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思わず熱くなりすぎたミーシャがまたもや愛の告白をしてしまったが青年は変わらず顔を埋めたまま動かない
「お兄さん…?」
「………」
声をかけても返事はない
(どうしよう……しつこすぎて、嫌われた…?)
青年を怒らせてしまったかもしれない、本格的に嫌われたかもしれない
そう思うだけでミーシャの瞳から涙がボロボロ零れそうになるがここで泣くのは卑怯だと必死に唇を噛み締めて堪えていた
(困らせたい訳じゃなかったのに…)
目の前にいる青年との恋が閉ざされてしまうことも辛いが何より彼との繋がりが消えてしまうかもしれないことにミーシャはどうしても耐えられなかった
それ故に熱くなってしまったがそれは青年を困らせていい理由にはならない
ミーシャはグッと身体に力を入れると反応のない青年にもう一度声をかけた
「……無理に、好きになってほしいわけじゃないんです。もちろん、好きになってくれたら嬉しいですけど」
「………」
「私のこと、知ってほしいですけど…。お兄さんに無理をしてほしいわけでもないんです」
「………」
返事はないが構わずミーシャは続ける
「でも、お兄さんと会えなくなるのは嫌なんです。……私のこと、好きにならなくても、…知ってくれなくても、…本当は良くないけど、お兄さんが嫌ならいいんです。だけど、……っ、これから、会うことだけは…許してくれま、せん…かっ?」
「………」
嗚咽を堪え声が震えないように必死に伝えていたが最後はその嗚咽も抑えられなかった
掌に爪が刺さるほど強く握りしめ青年の反応を待つと彼は髪を掴んでいた手を下ろし大きな溜息を吐いた
「………………………ライだ」
「え?」
小さく聞こえた声に問い返すと青年は埋めていた顔を少しあげて今度は先程よりも少し大きな声で「ライ」と言った
「昔……、そう呼ばれたことがある」
「ライ……?」
「あぁ」
「それがお兄さんの名前?」
「多分な」
多分とはどういうことだ何故いきなり名前を教えてくれるのかと頭の隅で疑問も浮かんだがそんなことよりも青年の名前を知ることができた喜びのほうが上だった
「ライ……。ライ…ふふっ。覚えやすくていいですね」
「………」
「教えてくれてありがとうごさいます。ライさん」
先程までボロボロと泣きたくなるほど哀しかったのにライに名前を教えてもらえたという事実がその哀しみを一瞬で溶かし代わりにたまらない嬉しさをミーシャにもたらした
「ライでいい。その口調もしなくていい」
「え?」
「あんたも普段ンな話し方な訳じゃねぇんだろ。俺にご丁寧な言葉なんざ使わなくていい。あと、お兄さんっつーのもやめろ。背中が痒くなる」
思わず笑みを零しながらお礼を言うミーシャにライは敬語をやめて呼び捨てにしろとぶっきらぼうに言い放つ
ミーシャはライが自分より一つ二つは年上だと思っていたから口調に気をつけていたが確かに興奮して何度か敬語も崩れていたなと思い出す
「でも、ライさんは私より年上じゃないんですか?」
「知らね」
「あ、私は16です」
「そーじゃなくて。俺がいくつかなんざ知らねぇよ」
「え?」
目を瞬き思わず聞き返したミーシャだったがライは特に気にした様子もなく言っていたのですぐに気にすることはやめた
未だ項垂れているせいで髪が顔にかかりその御尊顔を見せてくれないほうが重大である
それに気になることもある
「ライは、これからも私とお話してくれるの…?」
「…………」
「……これからも、ライに会いに行ってもいい?」
名前を呼ぶことを許してくれた、口調を変えてほしいと言われた
それはこの場限りの出会いではなく今後も自分と話しをする関係でいてくれるということではないのか
抱き始めた希望を抑えられずミーシャが少し逸って問いかければライはまたもや顔を膝に埋めてしまい下ろしていた手はまたその焦茶色の頭を抱えてしまう
これ以上彼を追い詰めまいと高鳴る胸を押さえて返事を待つミーシャ
すると小さなそれでも耳によく通る低い声がポツリとこぼれた
「…………好きにしろ」
再び狩人の勝利である