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「あら、先生。食べていかれないんですか?」

「すまないね、奥さん。既に愛妻料理で腹を膨らませてきてしまってね」



帰るという医者を見送りに玄関まで付いて行けば女と女親…奥さんであるニナも一つの部屋から出てきた


医者と談笑し「気をつけて」と言葉を放つ奥さんに続けて女も「先生ありがとう!おやすみなさい」と送り出していた




「さぁ、飯にするか。あ、ニナ。悪いが白湯を用意してくれるか?先生にライががっつく前に白湯で腹を膨らませろって言われてな」

「まぁ、わかったわ。すぐ用意するから、ライくん少し待っていてね?」

「あ、りがとう、ございます…」



医者に言われた内容を少し誤魔化して伝えてくれた師匠に内心感謝をする

奥さんであるニナはどことなく気付いていそうではあるが、自分の現状を知ればまた隣に居る女が泣くかも知れない

この女の泣きのきっかけは何で始まるのか分からないのだ


覚えたばかりの礼を奥さんに返せばニナは目を瞬かせ次の瞬間には師匠や医者と同じような顔をした


やはりとても居心地悪く視線を逸らせば女も目を丸くしていてますます居づらい



「……こっち見んな」

「……ふっ、~ッふふッ、ふッ…ッ!」

「笑うな」

「あはははははは!」



吹き出した女にジトリと視線を向けて牽制したがその途端女は我慢ができなかったように笑い出した


その楽しそうにでもどこか嬉しそうな笑いにライは悔しさと苛立ちを覚え女の顔に片手を伸ばす


そのまま笑ってる女の両頬を片手の指でつぶすように軽く押せば笑っていた女は「はブッ」と変な音をだして黙った


その頬のあまりの柔らかさに驚いたがみるみる赤くなっていく女の顔に苛立ちが笑いへと変わる




「ふッ、タコみてぇ」

「ッッッ‼︎‼︎」




「…俺はライじゃなけりゃあ相手の男を八つ裂きにしてたかもしれんなぁ」

「フフッ、素敵なお婿さんが来てくれそうで嬉しいわね」



ますます赤くなる女が面白かったが師匠たちがまた訳の分からないことを言っていたため慌てて手を離す

その内容を詳しく聞くのも反発するのもやめておいた


藪はつつくまい

















「遠慮しないでたくさん食べてね」



奥さんであるニナが声をかけてくれるがライは返事ができなかった


目の前に見たことがないほどの量の食い物が机の上に所狭しと並んでいたからだ



これが【家】での普通の飯なのか

なんでこんなに種類があるのか

どれから手をつけるのか

あの食い物は何なのか



腹に刺激を与える美味そうな匂いをさせているものを前にしてライの脳裏には次々に疑問が浮かぶ


医者がなぜがっつくなと言ったのか心の底から納得する

これは医者との約束を守るのが難しそうだとライは口内に溜まる唾をゴクリと飲みこんだ



「似たようなものばかりになってしまってごめんなさいね、苦手なものがなければいいんだけど」

「ライ、お前はまず白湯からだぞ」



ライはニナの言葉にどこがだ!!!と叫ばない自分を褒めたかった

それに師匠にはしっかり目を光らせておいてもらおうと

自分ではがっつかねぇ自信がない



カーター達が食べ始めたことでライもまずは言われた通り白湯の入ったカップに口をつける

その横に置いてある見たことのない膨らんだ形の入れ物に白湯が入っていると言われたからとりあえずそこからもう二杯飲んでおく


そろそろ手を出していいのか

そういえば自分はまだ働いてないのに飯をもらっていいのか

まわらない頭は今更ながらの疑問を浮かび上がらせ益々手が出せなくなる



(どうすんだ……)



またもやポンコツ状態のライはカップに口をつけたまま途方にくれることになった




「ライ、ライ」

「あ?」

「これ見て見て」



視線だけは射殺さんばかりに食い物へ向けカップだけが手放せないでいると隣りに座っている女が途方にくれるライに話しかける


先程までタコのようだった顔も今は大分落ち着いているがまだ僅かに赤く染まっていた



「これね、私が初めてお父さんにお願いして作ってもらった【おかずパン】なの」



女が指を指し示したのはライの両掌ほどの大きさの皿の上に鎮座している茶色いパンだった

一皿に一つのっているソレは各々の前に置いてありライの前にも同じ物が置かれている


しかし、そのパンはライもよく知っている

硬いだけのそこら辺の露店でも売ってる普通のパンだ、ライもよくそれを食べている

だからこそあまり興味も惹かれなかった

それよりも赤い汁に浸ってる肉団子や色んな色が入った柔らかそうな2種類の長方形の食い物のほうが気になっていた



「これが?」

「そう!開けてみて」

「は?開ける?」



訝しげに女に問えば嬉しそうにまた訳の分からないことを言う

開けるってなんだ



「パンの上部を切り落としてもう一度上に被せてるの。蓋みたいに取ってみて?」

「……なんでまた」

「いいからいいから」



女の説明は大分不可解だった

訳もわからずいたがさっきまで談笑していた師匠や奥さんもこちらを笑顔で見ている



(なんだってんだ…)



頭の中で疑問符を羅列させながら女が言った通りにパンの上部に指を置いてみる

そのまま摘んでみれば呆気ないほど簡単に外れた

本当にのせてあっただけのようだ


摘んだパンをズラせばパンの中から湯気があがった


ライは初めてみる光景に目を瞠る



「なんだコレ…」

「フフッ、パンの中身をくり抜いてその中にトマトと赤ワインのシチューが入ってるの。コレが我が家の最初の目玉商品【シチューパン】ですッ!くり抜いたパンもそのシチューに入ってるよ」


「シチュー、パン…」

「〜〜ッッ!そ、そう!」



目の前には見慣れたパンにポッカリと穴が開けられその中には赤茶色のドロリとした汁が沢山の具材と一緒に入っていた

【蓋】を開けた瞬間匂ってきたものがライの腹を刺激する

パンの中の白い部分に汁の色が赤く染み込んでいて思わず喉がゴクリと鳴る



「……美味そう」

「美味そうじゃなくて美味いんだよ」

「冷めない内に食べてねライくん」



ポツリとこぼせばカーターに突っ込まれニナに勧められる

ライだってもちろんすぐにでも食べたい

だが食べ方がわからない



「………どーやって」

「ッッ‼︎‼︎あ、あのねあのね!ま、まずはスプーンで中のシチューを食べてみて。それから蓋にしてた部分をちぎって中のシチューに浸して食べるのも美味しいよ!中のシチューが少なくなってきたら器にしてるパンの部分も千切って食べてみて、それも浸してもいいし味が染みてるからそのままでも美味しいよ!」

「ミーシャ、ちと落ち着け」

「無理でしょ!?」

「フフッ、熱いから気をつけてね」



何故か女が突然興奮しだしたが食い方を教えてくれるのは助かる


言われた通りにまずはスプーンを持ち汁…シチューを掬った

期待に逸る気持ちを抑え恐る恐るソレを口に運ぶ



「ッ‼︎」


(あっつッ!)



口に入れた瞬間あまりの熱さに驚く

だが次の瞬間には口の中に色々な味が広がりあまりの美味さに目を瞠る



「………美味い」

「でしょ⁉︎」

「口に合って良かったわ、沢山あるからおかわりしてね」

「ゆっくり食えよ」



ライがポツリとこぼせば返事が返ってくる

美味いと言えばもっと食えと言われる

ライががっつかないようにと忠告をされる


ライはもう一度シチューを掬う



「美味い……」








ポタッ



ポタポタッ




(……なんだ?)




二口目は熱くないように一口目よりも慎重に口に運んだ

やはり美味いとこぼせば目の前の赤茶色のシチューの上に何かがポタポタと垂れ始める




次いで自身の喉の震えを自覚する



喉の次は唇が震えだす



唇を噛み締めれば身体が震え始める







ポタッ



ポタポタッ








今は【笑って】なんかいなかった


ただ、初めてシチューとやらを食っただけだ

初めて食ったシチューが熱かっただけだ








ポタッ



ポタポタッ












なのに、










ポタ…ッ












なんで、








ポタポタ…ッ










(くそ………ッ)




顔をあげることも覆うこともできない

垂らした髪だけが己の情けない姿を隠してくれればと思う




震えだす身体を抑えるために拳を強く握る


握りすぎてその拳も震えだす



止まらない震えと嗚咽に情けなさで消えてなくなりたいと思っていれば左手をふわりと何かに包まれた



この感触はもう見なくてもわかる

今日だけで散々掴まれたのだ

そういえば掴まなければ案内できないなどと意味がわからないことも言われたな



己の情けなさから目を逸らすように全く関係ないことを考えていれば柔らかい声が耳に届いた



「ライ…。冷めない内に、食べよ?」

「ニナ、他の食いもんも取り分けてやってくれるか?ライの奴遠慮して手伸ばさねぇからな」

「そうね、折角ライくんのために腕を振るったのだもの。沢山食べてもらわなきゃ」




女の声以外にも師匠や奥さんの声がする




「ッにしても、ライ。その髪、厨房に入れるからには切ってもらうからな」

「ええぇぇぇえっ!?」

「ニナ、明日こいつの髪切ってやってくれるか?」

「えぇ、いいわよ」

「ヤダヤダヤダヤダ‼︎‼︎切っちゃヤダ!!」

「なんでだよ」

「まだ髪縛ったライ見てないし湯上りの色気にまだ耐えられてないのに!」

「ミーシャ…」




師匠の言葉に女は相変わらず訳の分からないことを言っている




「それなら明日ライくんに髪を縛ってもらってからデートに行ったらいいじゃない。買い出しと一緒にライくんの必要なものも買ってきなさいな。あと、桶も買うんでしょう?」

「あン?なんで桶なんざ」

「髪を縛ったライとデート…」

「なんか桶に罅が入っちゃったみたいよ?」

「あー、まぁ長く使ってたからなぁ」




聞き捨てならない言葉も居心地の悪い内容も聞こえてくる




「それに、ミーシャ。きっとライくんなら髪を切っても似合うわよ」

「ッ‼︎」

「まぁ縛るにしろ髪切るにしろ顔出して歩くのが嫌だってんなら明日ついでにフード付きの上着でも買ってこい。明日出歩くのにも抵抗あんなら俺の貸してやる」

「う〜〜ッ、わかった…じゃあっライの髪切るなら私が切る!!」

「おまえが切れば余計外を歩きたくなくなる髪になんだろーが」

「そんなことないもん!」

「ミーシャ、お母さんがお父さんにお願いされたんだから取っちゃダメよ」

「う〜〜っ」




誰かが話せば誰かが答える

軽口を言い合いながらも楽しそうで


【家族】の会話だ



その【家族の会話】の内容はライのことだ



蔑みも

嘲りも

侮辱も

侮蔑も

憤怒も

嫌悪も




そのどれもが無い


ライの内容だ



ライが【家族の会話】に含まれている

ライが【家族の食卓】に座っている

ライが【家族の予定】に入っている








胸の内に熱いものがこみあげる


今日一日で何度も感じたものだ


何がこみあげてくるのかもわからず飲み込んできたが

それは己の【涙】だったのか



【涙】は【笑う】以外にも、流れてくるものなのか





(くそ厄介な……)




未だ包まれた手が暖かい

ライの涙に触れずにいてくれる家族が暖かい

ライを受け入れてくれるこの場所が、…暖かい




その暖かさに触れればこみあげる


こみあげてくるものはボロボロと【涙】に変わる















そうか、


















(俺は……、ずっと………)










































ー これが欲しかったのか ー




























あんなにがっつかないか心配したのに


ゆっくり食べることも、今は、難しかった



















夕食のメニュー

*シチューパン

*肉団子のトマトソース煮

*葉野菜のサラダ

*根菜のマリネ

*2種類のケークサレ(←追加品目)

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