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42.エロエルフ、奮闘す!


 そいつは近くの洞窟で巣を張っていた。人ほどもある大きさの蜘蛛だ。

 スカルスパイダー。

 ゲームだったEternal(エターナル) Sinfonìa(シンフォニア)では、レベル6のザコキャラだ。

 正直、多くの人にとっては記憶にも残らない通過点に過ぎない。


 だけど、それが現実になるとこんなに迫力があるのか。

 ギチギチと音を立てる顎。

 長く節くれ立った足。

 ギョロリと油断なく四方を伺う複数の目。顔らしき部分にある大きな一対の瞳を中心に、左右に計8個も並んでいる。


 そしてスカルの名前の由来にもなっている、腹に浮き出る骸骨のような模様。

 どれもが吐き気を催すほどリアルで気持ち悪い。

 この世界の成人は最低でもレベル5。それくらいでようやく一対一で戦えるかどうかと言う敵だろう。

 対して俺はレベル3。今の俺にはちょっと厳しい。


 それでも俺には逃げ出せない理由があった。

 蜘蛛の足元で糸に簀巻きにされて転がっている、人型の何か。

 真っ白な糸で覆われて中身は見えないがタローに違いない。

 その固まりはぐったりと横たわり動きを見せない。まだ生きているのか……ええい! そんな不吉なことは考えない!


 やるしかねぇだろうよ! 一度でも親を名乗ったんならよぉ!

 震える自分の身体を叱責する。

 俺はマジックバッグから出した護符を引きちぎると、特に策もなく蜘蛛の前に躍り出た。


「タロオォ!! 今、行くぞ!」


 タローが落としていった雷電の短剣を両手に握り締めて特攻する。

 しかし、非力な女エルフの攻撃は蜘蛛の装甲に阻まれてカンッと軽い音を立てただけだった。

 ノオオオォォォ!! 25%確率の電撃効果! ここで効かなくていつ効くのぉ!


「ハハ……お邪魔してます……」


 8個の目が一斉に俺へと向いたので、蜘蛛を仰いで口を引きつらせる。

 すかさず蜘蛛は前脚を振り上げた。


「おっと。クイックステップ!」


 足元に風を起こし後退する。タローのことは気になるが、蜘蛛から目を逸らさない。

 俺がやられたら誰がタローを助けるんだ。


 俺と蜘蛛は身動きもせず睨み合った。蜘蛛の顎がギギッと軋むように動く。

 その手は食うか!


『ブリージング!』


 自分の前方に風を巻き起こす。蜘蛛が吐き出した糸は俺へは届かず周囲に散らばった。

 耳の近くで髪がバサバサと風になびく音が聞こえる。

 現状、俺が使える魔法は3つしかない。これでどうにかやり繰りするしかない。


『ウィンドカッター!!』


 巻き上がる風刃が幾つも蜘蛛を襲う。風はピシピシと蜘蛛の表皮を傷つけるが、あまりダメージを与えた様子はない。

 くそぉ。他に何か手はないのか。


 俺がほんのわずか周囲に視線を巡らせたのを見逃さなかったのだろう。

 蜘蛛が飛び上がって一気に距離を詰めて来る。


「しまっ……!」


 前脚で跳ね上げられ、洞窟の壁に叩きつけられる。取り落とした短剣がどこかにカランと飛んでいく。

 護符の効果に阻まれて蜘蛛の攻撃は俺に通らなかったが、たった一撃で効き目がなくなってしまったようだ。

 壁に当たる衝撃は防げなかった。


「ぐぁ……っ!!」


 き……っつう。今までまともに食らったダメージなんて初日のスライムだけだったけど、比べ物にならない。

 肺から全ての息がなくなるような感覚に目の前が一瞬、真っ白になる。

 すかさず白い糸が飛んできて、身体を絡め取られる。


「くっ……そ……」


 様子を伺いながら蜘蛛がゆっくり近づいて来る。身をひねるが、粘ついた糸から抜け出せない。

 それでも俺は負けるわけにはいかない!

 目の前に助けるべき仲間が……家族がいるから!!


「うおおぉぉお……!」


 俺の意図を察して精霊たちが顔色を変える。


≪ティア……!≫

≪ダメ、それは……!≫


『ウィンドカッター!』


 俺は次にくる衝撃に備えて強く目を瞑ると、()()()()()()()魔法を唱えた。

 ズタズタに肌を切り裂く痛みと共に、糸が切れて身体が自由になる感覚がする。


「ぐ……うっ!」


 さしもの蜘蛛も自分を攻撃するという禁じ手に驚いたのか、一瞬、動きを止めた。

 ここだ。ここしかない!

 俺は地面に落ちていた短剣へ飛びついた。

 敵もさるもの。すぐに我に返って攻撃を再開しようとするが、それよりわずかに俺の方が早かった。


『クイックステップー!!』


 洞窟の壁を蹴って、渾身の力で蜘蛛へと短剣を突き刺す。

 効けよ、25%確率2回目!!

 祈りを込めた攻撃は、ほんのチクリと前脚の節に突き刺さった。

 ビリビリと蜘蛛の身体を電撃が走り抜けてビクンビクンッと身体を震わす。


 これで終わるか、バカ野郎!

 ちゃんとトドメだ!

 ゼロ距離からのー!


『ウィンドカッター!』


 幾筋もの刃ではなく、大きな、たった一つの大剣。それをイメージして最大に魔力を込め、両手を突き出す。

 狙い過たず、巻き上がった巨大な風刃はちょうど蜘蛛の頭と胴体の間の節を切り落とした。

 少し遅れて、ボトリと頭が地面に落ちる。


 俺は……俺は満身創痍ながら、なんとか蜘蛛に打ち勝った。



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