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カーターは真剣な眼差しでライを見る
治療をしていたショーン医師も身体をズラし二人の邪魔をしないようにしている
誰もがライの返事を待つ中で彼はポツリとこぼした
「あんたは…」
「あン?」
「なんで、そんなことを聞くんだ?」
ライの後ろにいるミーシャにはライが今どんな顔をしているのかわからない
対するカーターはライの言葉に訝しげに眉を顰めている
「なんでって。雇おうとしてる奴の意思を聞くのは当然だろ?」
「は?」
「なにを驚いてんだ?」
驚いたように聞き返しているライにカーターも不思議そうな顔をする
ライがなぜ驚いているのか
ミーシャが仕事の話を持ちかけた時もライは驚いていた
そしてすぐには了承しなかった
あの時はその理由がミーシャにはわからなかったし家に来てくれたことでライは了承してくれたのだと思っていた
けど、
今もライが驚いている様子にその理由がなんとなくわかってしまったミーシャは胸が絞られるようだった
「……雇おうと、してんのか?」
「おまえにウチで働く意思があればな」
「……俺を?」
「おまえだって言ってるだろ。他に誰がいるんだ」
ミーシャからライの顔は見えないがきっと彼は驚愕の表情を浮かべているのだろう
未だ信じることができない彼に伝わってほしい
排する人ばかりじゃないことを
受け入れる人がちゃんといることを
傷つける人ばかりじゃないことを
認めてくれる人もちゃんといることを
貴方を必要としている人がいるということを
下唇を噛み締めて引き絞られるような胸の痛みに耐える
せめて彼に触れてる指先に力が入らないようにだけ気をつけているとライはまたポツリとこぼした
「…俺みたいな奴が厨房入ってるってバレたら客来なくなんぞ」
「おいおい、うちを侮るんじゃねぇよ。ンなことで客が減るか。大体、俺だってこんな顔だがパンを焼いてる張本人だ」
「………」
「おい、少しは否定しろ」
いつもよりも数段低い声で話すライにカーターは軽く答える
そんなことを言うがミーシャは父の顔は漢らしいと思っているし幼い頃から大好きだ
娘の好みは父親に似るとは本当のことだったんだなと今更ながら納得してしまう
「パン屋なんてな、旨いパンと美人の奥さんと可愛い娘がいれば何とでもなるんだよ」
「確かにこの家族のパンは絶品だ」
そう言って今まで難しそうな顔をしていたショーン医師は笑顔で頷いた
自慢げに言う父にミーシャは少し恥ずかしさもあるがそれでも嬉しいし母であるニナもカーターの横で嬉しそうに微笑んでいる
「………俺は、学もねぇし。…口も、わりぃ」
「ンなこと気にしてんのか。別にこっちは気にしないがおまえが気になるならこれから学べばいい。読み書きはできるのか?」
「……いや」
「ならミーシャに教われ。口の利き方については俺が教えてやる」
「………」
「まだなんか気になるのか?」
ポツリポツリとこぼすライにカーターは全てなんでもないことだと答えていく
ライが抱えていた不安をひとつずつこぼしてくれる様子に彼の背後でよかったとミーシャは思う
ライの顔を見ながらその不安を聞いてしまえばきっと涙が溢れてしまうのがわかったからだ
「なんで………」
「なにがだ?」
「俺、なんざ……」
「…………」
ライの震える声にカーターは真剣な眼差しで答える
「俺はな、同情を買おうとする奴は好かないが生意気にも睨んできたり世話にはならないと吠えたりしたおまえみたいな奴は嫌いじゃないんだ。そうやっておまえは周りに頼らず生きてきたんだろう?そんな気概ある奴なら傍に置きたいと思うのは当然だ」
「…………」
「おまえはどうだ?ウチで働く意思はあるか?」
先程よりもゆっくり問いかけるカーターにライは自身の膝に肘をつけ前のめりになるとその手で目元を覆った
だが、すぐに震える長い吐息を吐き出すと手を外し身体をしっかりと起こす
未だ真剣な眼差しを向けるカーターの瞳をライもしっかりと見返した
その金色の瞳に決意の色をのせて
「ここで働かせてほしい。俺を、雇ってくれ」
力強い言葉にカーターも満足そうに頷いた




