18・
「……ねぇ、ライさん。よかったらお顔をみせてくれない?」
遂にきた、と背中を嫌な汗が流れる
ただ顔を見せるという行為になぜこれほど緊張するのか
今まで誰に言われても癪に障るだけで緊張することなんてなかった
なのに何故
男の趣味がトチ狂ってる横にいる女のせいか
このアマ、と脳内でグルグル疑問と罵倒を繰り返していると女がいる側の手を掴まれる感覚がした
突然のことにビクッと身体全体が上下してしまう
恐る恐る掴まれた手を見ると自分より白い細くて柔らかくて暖かい、女の手だった
女は両手で手を包みこみ「大丈夫だよ」と今まで聞いたことがないほど柔らかい声音をのせてその薄緑色の瞳で覗き込んできた
その瞳はかつて物乞いをしていた時に通り過ぎていった奴らが一緒にいる奴に向けていたものと似ていた
胸の内に熱いものがこみ上げてきて慌てて歯を食いしばって耐える
その際、掴まれていた手も強く握ってしまったが女は一瞬眼を瞠ると次の瞬間には頬を赤く染め嬉しそうに笑った
その顔に力が抜けて息が抜けるような笑いを溢してしまう
握った手をそのままにゆっくりと顔をあげ初めて女親の顔を見る
最初に見えたのは女と同じ薄茶の髪だった
長い髪を一つに緩く結び肩に垂らしている
そのまま視線を上げていけば女と似た顔立ちをしていた
だが女とは違って薄い青色の垂れた瞳をしている
その瞳を円を描いたように丸くし口に両手を当てていた
分かりきっていた反応に視線を逸らす
内心落胆している自分が腹立たしい
この横にいる女のせいで短時間で本当に弱っちくなっちまったもんだと内心で舌打ちをした
そろそろいいだろうと女の手を離しこのまま外に出ようとすると女親は「そういうこと…」と小さくこぼした
どういう意味だ?と視線を戻せば女親は手を顎に置き換え、どこか納得したような顔でこちらを見ながらウンウンと頷いている
てっきり既に青い顔で言葉もないと思っていたのだが、瞠っていた目はそのままでも顔色は悪くない
本日二度目のあり得ない反応に間抜けにも口を開けて呆けてしまう
だがその後、女親が目をスッと細め女に近付いていくことで納得した
(あぁ、娘を守ろうとしてんのか)
確かに目の前で自分の大事な娘がこんな男の手を掴んでたら毅然と振る舞うしかなくなるのだろう
【親子】というのをよく知らないが親は子を大切にするらしい
絡んできたのはその娘のほうだがどうせそんな事信じもしないだろう
結局盛大なため息を溢してしまう
さっさと外に出ようと踵を返
「ひひゃひ‼︎‼︎」
…そうと思ったところで横から変な声が聞こえてきた
なんだ?と発生源を見れば女親が女の両頬を摘んで左右に引っ張っている
呆気にとられていると女親はその丸い目を細くし笑っていた、のだが、なぜか見てるこちらが冷や汗をかく
「なるほどね、ミーシャちゃん。彼を口説いていたから遅くなったのね?」
「………ひゃひ」
「どうせ口説くならお家に連れてきてからお医者さんに診せてそれからになさい。傷が悪化したらどうするの。帰りも遅いから私もカーターもとても心配したのよ?」
「ひょへんひゃひゃひ」
「全くもう…」
摘まれた頬をそのままに薄緑色に涙を滲ませ(多分)謝っている女に女親は薄青色の瞳を柔らかく細めていた
手はそのままに女親はこちらを見る
思わずビクッと身体全体を固めてしまうと変わらぬ柔らかい瞳でこちらを見て口を開こうと
「全く、心配したんだぞミーシャ」
…していたところへ別の野太い声が聞こえてきた
反射的に声のした方へ向くと家の奥部屋の入り口から麦色の短髪をしたガタイの良い男が腕を組んで壁に肩をつけこちらを見ていた
この男が女の父親かと驚いていると相手はこちらへ近寄ってきてマジマジと顔を覗いてくる
猛禽類のように鋭い薄緑色の瞳と低くないが自分よりは高くもない鼻に薄い唇は面白そうに吊り上がっている
顔の骨格は真四角で男らしいが世辞にも整った顔とは言えない
(こいつらが平気なのはこいつのせいか…)
自分ほどではないがこの男で見慣れてるから自分を見ても嫌悪を抱かなかったのだろう
ずっとどこかにあった引っかかっていたものがストンと落ちた気分だった
しかし、
(見下されてはねぇみてぇだがこうもジロジロ見られんのもうっとおしいな)
未だこちらを面白げに見てくる男に眉を顰める
すると男はますます楽しげに「わりぃわりぃ」と片手をあげて謝ってきた
自分に簡単に謝ってくる男に今日何度目になるか分からない驚きを覚える
「で?医者だったか。一走り行ってくるからその間に風呂で汚れ落としてこい」
「あら?あなた話聞いてたの?」
「途中からな。医者が必要なんだろう?」
「えぇ、彼「あのね、お父さん!」
「ミーシャ。まず言うことがあるだろう」
「ただいま!」
「それもそうだが違う」
「遅くなって心配かけてしまってごめんなさい!」
「よし。お帰り」
聞き捨てならない言葉が聞こえ必要ないと言うつもりがポンポンと繰り出される【家族】の会話にタイミングを逃してしまう
というか隙がない
間抜けにも口を開けたまま何も言えない自分を置いて会話は続いていく
「それで?どうしたんだ?」
「ライが例の住み込みの話受けてくれるって!」
「彼ね、ナイフでお腹を怪我してるらしいのよ」
「待て待て、同時に言うな。とりあえず我慢できなそうなミーシャから言ってみろ」
「ライがウチで働いてくれるって!」
「ライ?」
「うん、ライ」と女は掌を上にして指をこちら向きになるように胸元まであげる
男は女の頭に手を乗せていたがこちらを見るとその手を顎に当てて眉間に皺を寄せはじめた
後回しにされたことが不服らしい女親はその頬を膨らませており目を疑ってしまった
「ミーシャ…。顔だけで選んだんなら採用しねぇぞ」
目の前の男が顰めた眉をそのままに視線を女に移せば女は「それが1番だけどそれだけじゃないもん」と女親と同じように頬を膨らませた
男の言葉の意味が分からない
(この女が哀れんで採用させようとしてるってことか?)
考えられる理由だが、この女に限ってはどうも違和感がある
内心首を傾げていると説明しようとした女の両肩に女親が手を置く
「はいはい。その話は後にしましょう。あなた、ライさんお腹をナイフで怪我してるらしいの。急いでお医者さん呼んできてくれる?」
「なんだと?大事じゃねぇか。ミーシャ話は後だ。そいつに風呂案内して着るモン俺のでいいから適当にだしてやれ。おまえも傷が酷いようだったら湯に浸からなくていいから支障がねぇとこだけ洗えよ?治療するのに汚れてちゃ意味ねぇからな。ニナは悪いが夕飯の量増やしてくれ。こいつ痩せすぎだからしっかり食わせてやらねぇとな。じゃあ行ってくる」
「気を付けてね、あなた」
「ライ、こっちだよ」
「ちょ、ちょっと待て!!医者はいらねぇし、ンな金はねぇ!!そこまで世話になるつもりもねぇ!!!」
放っておいたらどんどん話が進んでしまいとんでもないことまでポンポンと飛び出してきて慌てて声を出す
すると男は既に外に出かかってる身体をそのままに首だけ向けてきた
「あン?そんな話は後だ後。金のことも気にすんな。それでも払いてぇってんなら後払いでも分割でも給料天引きでもお前のやりたいようにすりゃあいい。これでいいな?大人しく風呂入っとけよ?」
「じゃあな」とあっという間に出て行ってしまった男を呆然と眺めていると後ろから「他に材料なにがあったかしら~」と女親の声が遠ざかっていく
何も言えず動くこともできず閉ざされた扉をただ眺めていると女が目の前に回り込んで両手を後ろで組みこちらを覗き込んできた
「ね?大丈夫だったでしょ?」
悪戯が成功したガキのように笑ってくる女に悔しさと大きな疲れが押し寄せ思わず片手で顔を覆う
「お前ら家族、揃いも揃って強引すぎんだろ……」
情けないことに掠れた声で悪態を絞り出すのが精一杯だった
パパママやっと出せて万々歳!




