04 運命を変える為に立ち向かいます
『僕はルイーゼ……君の為に戦う』
運命に立ち向かうことを約束した。
「フィーニアス国のルイーゼ以外と結婚するのなら、今すぐこの剣で死にます!!」
「ユニ様落ち着いて下さい!」
「だ、誰か、誰か〜〜!! ユニ様がご乱心を!」
会った事もない、ましてや箱入りのユニであったら存在すら聞いたこともないであろう他国の王子を結婚相手に名指しで指名し、さもなくば死ぬと言い放つとは前代未聞の珍事であった。
トラネス国王のたった一人の子供であるユニが死んでは大問題。
流石のトラネス王も溺愛する娘が自殺を計るところなど見たくもない。
「ユニよ、何故ルイーゼ王子の存在を知った」
「夢で逢ったのです。これは運命だと確信しました」
そう言い合うことに二人は決め、互いに結婚に向けて戦うことを約束しあった。
「そんな他国の馬の骨よりもわしが誰よりも素晴らしい男を見つけてやる!」
「い……今までずっと父様の言う通りに生きて参りました……しかし、これは……と、父様の言う通りには、致しません……!」
首に剣を強く突きつけ血が流れ始め、ドレスが汚れる姿にメイドたちはきゃあと悲鳴を上げておやめくださいと叫び続ける。
「わ、わかった! 無理に他の男をあてがおうなどとは言わぬから剣を降ろせ!」
トラネス王はたった一人の自分の子供がいなくなることに怯え、ユニが勝った。
しかし、ルイーゼとの婚約を認めたわけではなくユニへの監視は更に厳しいものとなった。
◇
――トラネス国の深窓の姫君、ユニ=トラネスと、フィーニアス国の勇ましい第二王子、ルイーゼ=フィーニアスが、ほぼ同時に会った事もないお互いを『運命だ』と言い、結婚したいと宣言した不思議な話は風の噂で瞬く間に広まった。
そのなんともロマンチックな話に吟遊詩人たちは詩を作り、平民たちはハッピーエンドを夢見る。
しかし国同士の難しい問題に悲恋の詩なども多く、民心はこの話題に興味津々であった。
「貴族たちはこの隣国の王子と姫の話を疎ましく思っているみたいですけどね」
「だろうな」
アンドリューは護衛騎士というより参謀のように辺りの噂話や情報を集めていた。
昔は実直な性格だったが数年経って戻って来てからは狡猾な面も増え、腹の探り合いなどお手の物なようだった。
「外交を主としているフィーニアス国としてはトラネス国と険悪になるようなことは避けたいでしょう」
八方美人という言葉が似合うフィーニアス国は険悪になることに慣れていない。
「あまり軍事圧力をするような野蛮な貴族とは付き合っていないから、父上は相当参っているだろうな」
外交ばかりで軍事に力を入れていないから邪神に取り込まれたトラネス国に攻められて壊滅状態になるのだ。
攻められない様立ち回るのが得意といえば聞こえは良いが、邪神のようなものに対して話し合いなど出来る筈もない。
「邪神と戦う軍を他国と連合し合う時も全く見当違いで追い出されていましたからね」
「そんなこともあったな」
アンドリューは別の世界線の頃の話を思い出しため息をついた。
打倒邪神の連合軍を作ったはいいものの外交に特化したフィーニアス王はゴマすりばかりで結局ルイーゼが軍事を仕切り大将として参戦したのだ。
当時を思い出しため息をつくとアンドリューは外交面での報告もしてきた。
「トラネス国は執拗にフィーニアス国に圧力をかけていますね。大人げない」
『トラネス国の姫を娶る者はトラネス一強い男が相応しいと王は常々申しておりました。ルイーゼ王子にそこまでの力がおありになるのでしょうか? 是非お手合わせ願いたいものです。ああ、死んでも責任は取れませんが』
使者すらルイーゼに対して殺意すら感じる言いようであり、一発触発の雰囲気を醸し出していたという。
「息子でも娘でも煩い父親だな」
一国の王なのだから仕事に私情など絡まないでもらいたいものだ。
「トラネス王は圧倒的な強さと知力を持つ反面、異常な完璧主義者でした。だからこそたった一人のユニ様が自分の思い通りにいかないことが許せないのでしょう」
完璧主義だからこそ、自分の子孫を残す種が弱い事に関してとてつもなく気にして、その話をした者は不敬罪で処刑されていたと聞く。
そして我が子が思い通りにならないことが許せない。
「虚しい男だ」
ルイーゼはトラネス王に対して優しさなど持ち合わせていない。
愛しいユニを破滅に追いやった張本人である。
ユニへの虐待紛いな無理強いは、例え愛であったとしても許しておける話ではなかった。
◇
夜ルイーゼが忍んで来ているかもしれないとユニへの監視は強化されているが、音を遮断するバリアを張って気配を消せば、ユニの部屋までは入ってこれない監視など意味を成さない。
ルイーゼは特に難もなくユニの部屋に転移して毎夜密会しては朝に帰っていっていた。
箱入りのユニは『夢で見た』という何とも言えない理由でトラネス国やフィーニアス国、王がやっているルイーゼへの嫌がらせなどに意見をしていた。
「『ルイーゼと結婚できなければ死ぬ』っていうのが効いてるのか、ルイーゼに対しての嫌がらせをしていると言われたときはとても慌てていたよ」
可笑しそうに笑うユニをみてルイーゼは安堵していた。
父であるトラネス王にずっと怯えて抑圧されて暮らしていたユニが『君の為に戦う』と勇気を奮ってくれているのである。
数ある経験を乗り越え強くなったのか、弱る父にトラウマも薄れたのか、ユニはちゃんと前を向いていた。
「今日の服も可憐だな。初めて見た」
「あぁ、今日贈り物で頂いて……ってルイーゼ、いつも思ってたけどこういう些細な変化に良く気付くよね」
「相手と話す時は注意深く見ろと母に言われていたからな」
女同士の会話では褒め合いが基本となる。故に相手の持ち物や些細な変化などには直ぐに気付くのがベターだと。
ルイーゼは幸い記憶力は良い方であるし観察眼の訓練と思えば些細な変化に気付くというだけで会話が成立するのなら一番簡単という、蓋を開けると杜撰な考えの元している行為であった。
「男の頃の僕に会いに来た時いつも僕の服や髪型の変化に直ぐに気が付くから、君に会う前日良く何を着ようか迷ったよ」
「そうか? どれも似合っていたと思うが」
「ほらもー……そういうとこ……――なのに君はいつも全く変わらない鎧と髪型で来るものだから僕ばっかり君に褒められてた」
褒めていたというより、ただ思ったことを言っていただけなのだが……とルイーゼは反論するが、ユニは「凄く照れるー……」と喜びと恥じらいが入り混じったような複雑な表情をして、とても可愛いとルイーゼは思った。
ルイーゼの為に前を向くユニにルイーゼは堪らなく愛しさを抱いた。
その気持ちのままに抱き締めれば「ルイーゼ……」と抱きしめ返してくれる。
ルイーゼはこの世の幸せという存在を噛み締めていた。
ユニは従来ふわふわとした男子だった。
のんびりというか、のほほんというか。守ってあげたくなるような……
俗に言う癒し系というのだろうか、いつもにこにことルイーゼの隣で話を聞いてくれ、先程のように褒めればこちらが喜ぶようなリアクションをとった。
性別を逆転させたユニの姿はユニ本人は「喜んでいいのかわからないな……」と苦笑していたが、フィーニアス国で生まれ育った感性のせいか、ルイーゼ的にしっくりときていた。
「……怪我をしたと聞いたが大丈夫だったのか?」
ルイーゼは心配そうにユニの首にある包帯を見やった。
「ああ、うん。この前癒しの魔法の魔導書があるって言ったでしょう? あれで覚えたんだ」
もう治ってるんだけど、これは脅し用にまだ付けてるんだ。と包帯を外して見せてくれた。
「確かにユニは治癒魔法に対しての適性が高かったからすぐ使えるだろう」
「魔法を使うのは慣れてるからね」
適性のない攻撃魔法をひたすら練習させられていたユニからしたら適性のある魔導書など赤子の手をひねるように覚えられるだろう。
ユニは順調に癒しの魔法を習得していっているらしい。
「邪神には癒しの力が特効だったはず、邪神退治にも役立つな」
「邪神か……」
トラネス国の作り話として語られているものの中に邪神伝説という有名な話がある。
邪神がトラネス国のユニに憑りついたのはその話が本当だったからと元の世界線では言われていた。
トラネス国から邪神が去った後も「トラネスは邪が住まうところ」と嫌厭されるようになる。
「本当に邪神がトラネスにいたとしたら、また嫌われることになってしまう可能性は大いにある」
トラネス国は強さを重んじる国柄故か、昔から民の生活に対しての意識が低くて衛生も良くない。
医療の知識も薄い為に『具合が悪くなるのは呪いがかかっているから』などと邪神伝説のせいにしていた。
「だからトラネス国への風評被害が広く伝わってしまったのかな……」
ユニは悲しそうに呟く。
ユニが薬草を育て薬作りに尽力していたのはそういう経緯もあった。
最初は「純粋に花や自然が好きだったというのがきっかけで大層なものではない」と本人は謙遜するが、民を思いやる優しい心の持ち主だった。
「ユニが邪神に飲み込まれた時はどこか特別な場所等には行ったのか?」
もしもそこに封印などされているというのなら本丸を叩けば良いことになる。
「ううん……とても、力が欲しいと……なんでもいいから強くなりたいと願ったら、いきなりフッとやってきて……言われるがまま……力を手にしてしまって……」
思い出そうと顔を歪めながら答えるユニにルイーゼは心配をした。
「すまない! 嫌なことを思い出させた」
「いやっ いいんだ、これが僕に出来ることなんだったらなんでも言ってほしい」
そうは言うがユニの顔色は優れない。
「私にとってはトラネス国よりも邪神退治よりも、ユニのほうが大切なんだ。ユニが倒れてしまってはまた世界を救っても意味がない」
ユニが大切に思うトラネス国をどうにかしてやりたいのは山々だが、ルイーゼにとってはユニとの幸せが最優先事項。
邪神がどう暴れ出すかまだわからない状態の為、ユニの安全の確保以外はついでである。
「……話し込んでしまったな。そろそろ寝るか」
「また僕の部屋で寝ていくの? 嬉しいけれど……メイドたちが来る前にちゃんと起きないといけないからね」
「わかってる」
本当にわかっているのかわからない気の無い返事をしながらユニを抱き枕がわりに同じベッドで横になり、朝のメイドが来る前に去っていく。
そんな朝帰りの王子ルイーゼはわりと満足な日々を過ごしていた。
しかしそれで目標が疎かになっては本末転倒と、真剣に今後の予定を考える。
邪神がトラネス国にいる可能性がある。
こればかりは探しようがない。トラネス国は危険な場所であることは間違いなかった。
そしてルイーゼからしたら邪神より危ない者もいる。
Uターンでまたトラネス国へ転移した。今度はユニの部屋ではなく、トラネス王がいるであろう、玉座へ。
ルイーゼはトラネス王のユニへの対応が気になっていた。
トラネスの臣下はルイーゼも『一度目』の記憶で良く知っていた。
その中でもトラネス王が最も信頼を置いている臣下に変化魔法で変身し、トラネス王にお目通りを願った。
「陛下、ユニ姫ですが……本当にフィーニアス国の王子との結婚をお認めになるので?」
「馬鹿が! そんなこと許すわけあるか!! これ以上馬鹿な噂が広まる前にユニに似合いの男をあてがう」
「…………この前の様に抵抗するかと思いますが……」
「そんなもの、既成事実さえ作ればそんな夢物語も言えなくなるだろうて」
「…………」
がっはっはっと豪快に笑うトラネス王を見るルイーゼの顔は間違いなく本気で、他国の王を殺すことも厭わない据わった目をしていた。
適当に退出し、トラネス国から脱出した後ルイーゼは熟考する。
「……ユニには悪いがトラネス国から避難させたいな」
ルイーゼの頭の中の最優先事項はユニだ。
ユニがトラネスで頑張りたいと言っている中で可哀想ではあるが、邪神以外にもあんな危ないヤツがいる中においてはおけない。
あのトラネス王はユニが「ルイーゼに嫌がらせしないで」と言ってもルイーゼへの嫌がらせはやめないだろう。
むしろユニが言ったことで更に嫉妬する可能性すらある。
娘を取られて拗ねてる父親というのは認めてもらう他に仲良くなる手はない。
「……口で言っても埒が明かなそうな男であるし、一度ガツンとやっておかなければならなそうだ」
◇
「それでトラネス国に殴り込みですか」
「娘さんをもらう事を認めてもらうことが義父との歩み寄りの第一歩だろう」
その言葉にアンドリューは大きくため息をした。
ルイーゼに仕え始めてからため息はアンドリューの癖になってしまった。
今二人が居る場所はトラネス国の首都、王宮のある場所である。
「確かにあの不毛な諍いが拗れる前にどうにかするのが一番ですが…」
「元凶である私が元凶であるトラネス王をねじ伏せるのが手っ取り早いからな」
景色の良い丘の上から人通りの多い活気のある街並みを眺めている。
周りに気配も無く二人はざっくばらんに会話していた。
「それにしてもあれだけ毎日転移して会いに行っててもバレないなんて……まあルイーゼ様の転移の距離が規格外すぎるのが原因ではありますが……」
常人ではまず転移を覚えることから難しいとされているのに、距離は魔力依存。
魔力が多い者でなければあっても使えるのは緊急回避程度だ。
地獄のような戦を潜り抜けた『二度目』のルイーゼ達は「人間数年でここまで差がつくものなのだな」と二人で感心しあった。
ルイーゼは襲い来る変わり果てた姿となったトラネス国民達を片っ端から率先して倒してまわった経験値により使える魔力の容量がとんでもなくなってしまった。
「そう考えるとこの辺に居る者達は殆ど私がトドメを刺しただろうな」
トラネス国首都の活気ある街を眺めながらまたそんな物騒なことを言いながらトラネス首都中心部へ向かった。
「それより一応元レディなのですから、朝帰りは感心しませんよ」
歯止め役であるアンドリューも神経が若干麻痺して叱る優先順位がおかしくなっている。
男女そのまま逆転したのだから男女で寝ている事には変わりない。
二人きり狭いベッドで毎夜過ごせば自然と間違いが起こるやもしれないとアンドリューが言えば、ルイーゼは「大丈夫だ」と頷いた。
「きちんと避妊はしている」
「待ってください。今なんと?」
「ああ。男の身体と言うものは本当に最高だな」
「待ってください!! 姫様!!」
恍惚とした表情のルイーゼにアンドリューはトリプルアッパーくらいのダメージを受けていた。
密かに淡い恋心を抱いていたお姫様が男になりやる事やって朝帰りをしている。
「女になったユニは柔らかくて小さくて良い匂いもして可愛いんだ。そんなものと一緒にいたら当然だろう」
想い合っているわけだしガッツリ合意である。と主張されるがそういう問題ではない。
男だった頃のユニは手を繋いだだけで顔を真っ赤にしており、良く手を繋ぐだけで満足出来たものだ、ユニは紳士だった。とルイーゼは感心していた。
「一緒にいて我慢しろという方が無理だろう。手を出すしか選択肢がない」
ルイーゼは思い切りの良さも下手な男より男らしい男となっていた。
ユニ側としてもやり直してでも結ばれたいと熱烈に想いを寄せてきてくれるルイーゼを無碍には出来なかったのだろうが……
「……ユニ様から、ルイーゼ様への愛を感じます……」
「そうだろうそうだろう」
ふふんとルイーゼが鼻を鳴らすが話が全く噛み合っていない。
アンドリューがユニの立場になったとして、淡くではあったが恋心を抱いていたルイーゼ(男)に迫られて、受け入れられるのか。
そういう意味でもアンドリューはユニに負けていた。
男の勝負というものがあるとしたら『試合に勝って勝負で負けた』というところだろう。
色んな意味で完全に敗北したと感じるアンドリューだが、全くもって悔しくもなんともなかった。
むしろユニへの尊敬の念と二人の幸せを祈ってしまう。
「……もの凄く……お似合いだとは思うのですが、対外的には他国の姫を傷モノにした状態なのですが……」
「どうせ私が貰うから大丈夫だ。そうだ、いざとなったら既成事実としよう」
蛮族まがいな案を良い考えだと頷くルイーゼはまさに混沌の戦乱を生き抜いた戦士だった。
「どうして姫様はこんな風に育ってしまわれたのか……」
嘆くアンドリューを無視してルイーゼは丘を下り目的地へと向かった。
「まあ今回でカタが付く。正しく貰い受けるさ」
――トラネス軍の騎士訓練所。
言わば実力主義のトラネス国の中でも選りすぐりの精鋭が集う場所となる。
その門に居る守衛にルイーゼは堂々と告げた。
「私はルイーゼ=フィーニアス。トラネス国の姫と結婚するには強い男であらねばならないと使者より聞き、ここまで参った。トラネス国一番の強者とお手合わせ願いたい」