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緑陰の王子  作者: 二色サカ
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第二章ーそれぞれの覚悟・1

兄の婚約者であったという冬衣とどんな会話をしたのか花楓には想像もつかないが一つだけハッキリしていることがあった。


中庭から戻って「帰る」と一言だけ告げたリュートの雰囲気は談笑している時と一変していた。先程まで晴れていた空に暗雲が立ち込めたような――それくらいの変わり様だった。

リュートの硬質な態度に花楓は怯えたが都武羽も詩紋も主の急変を一顧だにしていないのが不思議だった。


何があったのかと問うことさえしない。二人とも淡々と身支度を整え、聖堂の関係者に挨拶をして辞去した。

馬上の人となった四人に会話はない。


リュートは押し黙っていて詩紋は感情の読めない笑みを浮かべて馬を走らせていた。

通武羽は花楓を気にして時折「大丈夫か?」と声を掛けてくれたがそれ以外口を開かなかった。

そこそこの速度で走らせているので喋れば舌を噛んでしまう恐れがあるためどうしても話したいわけでは花楓とてなかったが。


(何だろう。空気が――重い……)

行きと全然違う。それがどうしてなのか花楓には見当もつかないが切っ掛けははっきりしていた。

(冬衣さまと何かあったのかな……リュートさま)

それしか思い当たらないがとても聞ける雰囲気ではなかった。


そのまま四人は王城まで辿り着き、リュートは自分の宮へと向かう。

王城には二つの機能がある。政治を行う場所と、王族の住まいという機能だ。

後宮には王の御座所と妃と子ども達の宮がそれぞれ独立して建っている。主立った宮は全部で四つある。方角と四季を対応していて正妻が住む北の宮は冬の宮、東は春の宮……と呼ばれていた。宮と宮の間には渡殿で行き来することができた。


リュートの宮は後宮の中でも西の、最も奥まった端にあった。


西の宮の主は夏の御方とも称されることもある玉丸の母――橘鳥ほととぎすの女御だ。

橘鳥の女御は市井で育ち頼れる後見人もいないリュートが宮中に引き取られた際、リュートの面倒を率先して買って出てくれたため、リュートは夏の宮の一隅に住んでいる。


リュートの宮は侍女が少ない。身の回りのことはリュートが自身で行えたためだ。細々としたことは花楓が受け持っていて、それで事足りた。


「それで、これからどうなさるんですか?」

花楓が淹れた茶に口をつけながら詩紋は訊いた。

「いい加減決めて下さらないとこちらも困っちゃうんですよねぇ」

それは慎重ではなく鈍重だと詩紋の目が咎めていた。


「――打って出ることにする。今夜にでも城を発とう。みんな、準備してきてくれ」


静かな声でリュートは命じた。いつもと変わらない平坦な声だ。

一瞬、静けさが訪れた。


「――御意」

三人は揃って椅子から立ち上がり、揃って跪礼した。

自分に忠誠を捧げる優秀な臣下たちの頭をリュートは無感動な表情で見下ろした。




花楓は貴族階級の出ではない。

至って普通の平民の家に産まれた娘だ。が、小さい頃からズバ抜けて勘が良かった。

本人も説明できない、“何となく”分かるのだ。

何が起きるのかは花楓自身判らない。ただ漠然とわかるのだ。

勘の鋭い花楓は幸運に恵まれた子供であった。いや――勘に従った結果、幸運になっているのだ。

花楓の勘に従った結果、父親が代々受け継いできた店は大きな店になり支店を幾つも持つ富豪に成り上がった。

その結果、花楓は王宮で務めることになった。


花楓の実家は第二王子日方親王の生母、洛陽の更衣の実家と繋がりがあったため最初は日方付きとなったのだ。


花楓は宮仕えしたくなかった。悪い予感といい予感、両方したからだ。けど喜ぶ父の顔を見るととても嫌だとは言い出せなくてそのまま王宮に上がった。


そして主人である日方親王と対面した瞬間、もう怖くて怖くて仕方なくなった花楓はすっかり萎縮してしまって失敗ばかりした。

失敗したために日方親王に目を付けられ、注目されてますます緊張して失敗するという悪循環に陥った。

怯え、萎縮していた日々は閉塞感でいっぱいだった。袋小路に迷い込んだような心地がした。そこから救い上げてくれたのがリュートだった。


リュートの下で花楓はようやっと自由に呼吸ができるようになった。

花楓の勘をいくつか目の当たりにしたリュートが花楓の能力を説明したのは配属先が変わってから二か月経たないくらいだった。


雨の日だった。

夏の高い空に鈍色の雲が立ち込めて、銀色の糸がいくつも垂れてきた。


「どうせならもっとパーッと降ってくれればいいのになーっ」

この後晴れたら湿度だけ上がって最悪じゃね?と文句を言う通武刃に

「確かにパーッと散財してくれた方が見てて気持ちいですよね、通武刃さん」

詩紋が笑って言った。

「お前、それ言うなよーっ」

「少しは懲りて下さいよ。誰のお陰で取り戻せたんでしたっけ?」

「詩紋と花楓のお陰です。あの時は助かったな!やっぱ持つべきものは同じ釜の飯を食った同僚だなっ」

豪快に通武刃は笑った。


「でもほんと、花楓が天啓を授かる人間でよかったな、通武刃兄」

「――天啓、ですか?」

聞いたことがない単語に花楓は目を瞬かせた。

「あぁ、花楓みたいに勘が鋭いことを天啓を授かるっていうんだよ」

「花楓の場合百発百中だしな。まさしく神の啓示だ」

「そのおかげで巻き返しましたもんねー」


通武刃は野性の勘で良し悪しの判断をつける花楓の天啓ほどではないがかなり精度が高い。

通武刃は山の中で生まれ育ち、生命の危機に直面する場面を何度も潜り抜けた。死線を幾度も乗り越えた通武刃は自然と死を回避する本能を磨いた。自分を害するものに対して通武刃はとても敏感だ。そんな通武刃でさえその賭博場で行われているイカサマを見抜けなかった。


何かおかしいと違和感は覚えても正体を掴めなかった。そのうち、深みにハマり抜け出せないところまで堕ちそうになって――花楓がイカサマ師に気付いた。


『あの人、悪いことしてます』


花楓にはイカサマの方法は見抜けない。が、誰が行っているかは分かった。それが判ればリュートと詩紋はイカサマ師を注視し方法を探った。

『判るまで、時間が欲しいですよね?リュートさま』

あどけない顔で花楓はリュートに聞いた。是と返事が返ってきて頭2個半ほど違う長身の通武刃を見上げて言った。

『――だ、そうです、通武刃さん。時間稼ぎしましょう』

『マジで言ってる?俺これ以上負けたら飯食えなくなるんだけど』

菓子が買えない!死活問題だと青い顔をする通武刃に花楓はにっこり笑った。


『違いますよ、取り返すんです。――みすみすカモになったりしませんから』

そこからの花楓のツキと言ったら凄かった。今でも賭博場で語り草になっているぐらいだ。

通武刃が行っていた賭けは簡単なものだ。三つのサイコロの目の和が偶数か奇数か当てるというもの。

通武刃は勘と、山育ちで培った鋭敏な聴覚でサイコロの音を聞き分けて目を賭けていた。


詩紋ならきっと確率を緻密に計算して賭けただろう。

だが花楓は違う。そういう理屈を飛び越えた答えを出す。

通武刃と詩紋が違うと感じた答えであっても正解を出した。


こちらを勝たせる気がないイカサマ師の目の色がハッキリと変わった。勝敗を握っているはずのイカサマ師の手から勝負が離れてしまったのだ。

イカサマ師はイカサマを悟られないようにするためにも、客から搾り取るためにも適度に勝たせて酔わせてから負けさせ、少し勝たせて――とやって賭けにのめり込ませるのが仕事だ。

その時はもう、イカサマ師は花楓に勝たせる気はなかった。負けさせようと細工をした時だっただろうに――細工は失敗し、花楓が勝ってしまった。


最終的にイカサマの方法に気付いたのはリュートだった。きっかけは通武刃が呟いた「音が変わった」だった。

焦ったイカサマ師は花楓を負けさせようと連続して細工を発動させたため通武刃が気付いたのだ。

元手を回収し、帰ろうと店から出た矢先にリュート達は捕まった。――イカサマを使ったのではないかと疑いを掛けられて。告発者は当然、イカサマ師だった。


――彼は知らぬ間に竜の逆鱗に触れた。

それからの詩紋のイカサマ師の追い詰め方と言ったら凄まじかった。リュートと通武刃が思わずイカサマ師に同情してしまうくらいだった。

笑顔で吐き出される毒舌はまるで竜の火炎のようにイカサマ師の心を焼いた。


イカサマ師は法律で裁かれることになった。リュート達が刑場に突き出したのだがイカサマ師から恨まれるどころか感謝された。

最後の方は檻に入らせて下さいお願いしますと土下座するイカサマ師を詩紋が睥睨しながら嬲っていたので見るに見かねたリュートが司法に委ねようと詩紋を説得した。

イカサマ師にとって牢屋は詩紋と離れられる安全地帯となったのだから皮肉としか言いようがない。

聞いた話では囚人たちの模範になっているそうだ。


その顛末を話していたリュートはふっと綺麗な緑色の目を花楓に向けた。木漏れ日のように明るい緑色の瞳が花楓は好きだった。


「花楓のおかげで助かったな。――ありがとう」

真の言葉が心に染みた。リュートから感謝されるのはそれがはじめてではなかった。彼は折に触れてどんな小さなことでも「ありがとう」と言ってくれた。けどこんなに誇らしい気持になる「ありがとう」ではなかった。


この時花楓ははじめてリュートの役に立てたと自分でも自覚していたから彼がそれを認めて「ありがとう」と言ってくれたのが効いたのだ。


「~~~っ」

感極まって涙が滲み、零れだす。

「っ、どうした!?どっか痛いのか?俺、何か変なこと言ったか!?」

花楓の涙にリュートが慌てふためく。

「いえ、違うんです……嬉しくて。すみません、泣いてしまって……」

「いいから。そんな目擦るな。赤くなるぞ」

とめどなく溢れる涙を乱暴に袖で拭こうとしたのでリュートが花楓の腕を掴んで止めた。

「すみません……全然、止まらなくて。なんか、ホッとして……。ココで、わたしでもお役に立てるんだと思ったら力が抜けてしまったみたいで」

泣きながら花楓は笑った。


リュートはハッとした。花楓が自分よりも幼い少女なのだと改めて実感した。

花楓は礼儀正しく気立てもよく気配りもできるためリュート達は妹のように可愛がっていた。

けれど彼女はずっと緊張し、怯えていたのだ。

――また、捨てられるのではないかと心の底で怯えていたのだ。

そのことにリュートはいまようやく気付いた。

(日方がつけた心の傷は俺が思ってたよりも、もっと深い……)

元凶の日方への苛立ちよりも気付かなかった自分の不甲斐なさへの憤りからリュートは固く拳を握った。

「あの……リュートさま?」

リュートの雰囲気が変化したことを花楓は敏感に察した。

「大丈夫だ花楓。俺は花楓を途中で投げ出したりしない。花楓は十分すぎるほど俺の力になってくれてる。信頼する、かけがえのない仲間だから」

静かにリュートは言った。真剣な表情で。けど彼の瞳には強い光が込められていて花楓は目を見張ったあと――肩の力を抜いて微笑んだ。


「はい。……ありがとうございます、リュートさま」


花楓はこの時決めたのだ。リュートに誠心誠意仕えようと。

自分の主をみつけたと思った――。




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