髪で顔を隠した姿の大好きな人
僅かに見える口角をあげてフードを外してくれたであろう節くれ立った大きな手を伸ばしながら「何もなかったか」と頭の芯まで蕩けるような美声をおとす
ニヤける口元をそのままライに向けてミーシャは未だ荒れ狂う己の中の【ライ大好き】を抱えながら返事を返した
「大丈夫。おかえり、ライ」
「………おう」
どこか照れ臭そうに返事を返す彼は一度上げた手をそのままミーシャの頭にポンと乗せる
その手はすぐに離れミーシャの隣りに腰掛けてしまったがその一連の流れにミーシャは甚く感動していた
(な、なんて自然な頭ポン…!もうこれは恋人同士の営みと言ってもいいんじゃ…‼︎)
ベタついた手では押さえられない頭を中途半端に上げた腕で囲うようにして触れない位置でプルプル悶える
そんな挙動不審のミーシャに構わずライは横でガザガサと音を立てて作業をしていた
ミーシャが思考を暴走させたまま未だにプルプルしていれば作業を終えたらしいライに気付かれてしまい痺れて堪らない美声に不審感を滲ませる
「何してんだ」
「…ちょっと、自分の激情と進展の神秘に翻弄されてて…」
「あっそ。おら、さっさと拭け」
とても簡単に流された
ミーシャが思わず口元を尖らせながら上げていた腕を下ろせば目の前に濡れた手拭いが差し出されている
「わ、ありがとう」
「あとこれ、余った金な」
手拭いを受け取り早速手を拭いていればライは下衣の袋から余った金を取り出してミーシャに差し出した
またもや魅せられたライの誠実さにミーシャは胸をキュンキュンさせながら首を横に振った
「それはライが持ってて」
「あ?」
「何か使う時があればあると便利でしょ?」
「だが「気になるならまた返してくれればいいから」
遠慮しようとするライに被せるようにミーシャは言い募る
昨日のショーン医師の診察でライは所持金を全て父であるカーターに渡したと聞いた
それなら何かあった時のためにそれでも足りないくらいだが少しでもお金を持っていたほうがいいだろうとミーシャはそのまま拭い終わった手をライに向ける
お金を差し出そうとしていたライの手を握り彼の元へと戻して「ね?」と念を押す
ライは暫く黙っていたがミーシャの譲らない姿勢に一つだけ溜息を吐くと「わかった」と言って元の場所にしまい直した
ミーシャはそれに笑顔で返す
ついでに伸ばした手でライの御尊顔を隠している髪を横に流して耳にかけておく
露わになった御尊顔にほぅッと満足気な溜息を吐けば心底呆れたような金色の瞳と目が合ってしまった
ドキッと胸が高鳴りミーシャは慌てて言い訳の言葉を放つ
「ほら、目が悪くなっちゃうかもしれないし。別に私が見たいだけじゃなくて…!」
「目が悪いのはおまえだ」
「だから目は良いって…」
「ホラ、これやるから大人しくしてろ」
ミーシャが憮然とした表情で言い返そうとすると目の前に瓶が差し出された
思わず受け取ったソレはヒンヤリと冷たい
「喉渇いてねぇか?」
「渇いてる!」
「じゃあ飲め」
「買ってきてくれたの?」
「ついでだ」
聖人だ。目の前に見目麗しい聖人が座す
ミーシャは崇めたい気持ちを必死に堪えライに熱の篭った視線を送るだけにしておいた
そこでふと気付きライに問いかける
「ライは?」
「あ?」
「喉渇いてないの?」
「もう飲んだ」
「そっか。ありがとう」
「いーから、さっさと飲め」
促されて口に運んだ飲み物は気泡が口の中で弾けた後に鼻の奥がスッと通る爽快感があった
口の中を刺激する食感とミントの爽やかさになんだかライの香りみたいだとミーシャは破顔する
そんなミーシャを見てライは愉し気に目を細めた
「ンな美味かったか」
「うん!これ美味しいねー」
「そーかよ、よかったな」
「うん‼︎ありがとう、ライ」
「はいはい」
片手を振って軽く相槌を打ったライは持っていた包みの中から更に新しい手拭いを取り出した
何をするのだろうとミーシャが瓶に口をつけながら眺めていればライは横に置いてあった革袋の蓋を開けて手拭いに傾け出す
中から流れてきた水を手拭いに垂らしてビショビショになるまで濡らすと革袋の蓋を閉じ手拭いを絞り出した
絞り終えたソレをライはそのままミーシャに差し出す
「ん」
「ん?」
「冷やすといいんだろ?」
「あ…」
混乱したり悶絶したりですっかり忘れていたがそもそもライはミーシャの泣いた顔を何とかするために水を持ってきてくれたのだ
それが、飲み物も買ってきてくれたうえに態々手拭いまで用意してくれて剰えライ自ら手を拭う用と目を冷やす用にそれぞれ濡らして渡してくれている
聖人だった、なんて優しいのだ
先程散々魅力を魅せつけていったというのにまだ魅せてくるなんてそんなに自分を陥落させたいのかこの聖人小悪魔は、心配しなくてももう骨抜きです
ミーシャは復活した悶えに苦しみ息も絶え絶えになりながら手を拭っていた手拭いを横に置き新しく差し出してくれたものを受け取った
「ありがとう……好き」
「……おまえは、本当に軽く言うな」
「軽くない…。ライがかっこよすぎるからポロポロ出てきちゃう」
「…………トチ狂ってねぇで早く冷やせ。日が暮れんぞ」
それはいけない
まだ買い出しという当初の目的を何も達成できていないのに今日が終わってしまえば、それはそれで大変楽しいのだがまた後日買い出しに出かけなければならなくなる
既に改装は最終段階に入っているためやることは沢山ありライと一緒に買い出しに行ける時間が取れるかどうかはわからないのだ、早く目をある程度マシにしなければ
ミーシャは受け取った手拭いを手に持ちながら急いで上着のボタンを外し鞄を取り出す
そして中からハンカチを取り出してどことなく赤く感じるライの手に当てた
「あ?」
「ありがとう。手濡れちゃったね」
「……ンなもん使わなくても平気だ」
「もう鞄から出しちゃったもん、使って?」
ハンカチを当てながら顔を覗き込めば顔も赤くなっていたライに溜息を吐かれる
ライは渡されたハンカチで素早く手を拭うとソレをミーシャの顔に押し付けてきた
「んぶッ」
「おら、さっさと冷やせ」
「はぁい」
返されたハンカチを鞄に戻して手拭いを目元に当てようとしてミーシャはハタと気付く
コレで目元を隠してしまうとライの御尊顔を見れないのでは、と
ただでさえ今日はフードで隠してしまっているので御尊顔を堪能できるのは貴重なのだ、しかも長髪
けれど冷やさなければライに疑惑の目という形の迷惑がかかってしまうかもしれない
だけどでもだってせめて彼が身近に居ることは感じていたい
手拭いを見つめながら真剣に堂々巡りをしていたミーシャにライは眉を顰めて声をかけた
「どうした」
「……ライ、これ飲めるならあげる」
「あ?いらねぇの?」
「ううん、充分飲んだから今はまだ大丈夫なだけ。でもコレ多分冷えてる内に飲んだほうが美味しいと思う」
「だから?」
「目塞がってると飲めないでしょ?その間に温くなって美味しくなくなっちゃう」
「そうか?」
訝しがるライになんとか渡そうと食い下がってみる
「いらない?」と聞けば「…いや、飲まねぇなら飲むが」と言われミーシャは内心でガッツポーズをキメた
「はい、どうぞ」
「…あぁ」
「じゃあ、お邪魔します」
「は!?」
渡した隙に素早くライの膝に頭を乗せる
細い階段で二人並んでいるため足を上げて仰向きになれないのが心底残念だ
頭の横に当たるライの太腿は細く硬い、それでも骨張っている訳でもなくしっかり付いているしなやかな筋肉にミーシャの胸はドキドキする
ライが固まっていることをいいことにさっさと目元を手拭いで隠してついでに頬の赤さも誤魔化してみる
液体を入れた割れ物を手渡しておけば衝動的に退かされないだろうという狡猾な計算だ、我ながら見事な策だと思う
寸の間固まっていたライだったが今の状況を正確に把握したのだろう
ビクッと脚が上下したかと思えばミーシャの後頭部からライがお腹に力を入れたことがわかった
「なッッッッッにしてんだ!てめぇは!!!!!!!!」
「目を冷やしてます」
「ッッどけ‼︎‼︎‼︎‼︎」
「ちょっと無理」
「ぁあ⁉︎⁉︎」
「目で確認できないなら肌でライを確認してないと寂しくて無理」
「はぁッ!?」
「ほら、ライ。飲み物こぼれちゃうよ?」
「ッあ⁉︎………ッ、おっまえなぁ!!」
お腹から力の限り叫び続けているライの声の振動はミーシャの肌に直に伝わる
「退け‼︎」「アホかてめぇ‼︎」と、怒声が二人しかいない空間に絶えず響いているがそれでもライは無理やりミーシャを退かしたりしないし飲み物がミーシャに向かって溢れてくることもない
それがミーシャは嬉しくて可笑しくて楽しくて
「ふふふッ」
「なッに、笑ってんだ!!!」
「楽しくて」
「ぁあ!?」
「ライといると楽しい」
「…ッ‼︎」
クスクス笑うミーシャの上から大きな舌打ちが落とされる
本気で怒らせただろうかとミーシャが手拭いを少しめくってチラッとライを確認してみれば勢いよく瓶に口をつけているところだった
「ッぐ⁉︎……ッゴホッゴホッ、…ッンだこれ!?」
「大丈夫?」
「うるせぇ‼︎」
どうやら心底お怒りのようなのだがライの肌を染める赤色に嫌がられているわけではないと前向きに解釈したミーシャは気にせずライに声をかけ続けた、せめて目線だけは外しておこうと手拭いは元に戻して
「ライもそれ飲んだんじゃないの?」
「ぁあ⁉︎俺が飲むわけねぇだろ!!」
「そうなの?同じのかと思った。じゃあ炭酸は初めて?」
「ンだそれ!!!」
「口の中でシュワ~ってしなかった?一気に飲むとキツいけどゆっくり飲むと美味しいよ」
「先に言え!!!」
絶賛羞恥に塗れてお怒りモードの聖人だがライと近接近できてご機嫌なミーシャにとってはそんなこと気にもならない
「ごめんね、ゆっくり飲んでみて?」と変わらないミーシャの声音にライも段々と落ち着いたのか怒声の代わりに溜息を吐く
それから、視界を塞いでいるミーシャの耳にライの喉が鳴る音が届いた
「どう?」
「………」
「ライー」
「……悪くねぇよ」
「へへっそっか。良かった」
どうやらライのお気にも召したらしい
ライの香りのような飲み物をライが気に入ってくれたことがなんだかひどくミーシャには可笑しくて目元を冷やしたままクスクスクスクスと笑い続けてしまう
「………楽しそォだな」
「楽しい!ライといるからだね」
「そーかよ…」
聞き慣れたライの美声の溜息にもミーシャがクスクスと笑っていれば上にしていた顳顬にソッと硬く冷たいものが当たった
瓶かな、と思っていればソレは特に動くことなくただ軽く置かれているだけだ
下にはライの太腿があって顳顬にはライが持つ瓶を当てられている
(上下でライに挟まれている。私の居場所はココだったのか…)
膝枕とはなんて素晴らしいのだろう、とミーシャが暴走軌道に乗り出したところで上から声が落とされた
「せっかくキレーにしてる頭、解けんぞ」
「ッ‼︎」
「よく出来てるよな、どぉなってんだコレ」
顳顬の感触に加えて髪を触られる感覚を覚える
指先だけで触れているのか編み込んだ部分がソッと突かれている
お洒落をしてもきっとライは何も言わないと思っていたミーシャにとって髪型を指摘されたのはとても衝撃的だった
(キレーにしてるって、思ってくれてたんだ…)
ジワジワと上がる体温に今度は自分が真っ赤に染まりそうだと
ミーシャは緩む口元も手拭いで隠すことにした




