28
「今日は疲れたろ、もう寝ろ。ミーシャ、部屋案内してやれ」
「はぁい」
食事を始めてからすぐ、ライは箍が外れたように泣き続けた
その泣くことに慣れていないような姿に
我慢していたものが溢れてしまったような姿に
声を押し殺して泣く姿に
傍に居たいと思った
彼はそのあと涙を零しながらもゆっくりと食事に手をつけ始め時間をかけて取り分けられた全てを食べてくれた
「ライ、行こう?」
「ゆっくり休めよ」
「おやすみ、ライくん」
未だどこかボーッとしているライの手を引く
部屋を出る間際、父であるカーターと母であるニナがそれぞれ彼に声をかければライはそれに一度頭をさげることで応えていた
「ここが客間で、ライはここ使ってね」
「……あぁ」
この家に唯一ある二階の客間へライを案内する
二階は他にミーシャの部屋と以前住んでいた家族が書斎として使っていた部屋があるが未だそこは何に使うか決めておらず空き部屋だ
両親は一階の1番大きな部屋を使っている
「あと、これ」
「なんだ?」
「“口の中を綺麗にしてくれる飴”だって」
「……まさかこれもか」
「…察しがいいね」
「貢がれまくってんな」
「………」
否定できないのが悲しいしその通りすぎて何もいえない
しかも、
「ちなみにこの部屋の家具も全てその商会からの贈り物です」
「は?」
「…………遠回しに言ってたけど、要は自分が泊まる用らしいの」
「ぅうわ…」
ドン引きしている
ミーシャも全面的に同感だった
どこからか引っ越しの話を聞きつけた商会人の彼は【引越し祝い】として家具を贈ると言い出した
流石に家具など受け取れないと断ったのだが問答無用で送られてきたためその身勝手さと強引さに腹が立ち堂々と受け取ることにした
その際『僕の愛用のものと同じ物を用意したんだ。すぐにお店の方にも同じ物を届けるよ。この寝台を知ってしまうと他の物を使えなくなってしまうんだ』とだからどうしたと言いたくなるどうでもいい情報も付けてきた
カーターもニナも笑って受け取っていたがその目は笑っていなかったし彼を泊めないと決めたのは家族の総意となった
新品の愛用の物は受け取るが彼は受け取らないという嫌がらせをすることに決めたのだ
「絶対泊めないけどね」
「なのに受け取ったのか」
「便利だったからね」
「違いねぇな」
話を聞いたライは口元をひくつかせていたがミーシャ達家族の図太い対応を聞けば口元を笑みで歪めさせた
その嗜虐さを微かに見せる笑みはミーシャの胸をドキリとさせた
子供のような可愛さを見せたかと思えば獰猛な獣のような荒々しさもみせる
なんてかっこいいんだ、好き
ミーシャはキュンキュン絞られる胸を押さえながらも早く疲れている彼を解放しなければと思う
でなければ今にもまた愛を叫んでしまいそうだった
「じゃあ、ゆっくり休んでね。おやすみ」
「………なぁ」
「ん?」
断腸の思いで就寝の挨拶をすればライが話しかけてくれる
本当はまだ話していたいミーシャは嬉しくてその気持ちのまま笑顔で相槌を打った
「どうしたの?」
「……」
ライは返事の代わりに一歩ミーシャに近付く
ドキッと心臓を高鳴らせライに意識が集中すれば彼は泣き笑いのような顔をしながら腕をミーシャへと伸ばした
ポンっと軽くミーシャの頭にライの手が置かれそのまま二回、左右に動いた
そのぎこちない行動にミーシャの全身の血が熱を持ち動けなくなると金の瞳で優しく見下ろされていることに気付く
金の色彩に吸い込まれてしまったかのような感覚にミーシャは視線を逸せなくなった
ライはその優しい瞳のまま小さく口をひらいた
「……ありがとな」
「………」
擦れた声にはライの想いが込められていて
益々赤くなるミーシャをよそにライは「平気で触ってくるくせに逆だと大人しいよな、おまえ」とその優しい笑みを更に深める
そして、
「ミィ」
「ッ‼︎」
「…おやすみ」
照れ臭そうな笑みと大きな手の温もりを残して
ライは部屋へと入っていった
だから、
そのあとミーシャが腰を抜かしたことも
風呂に降りてこないミーシャを呼びにカーターが来るまで動けなかったことも
名前を呼ぶことが気恥ずかしいなら頭文字だけ取ればいいかと軽く考えたライの「ミィ」という呼び名が愛称となることも
愛称は親しい間柄のみが使うものだということも
ライは知らない