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ライは風呂に入ったことがない

これまでの生活を考えれば当然である


【家】に浴場があるのは一般的なことなのかさえライは知らない


汗や汚れが酷かったり血を多く流した時など、身体を清めたいときは町をでて近くの森に流れる川で流すことが多かった

体力が底をついていたり怪我が酷かった場合は適当な水場で頭から水をぶっかけて良しにしていた



だから目の前にあるモノと女の説明はライの好奇心を甚く刺激した



なんで自分がこんなことになっているのか

昨日とのこの差はなんだと


頭の隅で未だ混乱しているモノにはもう見ないフリをした








ここ2、3日は日雇いではなく短期の仕事だったためすぐに金が入らずロクなもんを食えずに体力仕事をこなしていた

やっと金が入ったかと思えばアホな奴らに絡まれ既に限界に近い体力で乱闘となり結果いつもなら負わない傷を負うことになった

そのせいで変な女に捕まり走らされ治療されトチ狂ったことを言われ抱き付かれ家に連れてこられ女の親だという奴らも平気で自分を受け入れ元凶の女は隙あらば言い寄ってくる





端的にいうと



(疲れた…)





気を抜けば一瞬で崩れ落ちそうだった


だから、もう考えることはやめた




今は目の前の風呂とやらを全力で堪能してやろうと開き直っていた

ヤケになったともいう




散々気にかけられた腹の傷はタオルに赤い色が滲んでいてまぁそうだろうなと呆れる

なぜかこの傷を湯に浸からせるのはよくないようなことをしきりに言われたのでとりあえずタオルを外すのはやめておこう


襤褸を脱ぎ捨て女の言ったとおりに桶に湯を掬い水場で汚れを流した時のように頭からぶっかけ



「ぐわぁっちぃ!!!!!!!」








もう一度言おう


ライは風呂に入ったことがない




だから湯を沸かす道具が高いことは分かっても


髪用の石鹸が高価なモノであることも

風呂に入る際にはまず温度を確かめることが必要なことも

湯が水以上に傷にしみることも



ライは知らなかったのだ



「〜〜〜〜〜ッッッ!!!?」



思わず持っていた桶を全力の力で握るとベキっと嫌な音がしたような気もするがそんなこと気にしていられない



(ッッッくっっっそいてぇ!!!!)



殴られた顔やかすり傷程度の小さい傷でさえジンジンと痺れのような痛みをもつのに湯がしみたタオルが直接腹の傷に当たり尋常じゃないほど痛む

当然である



(ッッンだこれ!!!アイツらが言ってたのこういうことか!?)



すぐにタオルを外したことで幾分かマシになったが未だ痛む傷にひたすら耐える


確かにコレでこんな熱い湯に入るなんて拷問ものだ


湯に身体を徐々に馴染ませていくことを知らない疲れ切っているライは普段の自分なら大げさだと鼻で笑うほどの思考にも至極真面目に納得する



(大体このクソ熱い湯をどうやって使えってんだ)



絶賛ポンコツ中の彼はまわらない頭で途方にくれた









「ライー。着替えとタオルここに置いておくねー?」



救世主現る


この際それが男の入浴中に平然と入ってくるトチ狂った女でも構わない

ライは衝立の向こうにいる女に声をかけた



「なぁ」

「ん?どしたの?やっぱり手伝い必要?」

「………」



ある意味必要だ



それに女が最初に言っていた“腹を濡らさずに頭を清める難しさ”はこういうことかとやっと理解する

どう手伝うつもりなのかは知らないが確かに一人では骨が折れそうだ


他人に頼って清めるなんざ死ぬほど情けないがここは手を借りるべきだろうか



因みにライにとっては身体に触られることは抵抗があるが自身の裸を見られることは全く気にならない

ましてや最大のコンプレックスである顔を見せている以上彼女に見られて困ることは既にないというねじ曲がった羞恥心の持ち主である

彼女が知ったら全身を真っ赤にすることだろう




プライドを捨てて頼るか否か


ライが至極真面目に悩んでいると衝立の向こうから慌てた声があがる



「ご、ごめん。ちょっと下心もあったけど純粋に心配する気持ちと少しふざけたくなっただけでっ!本当にそっちには行かないから安心して」



悩んでいる間に答えが決まってしまった


どうやら悩んでいた間の沈黙をライが怒っていると思ったらしい

酷く慌てた声音で「私、もうでるから!」と扉を開ける音がするが、それは困る



「突然入っちゃってごめんなさい。ゆっくりしてね」

「なぁ」

「ん?」

「…………湯、くそあちぃんだけど」

「へ?」



裸で痛みに悶え最終的に女に文句のようなことを言う

客観的に見ずともとても情けない



(くそだせぇ…)



ライは顔に手を当て盛大な溜息を吐いた

すると衝立の向こうから「〜〜ッッッ⁉︎そ、そっか⁉︎気付かなかった!ごめんねっ」と何故か裏返った声が上がりその返事には喜色が滲んでいる



「あ、あのね?浴槽の近くに蛇口、あるでしょう?それを捻ると水がでてくるからそれで温度を調節してもらってもいい?浴槽にそのまま流すと道具の影響ですぐ熱くなっちゃうと思うから桶に別にしたほうがいいかも」

「わかった」

「〜〜〜ッッ‼︎」



女の反応が疑問ではあったがこの熱い湯がなんとかなりそうなことに安堵すればその疑問もすぐに消えた



「ほ、他は大丈夫?」

「あぁ」

「髪用の石鹸はもしかしたら最初は泡立たないかもしれないけどそしたら何回も清めたほうがいいかも。傷が痛むようだったら無理にブラシ使わないで代わりに掌で清めるとか、あ、お湯や水も気にしないで沢山使ってね。あと着替えはお父さんのだけど引っ越し用に新しく買ったものばかりだから新品だよ。それと…」

「わぁーったって。急にどうした」



女が突然怒涛の如く話し出し始めたためライは思わず眉を顰める



「ご、ごめん!じゃあ心臓が耐えられる内にでてくね」

「はぁ?」

「ううん、こっちの話。じゃあごゆっくり」



訳のわからない女はそのままパタンと扉が閉まる音だけを残して出て行った


意味がわからなかったがそれも今に始まったことじゃないなとすぐに気にするのはやめた








女が言っていたとおりに浴槽付近の蛇口を捻る

そのままその水で清めようかとも思ったのだが初めての【風呂】というのは捨てがたかった


まず湯を掬おうと桶を手に取れば先程までなかった罅に気付く

そういえば嫌な音がしていたなと思い出してライは舌を打った



(やっちまった…)



何かひとつでもライを罵れる材料を見つければ嬉々として罵倒してくる奴らもいる

こちらが罵られるような原因を態々作るような行為には気を付けていたというのに

大分気が緩んでいるようだとまた舌打ちをする


自分の緩さ加減に苛立ちを覚えるがやってしまったものはもう遅い

あとで報告しようとそのまま開き直って桶を使った





水を得たことで熱いだけの湯が身体をほぐすほど気持ちが良くなるものへと変わる


痛みにビクつき掌で恐る恐る身体を清めればすぐに泡は黒くなったのでブラシで力任せに清めた


膝をつき頭を前に突き出す形をとることで頭と髪を清めることに成功した

だが女の言う通り初めは泡立つことがなかったため何回か清めることを繰り返し4回目で白い泡が大量に泡立った、がコレはコレで正解なのかと首を傾げた

そういえばよく流せと言われたなと思い出し何度か流していたがその頃には浴槽の湯をそのまま使っても平気になっていた



初めて【風呂】が終わったライは清めることがこんなにも気分を良くするものなのかと驚いていた

そしてわかっていたつもりだったがそれ以上に自分が汚かったことも実感した



(本当に、よく平然と触ってきたり抱きついてきたりしたな…)



脳裏に薄茶色の髪と薄緑色の瞳が思い浮かぶ

そういえばあの女もこの石鹸の匂いがしたなと思い出す

だが多分使っているのは同じモノだと思うのに女と今の自分では匂いが違う気がした



(あいつはもっと、甘いような…)



自分の髪を摘みそれを眺め暫しボーッとしてしまう、が、ハッと意識を取り戻し頭を左右に振る



(何思い出してんだ)



無意識の内に女を思い出していた

そのことに顔に熱が集まってくるがそれはこの場所のせいだということにしておいた





衝立を通り過ぎると脱ぎ捨ててあった襤褸が無くなっていて代わりにタオルと真新しい服が入っている籠があった


ここまで他人にされたことのないライは只々慣れないことに溜息を溢して戸惑いを逃す



(考えんのやめるか…)



頭がまわらないライは身体がほぐれたことで眠気が増しさらにポンコツ具合に拍車をかけていた




水滴を拭い用意された衣服を纏う

しっかり下着や肌着まで用意されていることにまた溜息がでるし女に新品だと聞いていて良かったと安堵の吐息も溢れる


流石の自分でも他人が使用した下着を使うのは遠慮したい


今まで自分が履いていたボロ靴も無くなっていて代わりに布張りの柔らかそうな履物がある

コレを履けってことか?と首を傾げながらもそのまま足を通して部屋から出た



「あ、ラ…イ…」

「なんでそこにいんだ?」



部屋から出ると扉の横の壁に背を預けた形で女がしゃがんでいた

疑問に思って尋ねたのに女は顔をみるみる赤くしその薄緑色の瞳を溢れんばかりに見開かせ口を間抜けにもポカンと開けて止まっている


相変わらず意味が分からない女だ


とりあえずその様を眺めていると女は胸を押さえ蹲った



「……なにしてんだ?」

「…し、心臓が、色気に…っ」



またよく分からないことを言ってる相手に理解するのを早々に諦めそういえば女に言わなければならないことがあったことを思い出す


内心溜息を吐きながら「なぁ」と声をかければ「ンッふわぁいっ!」と体勢を変えないまま返事が返された

なんだその返事



「あー…と、わりぃ」

「え?」

「…………………桶、罅いれちまった」

「へ?」



心底言いたくなかったがその原因を作ったのは自分だ

己のばかさ加減が本当に腹立たしい

まぁ目の前の女に罵倒されたり手をあげられるくらいならどうってこともないだろうと、腹に力を込めてどんな罵詈雑言も受ける準備をする、が、



「じゃあ明日一緒に買いに行こうか」

「は?」

「多分明日も買い出しに行くことになるだろうしその時に新調すれば丁度良いね」



構えていたライに気付く様子もなく女は押さえていた胸をそのままに何回か深く呼吸をするとゆっくり立ち上がりあっけらかんと言い放った


「デートだね」と嬉しそうに笑う女の顔は未だ赤い


その顔を見てライも思わず「フハッ」と息を吹き出す


自分の家の物を他人に勝手に壊されたというのに女は全く気にせずましてや嬉しそうに買い出しに誘ってくる



(本当にトチ狂った女だな)



ライは女を眩しそうに眺めると自然に動いた手を女の薄茶色の頭にポンと乗せた



「ばーか」

「っ‼︎」



思わず触れてしまったがこれまでのような抵抗感はない

今日は疲れてるからな、と言い訳じみたことを内心ごちながら真っ赤に染まり口をパクパクさせている女を眺めた


平気で好きだなんだと言い触ってきたりあまつさえ抱きついてこようとするのに


なんだそれ、と大人しい女の様子に笑いがこみ上げる


喉の奥で笑っていると慌てた声で「なっ、なんで罅入っちゃったの?」と聞かれてしまった


頭に乗せていた手を下ろし顔を横にむけ視線を明後日の方にむけて「しらね」と返す





あの自分の間抜け度合いは墓場まで持っていこうと心に決めた







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