01 運命を変える為に性別を逆転してください
――ごめんルイーゼ、僕が弱かったから……
そう力無く謝るのはもはや人の形を保てず、化け物に取り込まれているように辛うじて上半身だけが残っている男。
「国の王として……ルイーゼに釣り合うようになりたくて、僕は力を欲して邪神に心を飲まれた……」
「……ユニ……! 君は弱いままで良かった。そのままの、心優しい君で良かったんだ」
邪神と一体化したユニ=トラネスはルイーゼの愛した婚約者だった。
「姫! 早くトドメを!」
フィーニアス国の姫であり国一番の騎士、姫騎士ルイーゼ=フィーニアスは剣を構えた。
「……ユニ、君を愛しているからこそ、私が君を殺そう」
「ありがとう……愛してるよルイーゼ……」
◇
ルイーゼの持つ剣が光り、ユニごと邪神を切り裂くと邪神は光となって消えてゆき、ユニそのままの亡骸だけが残った。
それはあまりにも、亡骸が生々しすぎて――いっそ醜い化け物の姿のままでいてくれたなら……と思いながらも、愛しいユニから邪神を追い出せたと嬉しい、複雑な気分だった。
「これで……終わったのですね」
「……」
そう世界の平和に安堵する筆頭護衛騎士、アンドリューの言葉にルイーゼは無言であった。
邪神はトラネス国の王子、ユニの心の弱さに付け込み身体と精神を乗っ取った。
その身体で父である国王を暗殺し王座に就き各国に争いを仕掛け、国を荒らす。
友好国であったフィーニアス国も例外ではなく、姫の婚約者である者が戦争を仕掛けてきたと国中が混乱で甚大な被害が出た。
……こうするしか、ユニを救う方法は無かった。
そう自分に言い聞かせるがルイーゼの剣を持つ手に力が入る。
愛しい恋人がこの世に存在しないことが現実であると言い聞かせるようにユニであった亡骸を眺めていると、ユニの身体から神聖な光が溢れ出てきた。
「邪神の他にも……ユニの中に入っていた者が……」
『人の子よ……邪悪なる者から解き放ったこと、褒めてつかわす』
「っ!?」
出てきたのは神々しい女神
「女神様……!?」
『さよう。先程の魔物に取り込まれ、抵抗虚しく力を奪われ続けておった』
女神は悲しそうに自身も操られていた事を話す。
「邪神が生まれたのは邪なものに女神が取り込まれてしまったからだったのか……」
女神と言えばこの世界を作った神であり、その女神が抵抗をしていなければ今頃大陸どころか世界自体が崩壊していただろう。
女神はルイーゼに向かいこう言った。
『邪の者を滅した人の子よ。褒美におぬしの願いを叶えてしんぜよう』
「ひ、姫様! これは凄いことです」
アンドリューはルイーゼに助言をする。
女神は全知全能。この世に出来ない事は何も無いとされていた。
荒れた街を元通りにすることも、田畑を実らせることも、なんでもできる。
……死者を生き返らせることも。
全く浮かない顔のルイーゼに、アンドリューは伏し目がちに進言をした。
「……ユニ様を生き返らせることも出来るのでは」
「…………」
ルイーゼはユニを愛している。
だからこそルイーゼは良くユニのことを理解していた。
「……邪神に操られていたとはいえ、生き返り自分がめちゃくちゃにした国々を見られるほどユニの心は強くない」
ユニを生き返らせたからと言ってこの戦いが無かったことに出来るわけではない。
「…………」
アンドリューは一切の反論も出来なかった。
そもそもとして今回の件はユニの弱い心に邪神がつけこんで起こした事。
「しかし、私はユニを愛している」
ユニを救う為に邪神と戦う決意をし、この数年戦いに身を置き、戦い続けてきた。
ルイーゼ一個人の願いとしてならば、愛するユニのこと以外に無かった。
「女神よ。もう一度邪神を倒し、貴女を救い出してみせる。だからこの世界が、ユニが邪神に取り込まれる前に時を戻してくれ」
今度こそ愛する人を救いたかった。
その請いに女神は些か困り顔をし、ルイーゼを心配する。
『しかし人間よ。このままでは同じ未来を辿るだけじゃ』
「ああ。だから、ユニが邪神に取り込まれることになった原因……」
ユニは心の優しい王子だった。
剣も満足に振るえず、争い事が嫌いで、
人を慈しみ、いつも誰かの為になれないかと考えているような、『王に向かない男』だった。
そんなユニをルイーゼは守りたかった。
「私とユニの性別を逆転させてくれ」
◇
女神の聖なる光に包まれ、気が付いた時には遠く離れたフィーニアス国――王宮のルイーゼのベッドの上だった。
「身体……」
一番最初に気になったのはそのこと。
ばっと自分の身体を触るとそこには柔らかな胸は無く、硬くたくましい胸筋。
「本当に男になっている」
よし。
ルイーゼはそう一言頷いた。女神は願いを叶えてくれたようだ。
ベッドから起き上がり自身の身体を確かめた。
軽く身体を動かしながら身体の差異を分析する。
女と男の身体では勝手が違う。筋力も違うし、リーチも違う。
ユニが邪神に心を惑わされる前に、と頼んだため数年続いた戦争をしていた頃よりも幼い。
筋肉など、今のルイーゼから見たらやはりまだまだ未熟と言わざるを得ない仕上がりだった。
戦でついた身体の傷なども無く、まだ平和な世界なのだと実感する。
しかしその戦争で得た知識、経験、技や魔法などは頭と心に刻まれており、身体にさえ叩き込めば再現は可能でありそうだ。
ルイーゼは精神を統一し念じるとルイーゼに似た人形のような幻影が生まれた。
「囮の幻影魔法も使える。転移は……」
試しに部屋の端から端へ転移魔法を使ってみれば時間遡行前の技術の通りに移動が出来た。
数年の戦のうちに覚えた魔法は多岐に渡る。
魔法は魔法式を頭にイメージさせ上手く発動させるセンスと身体的にその魔法にあっているかという適性がある。
記憶が残っていて身体の本質が変わっていなければあまり以前と差異はなく使えるようだ。
(課題はこの肉体を邪神撃破時レベルに仕上げることだな)
筋肉の記憶だけはどうしようも出来ないが、また一から身体を仕上げる筋力トレーニングが出来ると思うと「どう仕上げてやろう」とわくわくした。
『姫騎士』と称されたルイーゼは姫騎士という名が可愛く思える程にストイックな戦闘狂。
男にも勝つ剣捌きにスピード、テクニック。どれをとっても国一番の騎士と言っても過言ではない。
姫なのが勿体ない……そう何度も言われてきた程の逸材であったが、本人は姫であることに不満はなかった。
トラネス国の王子、ユニと結婚が出来る相応の身分だから。
今この世界でユニは生きている。
それだけでルイーゼの心は踊った。
もう一度ユニに会いたい。ルイーゼの頭の中はそれだけで溢れていた。
自分が男になったということはユニも変わっているに違いない。
「…………会いたい」
(まだ早朝、今ならトラネス国のメイドでもユニの部屋にはいまい)
思い立ったが吉日。それがルイーゼの座右の銘だ。
フィーニアス国の王宮から隣国であるが遠く離れたトラネス国の姫の住まう王宮奥深くへ一瞬で転移する。
それが出来る程の実力をルイーゼは身に付けていた。
◇
ユニの部屋の場所は王子の頃と同じ場所で合っていたようだ。
証拠に所々にユニが大事に育てていた薬草などの草花の鉢植えが綺麗に飾られている。
すうすうと未だに静かな寝息を立てているのが本人であろう。
(……動いている)
あの布団に包まった呼吸で上下している物体がユニなのだとしたら、本当に生きている。
ベッドに乗り上げ、その姿が見れる程に近付く。
絵面だけみたら夜這いにきた男以外の何者でもないが、何よりルイーゼはユニに会いたかった。
「ユニ」
「ん……」
確かにユニと同じ髪色をした女性。
前よりも長くなった髪を優しく撫で、顔が見えるようにすくい上げる。
男の頃よりも小さく、儚くなったユニの顔が見えた。
ユニが生きている。
そのことだけで感動する日がこようとは。そうルイーゼは感嘆する。
一方その当の本人のユニは意識がはっきりしていないままの状態からゆっくり覚醒していくと、見知らぬ男が自分の上に乗りあげている事に声が上がりそうになる。
「っ!!」
が、それをルイーゼの反射神経で口を塞ぎ黙らせる。
「待て。私だ。ルイーゼだ」
ユニは見知らぬ男が自分の上に居た挙句、叫ぼうとしたら思いっきり口を塞がれた状態で恐慌していた。
(しまった。この世界では私とユニは出会っていないのか?)
性別が逆になったことによる弊害を考慮せず一切情報収集しないまま、ただユニに会いたい欲望のままに会いに来てしまった。
そうなればルイーゼはただの寝込みを襲った暴漢。
未だパニックを起こすユニの口を塞ぐ手を剥がせないでいた。
「…………」
「…………」
しばらく固まったまま動かずにいるとユニも落ち着き、ルイーゼの頬に手を置いた。
「ユニ……」
口を塞いでいるので目だけではあるが、困った顔でユニを見つめていたルイーゼにユニは確かに微笑んでいた。
「ユニ……!」
塞いでいた手を離し身体を抱きしめる。ルイーゼの力ではユニを潰してしまいかねないので慎重に力加減をした。
「っルイーゼ、何がどうなっているの。僕は君に殺されたはずじゃ……」
それでも少し痛そうにしつつも声には出さず、ユニは混乱そのままの質問を投げかけた。
「ユニの記憶もそのままなのか」
「それにこの身体……なんで男女が逆転しているんだい?」
ルイーゼはユニを侵食した邪神は女神をも取り込んであんな強大な力を持っていたこと。
ユニを救う、運命を変える為に男女を入れ替えたことを話した。
「……確かに……僕が貧弱な男だったばかりに邪神に付け込まれトラネス国を乗っ取られてしまったけれど……ルイーゼまで男になる必要はあったの?」
「女同士ではユニと結婚が出来ないではないか」
私はお前の為に世界を救うのだ。と、ルイーゼが微笑めばユニは顔を真っ赤にしつつもくしゃりと歪めた。
「……今更、僕にそんな資格は……」
そう言いかけた時、扉からノックの音が響いた。
「ユニ様、おはようございます」
「ユニ、また夜に来る」
ルイーゼはユニの頬に別れのキスをしながらそう言い残しメイドが入室する瞬間に跡形もなく転移で消えた。
◇
「ルイーゼ王子、今日は珍しくおやすみなんですね」
ルイーゼの部屋に帰って来てみたらメイドが朝の支度をしているところであった。
メイドが後ろを向いた瞬間に幻影と入れ替わりベッドに入る。
「大丈夫ですか? 体調がよろしくないとか……」
「いや、大丈夫だ。夢見が良くてな、つい二度寝をしてしまった」
そう微笑めば「本当に素敵な夢だったんですね」とからかわれた。
着る服として「はい、どうぞ」と渡されたのはトレーニングウェア。
「…………」
「……?」
驚いてメイドを見ればメイドも不思議そうな顔で見つめ返してくる。
フィーニアス国の姫の時はこんなもの渡されたことがなかった。
「……すまない。今日の予定を一通り教えてくれるか」
「はい。今日は差し迫ったご用事もありませんのでいつもの通り朝はこちらで朝食をとり筋力トレーニング、昼に鍛錬所、夕食はご家族皆さまで頂き、夜は外周をランニングする緩やかな日程となっております」
ルイーゼは一日の予定を聞いて衝撃を受けた。
姫の頃は小賢しいお茶会マナーやら手紙の書き方やらダンス、刺繍、ドレスの採寸など面倒なことが沢山あった。
それが王子になったら筋肉、筋肉、筋肉の脳筋生活。
(男……最っ高だな……!!)
いつもはクールなルイーゼも顔がにやけるのを止められず口元を抑えた。
――フィーニアス国は土地が豊かで穏やかな国である為、基本国で生産した物を他国に売り、外交で儲けている。
その為王族や貴族は他国と交流することがとても多く、付き合いやすい――いわゆる『らしい』スタンダードな貴族が良しとされており、それ以外の考えは例え倫理的に正しくとも貴族の考え方が優先されていた。
女は男に守られ愛される為に美しく着飾り社交界の華になるのが一番の誉。
そんなフィーニアス国とは戦闘狂のルイーゼは常々肌が合わなかったのだ。
嬉々としてトレーニングウェアを着て筋力トレーニングを始めるルイーゼ。
ルイーゼの部屋の中には様々なトレーニング機材が所狭しと置かれ、まさに夢の空間。
姫の頃はこんな筋力トレーニングの機材などを部屋に置くことは許されず、男になった自分は随分と好き勝手楽しくやっているのだなとルイーゼは自分を少し羨んだ。
メイドも下がり一人スクワットを始めた辺りで筆頭護衛騎士、アンドリューが駆け込み大きな音でドアが開く。
「ルイーゼ様!!」
「おお、アンドリューか」
「ほ、本当に、男になって……らっしゃる……」
「お前も記憶があるのか。他の者たちは?」
「い、いえ……他の者たちは至って普通で……ルイーゼ様を自然に王子だと……」
女神がその場にいたアンドリューの記憶も残して時間遡行を遂行してくれたようだ。
ユニの記憶も残っていたのだから確かに当然とも言えよう。
「成る程。今度は私が女神への約束を守らねばな」
淡々ともう一度打倒邪神を誓うルイーゼにアンドリューは茫然自失としていた。
命を懸ける程の邪神との戦いに最後まで付き従ってきた筆頭護衛騎士アンドリューは、ルイーゼに敬愛と共に淡い恋心を抱いていた。
淡い、と言っても死線を共に駆けられる程に。
その想い人がいきなり恋人を救う為に男になってもう一回救いに行くというなんて相当なダメージだろう。
いっそ記憶を消して欲しかったと女神を恨む気持ちもあるが、それでも一途にユニ王子を救おうとする誇り高きルイーゼ姫……いや王子に敬愛を強め、跪く。
「……はい。またお供させていただきます」
「ああ。頼んだぞ」
「まず今の状況を把握したい。私が男になったことで些細な変化が起きている可能性がある」
ルイーゼは腕を組み思案しながらアンドリューと今の現状を把握し合おうと情報収集に努める様話し合う。
しかしアンドリューはルイーゼの護衛騎士という役職で常にルイーゼの側にいるのが常。
「上手く時間を作り各所をまわろうと思います」
「頼んだ」
「あとは邪神対策ですね」
「そうだな。邪神が街中で暴れ出したりした時の避難誘導が出来る兵士が必要だ。信頼出来る精鋭を揃えて指導を頼めるか」
「はい。『一度目』の記憶で見込みのある者は覚えております」
「そうだな……そいつらも、今はちゃんと生きているのだな」
ルイーゼは眩しそうに目を細めた。
「はい」
ルイーゼを庇い死んだ者や死地に残って殿を守った者。みんな覚えている。
黙って感慨に耽るルイーゼを心配し、引き戻すかのようにアンドリューは話題を変えた。
「ユニ様のご様子も気になります。姫様がこれではユニ様も変わっておられるでしょう」
元々知性派のアンドリューは猪武者ルイーゼの歯止め役であり、また参謀でもあった。
「ユニならもう会ってきた。可愛くなっていたぞ」
「早すぎませんか!? まだ目覚めて少しも経ってませんよ!?」
歯止め出来なかったアンドリューのツッコミを無視して猪武者ルイーゼは淡々とユニの様子を語った。
「私とお前と同じくユニにも記憶が残っていた。恐らく『あの場にいた』という中にユニの死骸も入っていたのだろう」
「…………」
アンドリューは密かに考えた。
ユニの記憶が残っているということは、邪神により操られ、父や国民達を死に追いやった記憶が残ってるということになる。
暴走イノシシ姫(今は王子)のルイーゼに教えたら「心配だ。ユニの側へ戻る!」と暴れ始めるだろう。
(今はまだこの事には触れず周囲の変化を調べよう)
アンドリューが頭を回転させている間、ルイーゼは部屋に飾ってあった剣を取り掲げ「よし!」と気合をいれる。
「我が目的はユニを守ることと、ついでに邪神撃破である!」
「ついでなんですか」
「ユニが最優先だ」
アンドリューはわざとらしく「はぁー……」と大きくため息をついた。
元は姫と護衛騎士だったとは思えないほどの二人。
「……姫は戦を経て、更に雄々しくなられましたね……」
「そうか」
疲れたようなアンドリューと対照的にルイーゼはふふんと上機嫌に笑った。