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緑陰の王子  作者: 二色サカ
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第一章ー問いかけー

キャラが増えます。

窓から見上げる空は気持ちがいいくらいの秋晴れで、雲一つない。時々鷹が悠然と飛んでいる。至ってのどかで平和な光景だ。


「”花を摘め”――か」

それを見ながらリュートは父が出した命題を呟いた。

「良いんですか?リュート殿下。他の方々は早々に行動に移されていますけど」

窓枠に腰掛けて呑気に頬杖をついているリュートに詩紋はからかうように言った。

「へえ。他の方はどう動かれてるんだ?」

「第二皇子の日方ひかた親王は国中から花と言う花を集めていらっしゃいます。第三皇子の玉丸たまる親王は日方殿下に追随してます。――ま、あの方はご自身が王になろうという意思はないでしょうが。第三皇女の多喜都たきつ内親王は希少種の花を運んでいるようです。第一皇女の紀理きり内親王、第二皇女の沙夜理さより内親王は静観していらっしゃいます。というか、楽しんでらっしゃいますね。城に集められてくる花を愛でるのに夢中ですよ」

「……ま、そうだろうな」

予想通りの兄姉たちの動きにリュートは嘆息した。なんというかもっとこう、奇想天外なことをして欲しいものだ。

「なんだ。あまり変わらないじゃないか、俺と。熱心なのは日方殿下と多喜都殿下だろう?」

「だからってサボらないで下さい。あのお二人は行動力だけはあるんですから」

「サボるって言うなよ。ちゃんと状況聞いただろ?」

「何ですかその聞いただけマシだろ?っていう態度は」

まさに思っていたことを言われたのだがここで肯定しようものなら余計やかましいことになるとリュートは解っていた。

さてどうしたものかと思案する。


王の試練に乗り気なのは第二皇子の日方と第三皇女の多喜都だけだ。二人の生母の実家は力の強い、由緒ある家柄なので当然と言えば当然だ。ましてや多喜都の母親は智羽皇后である。なにかと皇后に張り合いたがる母を持つ日方はこの試練に勝とうと必死だ。

日方がなりふり構わず突っ走る――という事態は避けたいところなのだが。


「……やはり日方殿下は王位に執心してらっしゃるのですね」

茶器を運んできた少女はどことなく物憂げな様子で言った。

花楓かえで

「あっ――すみません。リュートさまの兄上なのに」

失言に気付いて花楓は恥じ入るように頭を下げたがリュートは苦笑いしかできなかった。

「まぁ……わかるよ」

日方は野心家だ。目標に向かって邁進する人物で権力も実力もあるのだが粗暴なところがあり目下の者や弱い者に対して容赦がないのだ。

冷徹というのではない。むしろ熱しやすく激情家だとリュートは分析していた。だから彼を慕う者も少なからず存在する。けれど彼から切り捨てられた人間も同時に存在する。現在はリュートの小間使いをしているこの少女もそうだ。


素直な性質で健気に仕えてくれる花楓は非常に好ましいのだがあまり要領がよくない。何度も失敗してしまう。物覚えが悪いというのではなく自信がないのだ。そんなところを次兄は嫌って鈍くさいと罵っているところをリュートが拾った。

そういった経緯から花楓はリュートのことを心から慕っていたが元主に対しては複雑な感情を懐いていた。


「でも本当、何が何でも探し出すでしょうねぇ。それこそ草一本残さず根絶やしにする勢いで国中から花を引っこ抜いてくるんじゃないですか?」

「面白そうに恐ろしい憶測を言うな」

「ありそうだな。行動力があるバカは一番タチが悪いんだぞ、リュート」

喉を震わせる偉丈夫は緑国でも有数の剣の遣い手であり、リュートの護衛を務めているだ。

「脅かすなよ、通武刃つむは兄」

「事実だろ?」

肩を竦めて通武刃はリュートをいなす。実の兄弟よりも長い時間を共にした通武刃はリュートにとって腹違いの兄姉たちよりよほど身近な存在だった。

「日方兄上はバカじゃない。少し熱くなりやすいだけで」

だからきっと大丈夫と自分を安心させたかった。外れる可能性の方が高い。事実、誰一人として信じていなかった。


「それにしても……陛下はどうしてこの課題を出題されたのでしょう?”花を摘め”なんて、いったいどういう意図があってのことなんでしょうね。何の花か、分かりませんし」

花楓は首を傾げた。そう、何の花か分からない。それが問題だ。だから日方と多喜都の暴走もやむを得ないのではないか。方法はどうあれ、その行動力は褒めてもいいのではないかとリュートは思う。

「まあそうだな。手当たり次第の総力戦――で何とかなるなら有利なのはその二人だろうな」

「そうですねえ。国中の花を買い集めてらっしゃるそうですからやはり財力が物を言いますよね」

「その辺り、リュートにはちょっと厳しいよな」

的確な指摘にリュートは肩を竦めてみせた。

「成人してまだ日が経ってない貧乏親王にはね」

緑国では16歳で成人とされている。リュートはつい二か月前に16になったばかりだった。

空いている親王職もなく、治めている直轄地も他の兄姉に比べれば猫の額ほどしかないのでリュートの収入は細々としたものだった。しかもまだ二か月しか経ってない。


側近となっている詩紋の実家は裕福だがこんな頭の悪いことに金を出そうとはしないだろう。

「財政面では厳しいかもしれませんがそこは殿下に頭を捻って考えていただきましょう」

ニコニコと笑いながら詩紋は言った。

「……知恵でどうにかしろと?」

「まさか殿下、日方殿下と同じ方法を採る。なんて仰いませんよね?確実かもしれませんが非効率この上ないですよ」

「そんなことは解ってる。――が」

頭が痛くなってきた。リュートは眉間に指を当てて揉んだ。詩紋はリュートの言わんとしていることが分かっていながら論点をずらしている。


「何で俺が謎解きをするんだ」

「えっこれ、なぞなぞなんですか?」

素直すぎるほどに素直で疑うことを知らない純粋な花楓は驚いて肩を揺らした。両手は運悪く盆を持っていたため振動で茶器と茶器がぶつかり、お湯が跳ねる。

「あぁっごめんなさいっ」

「落ち着け。大丈夫だから」

「はい、すみません。……取り乱してしまいました」

悄然と項垂れる。反省はいいことだがこの少女はそれが過ぎるきらいがあったのでリュートはまあまあと声を掛けた。

「気にしすぎるな。――それで話は戻るが俺にこの王位争奪戦に参加しろって言うのか?詩紋」

「むしろどうして参加しないんですか。その方が手っ取り早いでしょう?」

「俺は玉座に座ろうなんて思ったことはないぞ」

長幼の順から考えても、母親の出自を考えても圧倒的に不利なリュートが王位を狙うなら確かに好機と言えるがリュートは王位を望んでいない。

「殿下が参加すればこの不毛な争いがさっさと終わるじゃないですか」

「……簡単に言うなよ。しかも不毛って……」

「無為な時間を過ごすことほど不毛なこたねぇよな」

「通武刃兄まで」

溜息をつくリュートを言い負かす気満々の詩紋はニコニコしながら見ていて通武刃はほくそ笑みながら腕を組んで壁に凭れている――三者三様を交互に見た。


「え……っと。もしかして、リュートさまはもう陛下のなぞなぞ、解いていらっしゃるんですか?」

「なぞなぞと言うとえらく子供じみた遊戯みたいだな」

「そう考えると人騒がせですよねー陛下も。王の試練、なんてたいそうなことして。行われなかったことも少なくないのに」

「そう……なんですか?」

王の試練は緑国ではあまりにも有名な逸話だ。建国王のお伽噺と併せて子供達は寝物語でよく聞かされる咄だった。

「まあそうだな。陛下御自身がそうだからな」

酒豪であり見た目に反して甘いもの好きでもある通武刃は茶で喉を潤すと菓子が欲しいなぁとぼやいた。

「結局王の試練っていうのは跡継ぎを決める際に、これ以上ないって言う決め手が見つからないときに使う最後の策ってことですよ。こうすれば誰からも文句が出ないし――公平に見えるでしょう?」

ほんっとう抜け目ないですよねえと詩紋は言いながら実家から持ってきた菓子を卓に広げた。通武刃が悪いな、と口先で言いながら手を伸ばした。

「公平……ですか」

その言葉に棘が含まれている気がした。

紅顔の美少年――リュート曰く厚顔の、だそうだ――詩紋の笑顔はそのまま受け取ってはいけない。彼はまさに薔薇だ。華やかさの影に棘を隠し持っている。


萌黄色の水面を見ながらリュートは口を開いた。

「――――陛下が満場一致で皇太子に選ばれたのは陛下の母君の実家の権力が飛び抜けて強かったからだ。でも、今はどうだ?妃たちの力は拮抗してる。多数いる候補者たちの能力もいまいちパッとしない。……だから試練なんてものが必要だったんだ。お誂え向きな理由が、な」

「……なんだか、知りたくなかった物語の裏側を知った気分です……」

花楓が非常に複雑な顔で言った。

「政治の世界なんてこんなもんだろ」

悲観したわけでも諦めたわけでもなくリュートは淡々と言った。こういう時、リュートは年齢よりも大人びて見えた。リュートは達観したところがあり、それゆえか、滅多に感情を見せなかった。

――でも考えてみたらここにいる人たちはみんな、感情が表に出ないひと達だった……。

談笑する面々を盗み見て花楓はひとりごちた。


詩紋は常に笑みを湛えていることで感情を隠し、通武刃もおちゃらけた雰囲気と軽口で本音を明かさない。

リュートに仕えて四年になるが彼が怒ったところを見たことがなかった。


彼の兄であり前の主人である日方は喜怒哀楽が激しく部下の失敗をみつけると激しく叱責するひとだったからその違いに驚いたものだった。

「現実問題として――どうなさるんですか?殿下」

詩紋は笑っていたが空気が張り詰めたのが分かった。まるで弓の弦を引き絞ったように。


いや真実、詩紋はリュートに矢を向けて放っていたのだ。

息をするのも憚られるような緊張感に室内が包まれる中リュートはなんと答えるのか、近習たちは固唾を呑んで見守っていた。が――

「――――とりあえず、聖堂に行ってくる」

「は?」

それは予想していなかった回答だった。図らずも三重奏になってしまった。呆気にとられる三人を前にリュートは飄々と言った。

「聖堂だ。首都の三番道路にあって初代国王陛下が祀られている」

「……そんなことは解っていますよ」

苛立たし気に詩紋は言った。声に解り易い棘があるのは珍しい。

「なら聞くなよ」

「殿下――」

「正解が分からないからな。神頼みって言うだろ?いや、この場合は先祖頼みか?ま、そういうことで」

言うが早いかリュートは自室から今にも出て行きそうだった。

「……っ、ちょっと待て!護衛を置いて行くなっっ!」

ちょっとそこまで、というようなリュートの気負いのない空気に流されていたが立ち上がると大股で主に近付いて行った。

「え。来るのか?都武羽兄」

「トーゼンだろ。護衛なんだから」

「でも都武羽兄が来ると目立つだろ、聖堂に相応しくない剣呑な雰囲気を漂わせてるからな。尼僧たちに怖がられたくないんだけど」

「我慢しろ。この時期に一人でそこら辺ウロつかせられるわけ、ねーだろ」

いつも砕けた物言いでおちゃらけた雰囲気の通武刃が真顔で凄んでいることに気付いてリュートは肩を竦めた。

「破天荒な都武羽兄にも意外と常識あったんだな」

「おうよ。俺はジョーシキ人だからな」

「嘘言わないで下さい。針千本飲ませますよ」

「詩紋たん、こわーいっ。わざわざ釣ってくるのかい?情熱的ーっ」

「……魚じゃないと思います」

「真面目に向き合わなくていいぞ、花楓。バカを見るから」

さっさと出掛ける準備を調えながらリュートは言った。

「リュートってば、冷たくなぁい?」

「そのキャラやめて通武刃兄。鬱陶しいから」

「今すぐ切り捨てたくなりますねえ」

「ちょ、マジたんま。お前本気だろっ!?」

焦った通武刃は口調を戻した。

「残念です。もうちょっとだったのに」

「この毒舌腹黒少年め!」

「美をつけてくれませんか?」

「減らず口め」

「……えっと、賑やか、ですね」

後ろからついてくる先輩二人は部屋から出た後も言葉の応酬を続けていた。それを見やって花楓が言えばリュートは溜息をついた。

「本当に困った先輩だよな。……ああはなるなよ、花楓」

「はぁ、まぁ、慣れそうもないですけど……」

なんだかんだ言いつつ有能な二人に気後れしている部分がある花楓は曖昧に言った。

それに対してリュートは実に真剣に、実に情けないことを懇願した。

「頼む。これ以上一筋縄でいかないヤツが増えたら俺が困るから」

「……まあ確かにわたしは腹芸もできないですし頭の回転も遅いから口も達者じゃありませんけど……」

親王の側近がそれはどうなのだろうと考え込む花楓にリュートは苦笑した。

「花楓は自分が解ってないだけだよ。自分のことを卑下しすぎだ」

「……そんなことは……」

「あるぞー。すっごく、あるぞー。花楓は過小評価しすぎだっ!」

「わわっ」

追い付いた通武刃に頭を乱暴に撫でられた。なかなかの力なので花楓は前のめりになった上、癖のない髪の毛が乱れてしまった。


「通武刃さんそれセクハラですよ。訴えられちゃいますよ」

「えっ」

「ということで花楓、この無神経男を訴えるんなら力になりますよ。一緒にこの男を追放しましょう」

「オイ待て」

「いえ、あの……」

「詩紋、花楓が困る毒のある軽口はやめろ。――いっそのこと城から出るまで、口を閉じててくれ」

「えー」

詩紋は不満そうな声を出したがそれ以上口を開くことはなかった。


葉賀詩紋はがしもん……16歳。リュートの参謀役。腹黒で毒舌な美少年。

通武刃つむは……22歳。大柄で長身の武人。リュートの兄貴分。

花楓かえで……14歳。優秀だが小心者な少女。

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