06 運命を変える為に攫ってきたら幸せです
フィーニアス国第一王子レニス――もといアンドリューが立てた計略は概ね予定通りに進んだ。
軍事による圧力外交が売りだったトラネス国がフィーニアス国第二王子一人に手も足も出なかったという話はどこからともなく噂が広まっていく。
強さもさることながら『トラネス国の流儀』を立派に合わせトラネス国を立てた第二王子ルイーゼ王子と持ち上げられ、ユニとの婚約もお祝いムード。
これでトラネス国が茶々を入れようものなら、トラネス風の考え方では『カッコ悪い』し、周りからみてもカッコ悪いだろう。
「本当に君には驚かされてばかりだよ……」
あれよあれよと進む展開に困ったようにユニは笑った。
自分の国と最終的に和睦を結ぶ為とはいえ追い詰められているのをみるのは辛い過去があるとはいえ複雑な心境だろう。
昔トラネス国を崩壊させたことがあるなら更に。
ユニにはトラネス王が既成事実を作らせようとしていたことは言わなかった。
が、なんとなくは察しているようだった。
あんな父親であれば、そんな素振りも隠さなかったのかもしれない。
「トラネス王にあんなことを訊いてすまなかった」
「……いや、ルイーゼが僕を思ってしてくれたことだってわかってる。それに、僕も父様が僕をどう思っているか、ずっと気になっていたから……有難う」
トラネス王にとってユニはどんな存在なのか、ユニ本人ですら良くわかっていなかった。
男の頃は出来損ないと疎まれて強くさせようとしていたのだと思っていたが、女になって強い執着も見て取れた。
その長年の疑問が解けて良かったと笑うユニをルイーゼは痛々しく思った。
「あの地獄の数年を経て、ユニは本当に強くなった」
「君が助けてくれたから君とこうやってもう一度やり直せてるんだ。学ばなくては意味が無いからね」
同じ過ちを繰り返すまいと立ち向かっているユニを見て、強さとは一体何を指すのか、ルイーゼはわからなくなった。
トラネス王とユニ、どちらの方が強いかと言われたらトラネス王なのだろうが、今のユニはトラネス王より強く思えた。
「……ユニを見ていると私もまだまだ強くなれるような気がしてくる」
「これ以上強くなってどうするの」
追い付けないよとユニが怒ればあまり表情筋が動かないルイーゼも共に笑えた。
――ルイーゼは女らしいアレコレは苦手であった。
が、それは『自分がやるのが』ということであり、着飾る令嬢たちは華やかだと思うし、目の保養だと思う。
だから
「ル、ルイーゼ……どうかな、この服」
「素晴らしい」
愛しい恋人が着飾る姿など何百倍も素晴らしいに決まっていた。
「この服も着てみてくれ。きっと似合う」
「さ、さっきの服とどう違うんだい……?」
と困惑しつつもちゃんと受け取ってメイドと一緒に更衣室に入ってくれる。
ルイーゼは今幸せの絶頂を感じていた。
着のみ着のまま攫ってきてしまったユニの為に衣食住を用意せねばならない。
その為に一式の服を買おうと商人を呼んだのが運の尽き。
端から端までユニに着せ全て購入するという王族らしい買い物をしていた。
「ルイーゼ様が女性のお買い物に付き合うなんて初めて見ましたわ」
筋肉にしか興味がないようなストイックな戦闘狂と名高いルイーゼがいきなり他国の姫を攫い溺愛するなどとは皆思いもしないことで、珍しいとしか言いようがなかった。
「女性の用意は大変なのは理解しているし買い物も時間がかかるからな。しかしユニは別だ」
愛しい人がお洒落をするだけでこんなにも気分が高揚するのかとルイーゼは初めて知った。
何時間でも付き合ってられる。とメイドが運んできた紅茶を飲みながらユニの着換えを待つ姿に、使用人たちは困惑しつつも微笑ましく思った。
「ど、どうかな……」
「可愛い!」
ルイーゼは女の頃べらべらと長い口上で褒めてくる男たちの気持ちを理解した。
どれだけ愛しいか、可愛いか、説明する言葉が足りない。
「き、君がそういうのなら良かった……けど、あまり褒められると……凄く……恥ずかしい……」
ユニは困惑しながらも、親に愛されておらず無意識に愛に飢えているところがありルイーゼの直球な愛情表現に内心とても喜んでいた。
ただ男だった手前、それを全面に出すのが恥ずかしく、しかし嬉しいことは伝えたい。なんともそれが恥じらいをもった乙女のようで愛らしいと評判だった。
ユニの大事な薬品などは全て根こそぎ転移で持ってきた。
やはり王族が甘やかしていたせいか、かなり珍しい薬草などもあり「どうやってこれを」などフィーニアス国の薬学部の者たちとユニが薬学について話し合ったりしている。
トラネス国とフィーニアス国連盟で薬を開発したという仲直りの良い口実になるかもしれない。
それと共に一人でやっていた研究を手伝ってくれる仲間が出来てとても嬉しそうにしているユニがルイーゼも嬉しかった。
「ユニ様は王宮の奥深く軟禁され何も知らない姫と聞いておりましたが、薬学に関してはかなり博識でらっしゃる」
「ほ、本が……それしかなかったもので……植物を育てるくらいなら良いと、お父様が……」
本当は王になるほどの教養を詰め込まれている過去があるなどとは言えず、適当にはぐらかす。
「ほうどのような資料が……」
「おいそこのお前、ユニに近付きすぎだ」
返答に困っていたユニを助けようと声をかけるつもりのルイーゼであったが特に上手い言葉が見つからず、馬鹿正直に近寄るなと注意した。
「ルイーゼ」
「ユニは私の婚約者だ。ユニから触るのは許すがお前らが触るのはダメだ。距離もユニが怯える距離をつめてきたら叩き切る」
トラネス騎士団を半壊に追い込んだフィーニアス国が生んだ鬼人。冗談ではなくやるであろうその目に研究員たちは後退りながら全力で頷く。
「もう、ルイーゼ。そんなこと言ったらみんなが怯えてしまうよ」
「ユニ様を束縛するような行為をしてはトラネス王と変わりませんよ」
「ぐ、ぐぬう……」
ユニが愛しいあまりユニに近付く全ての者に牽制をかけたくなる気持ちが理解できるルイーゼはやはりトラネス王と自分は似ていると、やっぱりユニのことをトラネス王は愛していたんじゃないだろうかと思っていた。
ユニは治癒魔法の派生である毒などを浄化させる浄化魔法や、暗い中でも光を照らせるアンデットや邪なものに特効の光魔法など教師をつけて本格的に長所を伸ばさせた。
「もしよければ、教会をまわって治療の施しをしたい」
治癒魔法を出来る人間は限られているので、人手不足はどこでも起きている。
治癒のお金も払えない貧民だっている。
「ここはトラネス国じゃないぞ。いいのか?」
「君の居る国は僕の国でもある。ルイーゼが僕のトラネス国への想いを大切にしてくれたように、僕もルイーゼの……フィーニアス国になにかしたいんだ」
「ユニ」
愛しい! とルイーゼは脳内で頭を抱えもんどりうつほど悶絶したが、思いきり抱きしめ気持ちを表した。
実践として二人と護衛のアンドリューを連れて教会を周り施しとして治癒魔法をかけて回った。
他の治癒師の邪魔にならないように、これは貧民街の国の慈善活動として登録し貧民街の者以外は受け付けられないようになっている。
『街で物語として流行っている姫と王子』が仲睦まじく町民を癒している。
それは幸せの象徴と言ってもいいような綺麗な話に聞こえた。
「フィーニアス国はさすが、貧民街もそこそこ綺麗だね」
「綺麗か? まあトラネス国に比べたらマシな方かもしれんが……」
「……トラネス国の民たちにも、こうやって癒して回りたかったよ」
そう寂しそうに言うユニにルイーゼは「和睦をするまでもうちょっとだ」それまで技を磨いておこう。と頭を撫でた。
「……うん、そうだね」
すこし元気でたよ、ありがとうと笑うユニに『今度はユニの為にトラネス国をどうにかしよう』とルイーゼは脳内のタスクに書き込んだ。
あくまでもユニのことが優先なところがルイーゼらしい。
ユニが独学で調べていた薬学は今後の最新医術医療にも取り入れられるような完成度を持ち、女だてらにここまで研究出来ることは凄い。と社交界でも持て囃される。
(まあ王になる程の教養をもった姫だからな)
理由も『トラネスの民たちが健やかに暮らせる様に』と考えての行動である事も絶賛されていた。
だからこそフィーニアス国だけではなく、他国の者もトラネス国のやり方を疑問視する者も増えた。
「こんな逸材を閉じ込めておくなんて勿体ない! トラネス国は病気は気が弱っているからだなんて精神論で治そうとする脳筋ばかりだと思っておりました」
と、トラネス国を批難混じりに蔑む者がいたら
「軍事面が強く見られるだけで他の面も頑張ってはいるのですよ、例えば――」
と、ユニが優しくトラネス国を擁護する。
今後の和睦にしこりが残らないように操作調整するのがルイーゼやユニの使命だ。
「ユニ様は本当にトラネスの民がお好きなのねえ」
トラネス国からやってきた姫が自分のフィーニアス国でちやほやとされているのに文句がある者もいるだろう。
ぽっと出の世間知らずの箱入り娘なんてちょっと嫌味を言われたら泣いて帰る。と令嬢たちに暗に言葉で虐められても、決して笑みを絶やさずユニは返事をする。
「はい。トラネスとフィーニアスが共に手を取り合い幸せに生きられれば良いと思います」
「…………」
もっと強く逞しいトラネスで上司という父に圧迫され、ライバルの男のわかりやすく陰湿なイジメを受けていたユニからみたら令嬢たちなどかわいいものであった。
「ユニ。どうしたのだ。そこの令嬢たちと話していたのか?」
だが、トラネス騎士団を軽々と半壊させた鬼人と呼ばれているルイーゼ第二王子はそんな貴族の冗談は通じない。
下手したら令嬢たちの首が飛ぶ。
それをみんなが悟った。
「えっ いや……そのぉ……」
周りは息をのんで見つめていた。
「なんだ、話せないような話なのか」
鋭い目で令嬢たちを睨めば令嬢たちはすくみ上る。
「ひ……っ!」
そんな中ユニは笑顔でルイーゼに当たり障りなく説明した。
「違うよルイーゼ。トラネス国とフィーニアス国が共に手を取り合い幸せに暮らせますようにと話してたんだ」
ですよね、とユニが令嬢たちを見れば令嬢たちはコクコクと頷くしかない。
「なんだ。それは素晴らしい話じゃないか。令嬢たちよ、これからもユニをよろしく頼むぞ」
「は、はいぃ……」
そういってユニの腰を抱いてルイーゼが去っていく。
会場中から息を吐くような緊張が抜けたような声が聞こえた。
美人で儚く、性格も淑やかで社交も上手い。趣味は人の役に立つような事ばかり。
そして貧民に治癒をしてまわり、最愛の恋人であるルイーゼ王子にひたすら尽くし、愛している。
正にユニはフィーニアス国が描く『理想の女性像』そのままであった。
「……男だったときより、なんだか生きやすいよ」
複雑な気分になりながらも正直な気持ちを言うユニにルイーゼも頷いた。
「私も女だったときより生きやすい」
ルイーゼは元からの力にどんどん身体を追い付かせ、無類の強さは留まるところを知らない。
まさに天下無双と呼ばれる王子だった。
毎日同じような恰好をしていたルイーゼ姫と違い、ユニはルイーゼに会うたび恰好を変え髪型を変えルイーゼを喜ばせた。
ルイーゼが喜んで、愛してくれるから故の行動であったが性別が逆転した二人は明らかに生き生きとしており、お似合いだった。
◇
「ルイーゼ様もユニ様も、二人共に水を得た魚のようですね」
そうアンドリューは二人を評した。
昔の、「もっと姫らしく」「王になる為に強くなれ」と強要された二人を知っているからこそ、アンドリューは今の二人が楽しそうに生きているのが嬉しかった。
「確かに。弟が王位に興味が無くて助かった」
兄のレイスが苦笑交じりに外で散歩をしている二人の姿を見る。
トラネス国を治める王になる為に生きていたユニと、そのユニの負担を軽くするどころか、自分が王になればいいとばかりに勉強をし、そして英雄になったルイーゼ。
共に王の器であり、あの二人の治める国はさぞかし豊かになったのだろうとアンドリューは思い耽る。
「……あのお二人はお互いが共にいられれば、もう多くは望まないでしょう」
望むとしたらユニの贖罪。この国の、大陸の平和だ。
「しかしアンドリュー。本当に私の護衛騎士にはならないのか?」
「申し訳ございません。私にはもう主がおりますので」
いつもの人好きのする笑顔で次期王の騎士という出世を断るアンドリューは、あの二人にあったもう一つの世界を知る者としてあの二人を、ルイーゼを支えていこうと心に決めていた。
「むう……そういえばアンドリューは好みのタイプなどはいるのか? アンドリューは適齢期なのにあまりそういった噂を聞かないから、そろそろ結婚も考えなくてはならぬだろう」
レイスは気に入ったアンドリューをどうにか自分の近くに寄せておきたくて嫁を自分派閥の者から出そうと考えていた。
「そうですね……」
アンドリューは少し考えて、思い出す。
「……強い、強い女性がいいです。そうですね、私よりも強い方がいたら」
「お、お前、変わった好みだな……」
そんな娘など居るか……? と考えこむレイスに、あの世界に居たフィーニアス国のお転婆姫ルイーゼを思い出しアンドリューは笑った。
◇
―― 一方のトラネス国は、ユニが奪われてから混迷を極めていた。
王の一人娘をトラネス流のやり方で奪い、あまつさえそれを素晴らしいことだと広められる。
耳障りの良いその話は民たちに喜びを与え、祝福をしている。
こんな中トラネス国がトラネス流で奪い取られたユニを返せと戦争に持ち込めばどうみても悪は二人の仲を引き裂くこちら。
このトラネスが外交で完全に負けている。
トラネス王は完璧主義で、自分の思い通りにならないことがどうしても許せない性格だった。
いや、完璧に出来なければ最強の王ではない。
強い王である為には完璧でなければならない。自分はそうやってトラネス王になったのだ。
そう言い聞かせトラネス王は完璧な王道を突き進もうとしていたし、それで上手くいっていた。
筈だった。
今まで負け無しだったトラネス王が味わった強い挫折、これで二度目だ。
子供が生まれないこと。
妻を100人用意してとにかく子供が生まれるまでやり続けた。
そしてたった一人だが、生まれた。
トラネス王はまた完璧な王に戻れた。克服出来たのだ。
しかし――……
『父様……さようなら』
『そうやって、強さや完璧さに執着してる人間が一番弱く見えるぞ』
そうなのだ、トラネス王は、弱い。
自分に自信が持てないからこそ強さを求め、勝つことがトラネス王の強さの、自身の証明だった。
だから全てにおいて強くなりたいと日々誰よりも渇望していた。
「強く……もっと強く……なりたい……」
そう呟くトラネス王の影の形がぐにゃりと変わり、黒い何かが湧き出てきた。
「……力……そうか……これが力か……!」