43・
「…いらっしゃい」
店に入るとすぐに店員に声をかけられ訝しげな顔をされる
この小さな店では入ってすぐにライの身なりに気付くのだろう、歓迎されていないのがありありとわかる
(まぁ、だろうな)
服装が清潔なものに変わり身体や髪を洗ったところで無造作に伸ばした髪は顔を隠しその髪から覗く輪郭や口元は悍ましい形をしている薄気味悪い客だ、当然の反応だろう
『ありえないっっ!!!滅茶苦茶かっこいいから!!だからもう一回見せてください!!』
ライは店内をぐるっと見回して目当ての物を探す
旅に使うような革袋の水入れがありコレでいいかと手を伸ばせば店員があからさまな咳払いをする
大方商品を持って逃げないかと警戒しているのだろう
めんどくせぇなと内心で舌を打ちながら構わず商品を手に取る
『ライのことなら信用してるよ』
他にも使えそうな物がないかと店の中に視線をやれば薄い手拭いのような物が何枚かでまとめて売ってあった
コレも使えるかと手に持ち今日知ったばかりの行動を早速試そうとしている自分に苦笑する
『目、これで冷やして?せっかくのライの綺麗な二重を取り戻してあげて』
店員がいるカウンターに品物を置けばジロジロと上から下まで見られ早くしろと苛立ちが募る
「あんた金はあんのか」
「たりめぇだろ、さっさとしろ」
「チッ」
カウンターに金を放ればやっと店員もノロノロと品物を包み出す
『あ、えーと、巾着。お金入ってるから持って行って』
包んだ品物を掴み店を出れば通り過ぎる奴らも薄気味悪そうにこっちを見てくる
その視線にも慣れたものでいちいち不快に思っているその様にだったら見てんじゃねぇよと苛立ちを越えて呆れ果てる
『……ッねぇ、ライ?…ヒック。…ック、…だ、抱き…ック…ついても、いい?』
己の顔に集まりだした熱を誤魔化すように足を早め水場を探す
その間も頭の中では透き通る声が何度も何度も繰り返される
『私が手を繋がないと案内できないの』
『よし、行こう』『…ごめん、嫌だった?』
『ライ、行こう?』
『私が握ってないと歩けない』
『握ってないと食べれない』
隙間風を感じる手を握りしめ比較的近い場所で水場を見つける
買ったばかりの革袋を取り出しその中に水を入れていく
『お腹、ナイフ掠りましたよね。血はもう出てないみたいだけど…大丈夫ですか?ちょっとめくりますね』
『良くないです!酷くなったらどうするんですか!大人しくしてください!』
水を入れた革袋を持ちついでに自分の喉も潤す
あいつも喉が渇いてるならなんか飲み物も買っていくかと近くに売っていたかどうか記憶を辿る
『ライと食べたかった』
『美味しい?』
『ライがッ…、かっこよすぎて……死んじゃう』
余計なことまで思い出して慌てて頭を左右に振って頭の熱を散らす
そういえばさっきの甘いもんの店の近くに飲み物が売っていたなと足をそちらに向ける
『おばさん‼︎ライかっこいいんだから!!!!』
絶えず繰り返される耳に頭に残る透き通る声に舌を打つ
それを誤魔化すように足を早めても声は何度も繰り返される
『へへーっそうなの!』
『ちょっと!!おかしくないですよ!!!』
『彼に会えたのは私史上最大最上級の奇跡だったんです!!』
(そんなんは、俺のほうだ)
やっと戻ってきた先程の店を通り過ぎ飲み物を売っている露店を覗く
露店を開いていたのは若い女で少し姿を見せただけで「ヒッ」と小さく悲鳴の声をあげた
めんどくせぇとため息を吐き適当に瓶を一本掴み金を放る
「足りるな?」と問えば言葉が出ないのかコクコクと頷きだけで返されそれを確認してさっさと踵を返す
『……好き…』
師匠の上着はデカイから髪で隠すよりも顔が隠れて助かった
髪で隠しててもこの有様だ、自分一人で歩いているならどうでもいいのだがミーシャといる時に毎回こんな反応を方々でされれば彼女が泣いて歩かなくなってしまいそうだ
『かっこいい!ライかっこいいもん‼︎』
『みんなはッ他の人を…ッかっこいいって言うのにッ!なんで私がかっこいいって言う人には……ッ‼︎』
『もうッ‼︎‼︎趣味が悪いって…ッみんなッうるさいのよッッッ!大きなお世話!!!』
『なんなのッ!……ッッ私の好きな人っ馬鹿にッッしないで!!!!!』
繰り返される声に怒声が加わり思わず笑いが溢れる
ライのために怒ったのはミーシャが初めてだった
まさかこんな酷いツラのためにあんなに泣きじゃくるなんて
そういえばたかが髪を切るだけでもあいつは泣いていた
『そんなこと⁉︎そんなことじゃないよ!ライの、その髪が、短くなっちゃうんだよ⁉︎』
『……ヤーダー‼︎哀しい‼︎ライと初めて会った時からの思い出は全部その髪型なのに‼︎』
ツラが見たくねぇから髪を切るなと言われたことはあったがまさかあんな馬鹿げた理由でわんわん泣かれるとは思わなかった
ミーシャを思い出す度に顔が緩むのが分かり必死に口腔を噛み締め引き締める
ただでさえ見えてる口元をだらしなく緩ませてしまえばそこかしこで面倒臭いことになるだろう
『お兄さん』
『ライ』
『ライー』
『ねぇ、ライ』
「うるせぇな…」
頭の中で繰り返される声に思わず声が漏れる
通り過ぎた野郎が訝しげな視線を送ってきたが知るか、こっちは頭ん中で繰り返されてる耳に残る声を止められねぇんだ
『ライはっ誰よりも!!かっこいいんだからッッッ!!!』
(馬鹿だな……)
言い寄ってくる男が大量にいて話を聞けばそいつらはツラも良く女にモテる奴らばかりだというのにあいつは顔の区別もつかないから名前も覚えれないし髪色でしか判断できないという
(ほんと、イカれた女…)
自分の名前はうるさいくらいに何度も呼んでくるくせに
『ライ……。ライ…ふふっ。覚えやすくていいですね』
なら、自分は【ライ】で良かったと
初めて思う
彼女がいる場所へ足を早める
上着を被せているからといって女一人であんな人気のないところに長時間置いておくのは心配だ
…心配
(………してんのか、俺)
思わず足がピタリと止まる
早く行かなければと思うのに思いがけず知った自分の心の内に呆然としてしまう
それでも声は繰り返される
『ライッ……かっこいいもんッ』
『素敵な、…ッ人、なんだからッ』
『凄くッやさ、……ッしく、てッ』
『がいっけ、ん…ッも!な、ないっめんもッ……ッ全部!最高なんだ、からッ!!』
先程まで泣きじゃくってた声が繰り返されてまた胸が熱くなりこみ上げる
なんてことを言うんだと舌を打ち、こみ上げてくるものを必死に誤魔化す
懸命に自分を擁護するあいつに言いたかった
泣くな、泣かなくていい
おまえがそんなに泣く必要なんてないんだ
他の奴らの視線や瞳なんて俺にはどうでもいい
だからおまえが悲しがる必要なんかない
そう、言いたかったのに
こみ上げてくるものが邪魔をして何も言えなかった
こみ上げる
胸が熱い
目の裏が熱い
拳を握りしめ必死に耐えれば
また声がする
『……好き…』
『かっこいい…』
『私っあなたが好きです!私とも恋愛できませんか!?』
『私は貴方じゃなきゃ嫌なのッ!!』
『好きだなぁって思って』
『好きだよ』
『……ック…ねぇ、ライ。大好きだよ…』
『大好き』
『大好き、ッなんだからッ』
「しつけぇ…」
鼓動がうるさい
全身が熱い
頭の中が沸騰したように何も考えられなくなる
何度も何度も言わなくても、もうわかってる
なのにあいつは何度も言う
しまいには抱きついてくる
あの甘い香りを纏って
柔らかい身体を無防備にライに預け
その温もりでライを包む
心臓が痛い
胸が苦しい
自分はどこかおかしくなったのかと本気で思う
(ほんっとに引っ掻き回しやがって……)
あいつが触るから触りたいと思うようになってしまった
あいつが笑うから笑うのが簡単にできるようになってしまった
あいつが泣くから……簡単に涙がでるようになってしまった
(ざけんな………)
自分はこんなに弱くなかった
涙なんて出したことなどなかった
ひとりでも平気だった、のに…
もう、手放せない
『だから、お兄さん。
…私と恋愛、してくれませんか?』
「上等じゃねぇか…」
もし、あいつが言う【好き】だの【恋愛】だのといったものが
自分にわかる時がきたなら、
その時は
「必ずてめぇとしてやるよ」
引き締めることを諦めた口元を笑みで歪め
止めていた歩みは早足に変えて
己の手放せない女の元へと
ライは急いで向かった




