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ミーシャは己の失敗を悔やんだ
昼近くになった頃、待ちに待ったライが起きてきて当然の事のようにミーシャに触れてくれることも彼が目の前にいる現実も嬉しくて思わずその胸に飛び込んでしまったのにライは引き剥がすどころか自分を強く抱きしめ返してくれたのだ
なぜなんでなんのご褒美でこれは一体どういうことだろう
昨夜同じ石鹸を使った筈なのに自分の香りとは違うどこか野生的なそれでいて透き通る香りに包まれて
細いながらもしっかりとした腕に抱えられれば彼の力強さを直に感じて
ライの硬い胸板に顔を埋めながら思わず混乱で声を洩らしてしまえばベリっと音がしそうな勢いで離されてしまった
『しまった』と思った時には既に遅かった
再度頼み込んでも顔を真っ赤に染め上げているライには拒否されてしまうし泣く泣く手を引くことで妥協しようとすればそれさえも拒否されてしまった
昨日は文句は言っていても手を繋ぐことは許してくれたというのに
(失敗した…)
あの時声を出さなければ今もまだあの桃源郷の中にいられたのかもしれないのに
それでなくてもあの大きくて長い指をもつ節くれだった手を変わらず堪能できていたかもしれないのに
ミーシャは己の失敗を内心で悔やみまくりながら布を水で濡らしていた
「師匠達は?」
「今はお店の方へ改装の確認作業に行ってるよ」
「そうか」
ダイニングテーブルに腰掛けているライからの問いに濡らした布を持ちながら答えたミーシャはソレをそのままライに手渡す
「はい」
「あ?ンだこれ」
「目、これで冷やして?せっかくのライの綺麗な二重を取り戻してあげて」
「…また訳の分かんねぇことを」
「瞼腫れてるんだもん」
「そのほうがこのツラもちったぁマシになんだろ」
「何を言ってるの⁉︎」
ー ダンッ
ライはどこか楽しげに軽口をたたくがミーシャとしては到底聞き流せるものではない
ダイニングテーブルに力の限り手をつくと驚いているライに向けて猛抗議する
「確かに瞼が腫れたところでライのかっこよさが霞むことはあり得ないんだけど、それでも!取り戻せるのなら取り戻さないと世界の損失だよ!」
「どこの世界だよ」
「私の!」
「今日も元気にイカれてんな」
「……泣くから」
「あ?」
「ライが周りの人達と同じように瞼が腫れてるのがかっこいいっていう認識でそのままにするなら、私!泣くから‼︎」
「はぁ?」
有言実行
ケラケラと笑い(その姿がまた大変かっこいい)事の重大さを分かってくれないライに対して瞳に浮かび始めた涙をそのままにミーシャが睨みつければライは一転してギョッとした顔をする
「なっんで!ンなことで泣くんだ!てめえは‼︎」
「ライのせいだもん!」
「ぁあ⁉︎」
「ライが、ライがぁ~…」
「わーったわーったから!貸せ‼︎ンで泣くな‼︎」
ライはそう言うとミーシャの持つ布をひったくり目元に押し当てた
おかしい、今朝方自分は【ライの気持ち】を大事にすると誓ったばかりだというのに
人間やはりすぐには変われないようだ
ウンとミーシャが自分の不甲斐なさに頷いているとライは深い深い溜息を吐いた
「ッたく。泣き止んだか」
「うん」
「おまえ、本当わけわかんねぇとこで泣くよな」
「ライのことなら髪の毛一本から泣ける」
「やめろ」
ライに関することなら赤子並に瞬時に泣けるミーシャの返答に既にゲンナリし始めているライだがその表情は昨日よりも血色がいい
突然の涙に対して変わらず慌ててくれるライの優しさにミーシャは申し訳なくもあるが気にかけてくれるのは嬉しいのだ、大好きです
「ライ、お腹すいたよね?すぐ用意するね、嫌いなものとかある?」
「………」
「ライ?」
昼食時も近いため昼ごはんの準備をしようと思ったのだがライからの返事はない
再度ミーシャが問いかければライは目元を布で冷やしたまま「いらねぇ」と言う
「え!どうしたの、体調悪い?」
「や、そうじゃねぇけど…」
「あ、じゃあお腹痛かったりする?暖かいもの持ってこようか」
「ちげーよ」
「…ライ?」
「………」
体調が悪いのなら大変だ血色がよく見えたのは熱があったからかとミーシャは血の気が引くような思いだったがどうやら体調に問題はないらしい
なら、どうしたというのだろう
首を傾げてライの言葉を待てばライは眉間に皺をよせどこか言いづらそうに口を開いた
「あー…、まだ働いてもねぇ奴が飯なんざもらえねぇだろ」
「へ?」
「師匠に言われたから仕事始まるまでこの家に世話になることにはなってっけど、それとはまた別だ。タダ飯なんざもらえねぇよ」
「……」
彼は何を言っているのだろうか
仕事が始まるまでライが居てくれるなんて朗報をミーシャは初めて聞いたが、ミーシャ達からすればライが家に泊まってくれてる時点でおもてなしをするのは当然であるしなんならそのまま家族になってくれればいいとさえ思っている、もちろんミーシャのお婿さんという形で
まぁそれは置いておくとしても、だからライのために食事を用意するのは至極当然のことだ
だがライの言葉からして何か理由がないと受け取れないということだろうか
(理由…理由……理由?)
頭を傾げるも当然のことしか思い浮かばない
だからミーシャはそのまま伝えてみることにした
「ライはまだ従業員じゃないよね?」
「あぁ」
「でも今はお客様だよね?」
「は?」
「あ、勿論、既に身内同然ではあるけど」
「はぁ?」
「え、だから、我が家に招いた身内同然のお客様。そんなライをおもてなしするのは当然でしょ?」
「………もてなし?」
「そう」
目元を冷やしていた布を外したライは金の瞳を数回瞬かせ口をポカンと開けている
冷やしていたことで瞼の腫れがほんの少し落ち着いたように見えるし金の瞳も先程より輝いて見える気がする、やっぱり綺麗な色だ
ミーシャがその金の瞳をうっとりと堪能しているとライはまたもや眉を顰め布を目元に当て直す、が、その顔はほんのりと赤かった
「………ご飯、食べられない物ないかな?」
「…………おぅ」
恥ずかしそうに一言返すライにミーシャの口元も緩んでしまう
あぁ、やっぱり好きだなぁとライへの想いを再確認して
「ねぇライ」
「………ンだよ」
「好きだよ」
「なっ⁉︎…~ッからおまえは‼︎‼︎」
「ご飯の準備してくるから待っててね。あ、ちゃんと瞼冷やしてね?」
「おい!!!」
ライの真っ赤な顔と呼びかけを笑顔で見返したミーシャは昼食の支度をするために調理場へと歩みを弾ませて向かった




