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「ライ来たよー」
「おぉ、待ってたぞ」
ソファに座って談笑していた三人にミーシャが声をかけながら部屋に入る
その後ろから少し遅れてライも部屋に入った
タオルを被ったままゆっくりと入ってくるライに気付くと医師は直ぐ様その場に立ち上がった
「こんばんは。君がライくんだね?」
「……あぁ」
「私は医者のショーンだ。ナイフで怪我をしたと聞いたが血が止まらないというわけではないと聞いていたし、焦る必要がないと判断したが…早速見てみようか。こちらへ座って」
ショーン医師は自身が座っていた場所を指差して優しく笑った
笑うと目尻の皺が強調され年齢を感じさせるが医師にその筋肉が必要なのかと問いたくなる腕の太さを見ればまだまだ現役なのだなと安心する
ライは恐る恐るショーン医師の方へと向かい指示された場所に座る
ミーシャはライが座ったソファの後ろに周るとライの前でしゃがんで鞄から道具を準備している医師に尋ねた
「ねぇ先生、ライまだ髪が濡れてるの。治療してもらってるあいだ拭いててもいい?」
「な⁉︎」
「おや、珍しいねミーシャ。君が男の子にそんなに気を許してるなんて」
ショーン医師に許可を求めるとライが驚いたように後ろを振り返る
その際に被せていたタオルがライの首元に落ちたためミーシャはまたもや色香を直接浴びてしまう
ー 目を合わせたらやられる ー
危険を感じた狩人は必死に魅力的な危険人物を視界に入れないようにひたすら医師に視線を向けた
「ライは特別だもの。ねぇ、ダメかな?」
「体が揺れるほど強くなければ構わないよ」
「おい。別にいいっつったろ」
医師は楽しそうに許可をだしてくれたが本人からの許可が得られない
必死に視界に入れないようにしていたのに美声をかけられてしまったのなら仕方ない
ミーシャは色香に耐えられるようにお臍の部分にグッと力を込めて真剣な表情で魅力的な危険人物であるライと向き合った
「だめだよライ、私の心臓がどうなってもいいの?」
「はぁ?」
「おー、すっかり綺麗になったじゃねぇか」
「ごめんなさいね、ライさん。良ければミーシャの好きにさせてやって?」
ライには呆れた声と顔で返されたがそんな姿も今は攻撃力が倍なのだ迂闊なことはしないでほしい
悶える胸の内を面に出さないように必死のミーシャに気付かないライはニナからの援護もあり渋々前に向き直った
色香に耐え抜いたミーシャがホッと息を吐くと対称的に前方から息を呑むような音がする
目線を向ければショーン医師が眼を瞠りライの顔を凝視していた
両親のことは信頼していたが医師がどんな対応にでるかミーシャにはわからない
もし万が一にでも医師がライを傷付けるようなことをしたらこれからずっと医師が購入していったパンの中に失敗作である唐辛子パンも入れてやろうとミーシャは心に決めた
しかしその決意も虚しく医師は瞠っていた眼を愉しげに細め髭が生え始めている顎に手を当てて何度も頷く
「なるほどなぁ。ミーシャがベッタリな訳だ」
医師のその言葉にミーシャはささやかな報復を目論んでいたことなど露ほど見せずにとびきりの笑顔で答えた
「ライと出会えたのは、私史上最大最上級の奇跡だったの」
「はははっ!良かったなぁミーシャ」
愉しげに笑うショーン医師にミーシャも更に笑みを深める
そして治療の準備を終えた医師は「じゃあちと腹見せてくれな」とライの服をめくった
ミーシャもライの首元にかかっていたタオルを手に取り焦げ茶色の髪を優しくタオルで挟み込むようにして乾かし始めた
「…………あんたも、気味悪がらねぇんだな」
「ん?」
ボソッと聞こえた美声に乾かす手を止めるとライは医師をジッと見てるようだった
ライのお腹辺りを覗いていた医師にはその声が聞き取れたようで手を動かしながら何でもないことのように言う
「もしかして、君の外見のことを言っているのかな?」
「…………」
「他人様の顔で気分が悪くなっているようじゃ骨が飛び出すような怪我は見れないよ」
「……あっそ」
「ちょっと先生!そんな酷い怪我とライの御尊顔を比べないでよ」
「はははっ!ごめんごめん」
どこか諦めたように呟きを落としたライだったがミーシャとしては聞き捨てならない
思わず身を乗り出して医師に抗議するがショーン医師は面白そうに笑って返すだけだ
(やっぱり唐辛子パン入れようかな…)
ミーシャが再度の報復を目論んでいると一緒に笑っていたカーターがミーシャへと向き直った
「それで?ミーシャ。こいつを従業員に決めた顔以外の理由はなんだ?」
ミーシャは唐辛子パンのレシピを思い浮かべていたがカーターからの問いに思考を切り替えてミーシャ史上最大最上級の奇跡の瞬間を振り返った
今後何度も思い起こすだろうあの瞬間は本当にカッコ良かった
思わずミーシャの表情が緩む
「喧嘩が強くて信頼できるから」
「その信頼っていうのはどっからきた?」
「ライのお金を狙ってきた男たちをライ1人で返り討ちにしたの。全員気絶させてたんだけど、その時に床に落ちてたその人たちのお金には手を出さないで盗られたライのお金だけ取り返してたんだよ」
「はぁー、なるほどなぁ。なんでお前は盗らなかったんだ?盗られて腹立っただろ」
緩む頬をそのままに髪を乾かす神聖な作業を再開しながらミーシャは父であるカーターの問いに答えていく
すると感嘆の声をあげたカーターは次はライへと問いかけた
されるがままになっているライは一度溜息を吐くとぶっきらぼうに言い放った
「難癖付けてくる奴が多いから態々面倒くせぇことの原因を自分で作る気にならねぇだけだ」
「そりゃ賢いな」
ライの返答をカーターは面白そうに聞いていた
だがミーシャはライの髪から香る自分と同じ香りに酔っていた
後ろからなら色香の直撃も幾分マシであるため大丈夫だろうと思ったのにとんでもなかった
このまま後ろから抱き着いたらダメだろうかとミーシャは真剣に考える
今日は抑えるとライに約束したことはすっかり忘れていた
ミーシャがそんな邪なことを考えていることを知らない人たちは各々会話を続ける
「襲ってきた奴らは複数だったんだろ?何人だ?」
「覚えてねぇ」
「ミーシャ」
「ふへっ?」
手をライの首に伸ばそうとしていたところでカーターに声をかけられてミーシャは慌てて頭上へと軌道修正する
「聞いてたか?」
「ごめん、なに?」
「こいつを襲ってきた奴ら何人いた?」
「多分5、6人」
「そんなにか」
「まぁ」
邪な思考を追い払って記憶を辿って答えるミーシャの発言にカーターは感心しライの分の飲み物を用意していたニナも驚きの声をあげた
ショーン医師だけは眉を顰めてライの怪我の治療をし続けている
「ライはいつも短期の仕事や日雇いの仕事をしてるんだって。今日丁度受けてた仕事が終わったらしくて次も決まってないっていうから勧誘したの。ね?ピッタリでしょ?」
ライの話を聞いてくれるのが嬉しくてミーシャの口元はまた緩んでしまう
こんな素晴らしい人、他に居ないのだから是非とも同意していただきたい
嬉しそうな顔をするミーシャを見てニナは微笑みカーターも優しげに娘を見る
「そうだな。じゃあ最後に」
カーターは自身の膝に肘をつき前のめりになるとライの顔を覗いた
「お前はウチで働く意思はあるのか?」
ライに触れているミーシャの手からライが身を強張らせたのがわかった




