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初めて真正面から目にした【かっこいい人の笑み】によって暴れまわっていたミーシャの脈動は暫く心臓を押さえ深呼吸を繰り返していたおかげでようやく通常より少し早い程度の脈動へと戻った
最後にもう一度長く「ふーーーーーーっ」と息を吐くと「何やってんだ?」と怪訝そうな良い声が耳に届く
せっかく少し落ち着いたのにその美声がまた心臓を暴れさせるから止めてほしい、いや止めなくていいもっとお願いしますと内心静かに混乱しているミーシャはもう自身ではどうしようもできなくなってきたので仕方なくつい最近自分を口説いてきた男の似合わない流し目を思い出すことにした
途端一瞬で鼓動が落ち着いた
なんなら少し鳥肌も立ってしまったが物凄い効果だった
流石に酷いとは思ったが背に腹は変えられない
ミーシャはウンと大きく頷きやっと当初の目的を始め出す
「……やっぱおまえ、頭のどっかわりぃんじゃねぇか?」
ミーシャが一人冷静さを取り戻すための孤独な戦を繰り広げていれば混乱を齎したライに本気で聞かれてしまった
だが、戦になんとか勝利したミーシャにとって平常心を保ち静かに頷き返すことは容易である
「大丈夫。己との戦いに勝っただけだから」
「……あぁ、そう…」
度重なるミーシャの想定外な言動にライは既に真面目に取り合うのをやめつつあった
「じゃあ先ず汚れてる箇所拭き取っちゃうね」
乾き始めていたハンカチをもう一度濡らしてソッとライの顔に近づけるとライは一瞬身体を硬直させた
しかし拒むことはせずただ居心地が悪そうに視線だけを横に逸らして頬を軽く染めている
ライの御尊顔を間近で見ることができたミーシャがウットリしながら満遍なく御尊顔の隅々まで視界に入れようと薄緑色の瞳を動かしていれば視線は血が滲んでいた口元の傷から右側の柳眉の傷へと移った
「ライはさっきみたいなことよくあるの?」
「あ?」
「喧嘩?みたいなの」
「あぁ…、まぁ」
何気なく問いかけたミーシャに対してライは奥歯に衣を着せたように答える
眉を顰めミーシャを見下ろす金の瞳は気のせいか少し冷たい
「だから喧嘩が強いの?」
「ヤらなきゃただヤられてるだけだ」
(やり返していたら強くなってたってことかな…)
ミーシャは濡れたハンカチを外して今度は消毒をしていく
手を動かしながらも問いを重ねた
「そんなに頻繁に喧嘩売られるの?」
「このツラだからな。金ヅルとしてもいいカモだとでも思ってンだろ」
「………喧嘩売ってきた相手に鏡ぶん投げたい」
「は?」
「ううん、気にしないで」
まさかこの御尊顔相手に無謀にも絡むなんて本当に鏡をぶん投げて見たこともない相手の鼻っ面を折ってやりたくなるが、しかし自信有り気に鏡を返される可能性があるため全くもって悔しい話である
「金ヅルって?」
「俺が稼いだ金を狙ってくるんだよ」
「最低ね」
「全くだ」
ミーシャが顔を顰めて正直に嫌悪を示せばライもそれに一言で答えた
ククッと喉の奥で笑うライの瞳には先ほどの冷たさがない
内心ホッとし、彼が会話をしてくれるのが嬉しくてミーシャの顔も自然と緩んでしまう
「ライはどんな仕事をしてるの?」
「大体は瓦礫拾ったり汚ねぇとこ片付けたりだな」
「いつも違うの?」
「短期か日雇いだからな」
「用心棒とか似合いそう」
「無理だろ」
あまりにもキッパリと否定するので「どうして?」と聞くと彼は自嘲した笑みを浮かべ「このツラが側にいりゃあ雇い主にとってどっちが悪漢かわかんねぇからな」と言った
その言葉にミーシャは目を瞠る
外見が理由で仕事ができなくなるのかと
彼はそれを当然だと思っているのかと
そう思うほどのことがこれまでにあったのかと
信じられない気持ちで呆然とするミーシャにライは不思議そうな顔をしていた
なぜミーシャが驚いているのかわからないようだ
「………ひどい」
ライの今まで受けてきた対応を想像するとミーシャは胸が張り裂けそうで瞳に涙が溢れてきてしまう
眉を下げ薄緑色の瞳を段々と揺らしていくミーシャの様子にライはギョッとして金の瞳を大きく瞠らせた
「なんっでおまえはすぐ泣くんだよ!?」
「だって…っ、だって…!ひどい…っ!」
「ぁあ⁉︎なにが!」
「ライ何も悪くないのにっ…!なんで…っそれだけで!」
「それだけってどれだよ!?」
「っな、なんにも、…っく、してっないのに…っ!あ、悪漢っ、なんて…っ!」
「はぁ?別にツラ見りゃあンなもん当然のこったろーが」
「当然じゃない!!!!!」
「っ!」
ミーシャの怒声にライは息を呑む
「当然じゃないもん…っ」と泣き啜るミーシャを前にライはパチパチと瞬きを繰り返した
暫し不可解げに眉を顰めていたライだったがようやく何か思い至ったのか僅かに首を傾げると低く通る声でミーシャに問いかけた
「ンなことで、泣いてんのか?」
「そんな事じゃない!!!!!」
「っ、ぁー…わかったわかった。いいから泣きやめよ、な?」
「うぅ〜ッ、…ッやざじいぃ〜〜ッ!イイこぇぇ〜……ッ!」
「は?」
「……あたま、…ヒック、撫でてくれたら、泣き止む…」
「はぁ!?!?」
抱きつくのは断られそうなのでここぞとばかりに頭なでなでを要求してみたミーシャだったがライの手は動かなかった
それならそれで思う存分泣かせてもらおうと欲に忠実な娘は鼻をくずぐずさせながら泣きじゃくる
(いくら私と周りの好みが違うからって人の見た目で仕事を断ったりお金をたかったり喧嘩を売るなんて、信っじられない!美醜で決めるのもどうかと思うけどソレをライにしてるなんて‼︎)
恋愛における対象を完全に己の美醜で判断してきたミーシャだがソレはソレ、コレはコレである
消えない憤りを涙に変え未だ顔に両手を当て泣き続けているとふいにミーシャの頭の上に何かが乗った
ソレはひどく緩慢に頭に触れ軽くポンポンとミーシャの頭を叩くと直ぐに離れてしまった
だが、代わりに「これでいーだろ?」と少し困ったような、けれど優しい声が落とされる
その不器用な優しさにミーシャはまた涙が溢れてきた
けれど泣き止むと約束したのは自分だ
両手を少しだけ下ろしてライに眼を向ける
すると彼は、金色の瞳を眩しそうに細め
「…………おまえ、馬鹿だなぁ」
と、小さく零した
その優しさを含んだ声に
ミーシャは結局
涙を止めることができなくなった




