17・
「これ店か?」
ライが女に連れられて(文字通り手を掴まれて連れてこられた、散々の押し問答の末あまりのしつこさに諦めた)着いた場所は先程の場所から寸刻の位置に建てられている二階建ての木造の家だった
周囲との建物と等間隔に距離があるその建物からは腹を刺激する美味そうな匂いがする
「ううん、ここは私の家。お店は、ほらあそこ」
女が指差すほうを見ると今いる道を真っ直ぐ進み建物を3つ越えた場所の対面沿いに赤い屋根の建物があるのが見えた
「本当に近いんだな」
「そうなの。この家は元々ウチの店のお得意さんが住んでたんだけど旦那さんの栄転で引っ越すことになったらしくて。改装しようかどうか悩んでた時に良かったらって良心的な価格で売ってくれたの」
「へぇ」
「ウチのパンが食べれなくなるのが辛いって凄く残念がってくれてね、」と当時を思い出しているのか嬉しそうに話す女を見下ろす
それほどまで美味いパンなのかと思えばゴクリと喉が鳴る
金が入ったのが今朝だったからここ2、3日ろくなモンが食えていない
そこにこんな美味そうな匂いと食い物の話をされればすぐにでも腹が鳴りそうだ
だが……
(まぁ追い払われてから食い物買いに行くか)
どうせこの顔を見るまでもなく薄汚いボロボロの格好で明らかに殴り合ってきた痕が分かるような男だすぐに追い払われるだろう
分かりきっているのにわざわざ罵声を浴びにくるアホみたいな趣味はないが押し切られてしまったのだから仕方ない
それに、
共に過ごしたこの短い時間で“一緒に居るのも悪くない”と思ってしまってから女は既に手放すのが惜しい存在になりつつあった
(なんだかんだ怪我を治療してもらった義理もあるしな…)
と言い訳じみたことを思う
目の前で親の反応を見れば女も諦めるだろうと内心溜息をついて女に問う
「店に行くんじゃないのか?」
「お店はまだ改装が終わってないの。業者の人が出入りしてるから今は空っぽ。だからライも今日はウチに泊まってね」
「は?」
ちょっと待て、泊まるってなんだと反論する間もなく女は鞄を持つ手ではなくライの手を掴んでいたほうの手を離し扉を開け「ただいまー」と家に入っていく
「あ、おいこら!ま「ミーシャ!!!」
どういうことだと聞こうとした途端被さるように焦りと安堵を含んだ声が聞こえ思わずサッと扉の陰に隠れるような位置へ移動してしまう
無意識に逃げの行動をとった自分に小さく舌打ちしていると中から別の女の声が聞こえてくる
「心配したのよ!?中々帰ってこないから今からカーターが探しに行こうとしてて…」
「ごめんねお母さん!あのね!私史上最大最上級の奇跡と巡り逢ってね!」
「そう…反省してないのね?」
「ひ、ひひゃひ…」
「この間みたいなこともあるんだから気をつけなきゃだめじゃない」
「ひゃはらほへんっへ~」
【家族】の会話だ
自分がここにいるのが酷く場違いでこのまま踵を返してこの場を去ろうかと考える
しかしそうしたらあの女がすぐに追いかけて来そうだと思うと溜息がでる
が、当たり前のように女が自分を追いかけてくると思った自分に気付き途端に自分の愚かさに舌を打つ
(ほんっっとに引っ掻き回しやがって…!)
これまで流されるように来てしまったがやっと少しモノを考えられる余裕がでてきたことで今度は無性に腹が立ってきた
すると開いたままになっている扉の奥から「あれ?ライ?」という声が聞こえたかと思うとこの元凶である女がヒョコッと顔を出す
「どうしたの?入って入って」
「………」
能天気な声でさも当然のように声をかけてくる女を恨みがましく睨んでしまうのは仕方のないことだろう
しかし女はキョトンとした顔をして首を傾げているだけだ
こちらが怒鳴っても睨んでも全く気にしない相手に只々溜息がでる
「ミーシャ?誰かいるの?」と中から女の母親が不思議そうにしている声がする
少し身を固くしていると女に腕を掴まれ家の中に連れ込まれた
慌てて「お、おい」と声をかけるも「大丈夫大丈夫」と軽い返事で返されるだけで思わず何がだ!とその小さい頭を鷲掴んでやりたくなった
「お母さん!住み込みで働いてくれる人見つけたの!」
「まぁ‼︎」
「ライっていってね、とっても喧嘩が強いし信頼できるし何より滅茶苦茶かっこいいんだよ!」
嬉しそうに自分を紹介している女の口を塞ぎたい
あまりの居た堪れなさに顔を俯けてしまう
下を向けばクソ汚ねえ襤褸と履物が目に入り更に苦いモノがこみ上げる
(情けねぇ…)
女の母親だと思うとどっかの適当な奴に蔑まれるよりずっと堪えそうな自分に内心舌打ちをし拳を握った
「ミーシャ!彼、怪我してるじゃない!」
未だ顔が見れない女親の声に悲鳴じみたものが混ざり更に己の身体が硬くなるのが分かる
このまま追い出されることは分かっていたがやはり来るんじゃなかったと
「急いでお医者さん呼ばなくちゃ!丁度いいわ、このままカーターに呼んできてもらいましょう」
…思っていたらどうやら女も女なら親も親らしい
「ライのお金を力づくで奪おうとしてた男たちがいてね、それで怪我しちゃったの。簡単に消毒はしたけどお腹はナイフが掠ったからちゃんとお医者さんに診てもらったほうがいいよね?」
「なんですって⁉︎なら尚更急がなきゃじゃない!」
グルグル頭の中でどうしたもんかと考えているとどんどん会話が進んでしまう
こんな傷大したことねぇ医者なんざいらねぇンな金はねぇと言いたいことは山ほどあるのに女親は慌ただしく奥の方へ「あなたー!ミーシャが帰ってきたわよ‼︎」と叫んでいる
止める暇もない
(揃いも揃って強引な奴らだな!!?)
顔に手を当て盛大に溜息をつくと間近から女の声がして「どうしたの?」と聞いてくる
どうしたじゃねぇ
「慌ただしくてごめんなさいね?ライさん。はじめまして、ミーシャの母のニナです。仕事引き受けてくれるみたいで助かるわ。今主人にお医者さま呼んできてもらうからもう少しだけ耐えれるかしら」
「や、…大したことねぇから、医者はいらねぇ」
「何言ってるの!そんなのだめよ!」
慣れない声音の言葉にどうしたらいいか分からない
だが、本当に似た者親子だと溢れそうになる溜息だけは無理矢理飲み込んでおく
「……ねぇ、ライさん。よかったらお顔をみせてくれない?」
ドクッと心の臓が嫌な音を立てた




