103・
「はぁ、はぁ、はぁ」
「…ッはぁ、」
男としては細く頼りない肩を上下させて乱れた息を整える
膝下辺りの高さに座面があるソファの向こう側でも荒い息を整えるように華奢な肩が上下してその度に頭に付いている小さい鈴が同調するように音を鳴らしているがその持ち主は背凭れに両手を掛け中腰のまま項垂れている、よっぽど疲れたのだろう
当然だ、目の前の薄茶色の髪の女が先程まで字を書いていた部屋からも逃げ出したため家中を使った攻防戦となってしまったのだから
ライはあがる息のまま項垂れているイカれ女に向けて吠えた
「なッにを!ッンな必死こいてんだよ!!」
「っ必死、にもっなるよ…っ!はぁ、はぁ」
イカれ女ミーシャは息も絶え絶えという様子だったがそれでも折れるつもりはないらしい
だからといってライも見逃す気はない
今はどこかに隠したらしい小さな紙を思い浮かべて金の瞳で鋭くミーシャを睨みつける
何故お互いこんなにも必死になっているのか
ミーシャの必死さがわからないうえにライ自身も自分の嫌がる理由を実はわかっていない
わからない、が、ミーシャが自分が書いた字を身に付け続けるのかと思うとライは訳も分からず体を焦がすような熱が身体中に行き渡り全身で拒絶してしまうのだ
(冗談じゃねぇ…ッ!)
名前を書いただけのちっぽけな紙が欲しいなど言われたときはいつもの理解ができないイカれた言動だと高を括っていた
なのに、たかが名前のために上等な服にわざと穴を開けようとする盛大にトチ狂ってるとしか思えない行動をしたかと思えばそれだけでは飽き足らず全ての服に毎回付けると言い出す始末だ、あのクッソ下手糞な字を
なぜ態々下手糞な自分の字を晒されなきゃならない
ましてや店でも付けるとかどんな嫌がらせだ
しかも、自分が書いた字は目の前の女の名前を示した文字だ
そんなことに気付いてしまえばライは何故か
無性に、
滅茶苦茶、
死ぬほど、
ふざけんな!!!と、
叫びたくなるのだった
始めにミーシャが書いて見せた文字が【ライ】だと言われた時ライは胸が熱くなった
【文字】というものを見たことはある
露天の品の前に書かれていたり道端に落ちたボロボロの紙切れに記載されたりしていた記号だ
理解できなければ何の意味も持たないただの記号
そんなただの記号の羅列でしかなかったものが
ミーシャに示され意味のあるものへと変化した
ソレが【文字】として意味を持ったことに
ソレを始めて理解できたことに
そして、
ソレを使って自分を示すことができるということに
ライの胸は熱くなって、自然と顔の筋肉が緩んだ
あれは【嬉しい】というものだったのかもしれない、と
記憶を辿っても今まで抱いたことがあるかどうかも分からないような遠く感じていた感情をライは他人事のように感じていた
だからと言う訳でもないのだが真面目くさってその初めて理解した記号を馬鹿みたいに何度も何度も【字】として【名前】として書き続けた
コレを覚えていけばもっとあの記号の多くを理解できる
コレを理解して使えるようになればあの苦戦した草の見分けにも役立つかもしれない
ライは自分の視界が広くなっていく感覚に高揚しながら無心で書き続けた
それに書き続ければ余計なことは考えずに済むのも良かった
自分の名前を覚えたなら次は知っている奴の名前を知りたいとミーシャの名前を聞いたのはライにとっては何でもないことだった
雇い主のカーターやニナではなくミーシャの名前を書きたいと思ったのも1番傍に居るからわかっておいたほうが良いと思ったからだ
いや、知りたかった
それは、ミーシャがライにとって
1番傍に居る者だと自然と認識して受け入れているということを意味していた
だからどうやって書くのか聞いたし覚える為に何度も何度も書き綴ったのだ
それが何故こんなことになったのか
ライには全くもって意味がわからなかった
先程まで感じていた居心地の悪さに加え焦燥感や羞恥心もあわさりライの内心はもう明確な言葉で表せないようにグチャグチャだった
そんなまとまらない感情を苛立ちに変え声にのせて再度吠える
「ッから!!なんでだよッ!!?」
「だって!!」
幾分か息が整ったのか、ミーシャは項垂れていた頭をガバッと上げると髪と同色の細い眉をキッと吊り上げた
「ライがっ!まだ慣れない字で書いてくれた私の名前だよ!?自慢するに決まってるじゃない!!」
「はぁぁぁ!?」
「ライがくれるものならいつでもどんなものでも宝物になるけど!コレはライが初めて書いた中の一つなんだよ!?今しかないんだよ!?貴重だもん!!大事にしなきゃ!!肌身離さず持ってたいけどライが嫌なら持つのは諦めるからせめて付けてたい!!!」
だめだ
何を言ってるのかさっぱりわからない
持つのも付けるのも同じじゃないのか
そもそもがトチ狂い過ぎて理解できない
理解の範疇を超え過ぎて声にならない代わりのようにライの頭は鈍い痛みを伝えてくる
痛む頭を片手で覆い唸ることしかできないライの前でミーシャは真剣な顔で「家宝にするから」と訴えている、うるせぇ
「あ、やっぱり1番初めに書いてくれたののほうが良いかな⁉︎勿論アレも貰うつもりだったけど、1番初めってやっぱり貴重だよね!!」
「ッざけんな!!!!」
結局ライは自分の知っている数少ない言葉で吠えることしかできなかった
それでもお互い譲らずに、がなり合いの攻防を繰り広げ
結果、
「何付けてんだぁ?ミーシャ」
父であるカーターの問いかけにミーシャはよくぞ気付いてくれたとばかりに自慢げに平均より豊かな胸を張った
気色満面の笑顔のミーシャの横には疲れたようにグッタリと項垂れるライの姿が在った
完全なる狩人の勝利だった
お待たせしました。
いつもお付き合いくださりありがとうございます。
こんな鈍亀展開更新の作者ですが、なろうさん用にTwitter始めました。
書けない書けないとうだうだしてたり、他作者様の神作品に悶えていることのほうが多いかと思いますが、多分偶に本作の補足なども呟くかもしれないので、もしご興味がおありでしたら下記にある【作者マイページ】から覗きにいらっしゃってくださいませ。
読了ブクマ評価感想、本当にありがとうございます*
遅筆で申し訳ありませんが、今後も楽しんでいただけると幸いです。
ありがとうございました・:*+.




