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緑陰の王子  作者: 二色サカ
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木漏れ日の微睡み

プルウィウス・アルクスの大陸の一つ、緑国グラナートが舞台のお話です。

黄砂に咲いた薔薇と時代はそれほど前後しないイメージです。

単体で読んでいただいて大丈夫です。

明治・大正の和洋折衷の文化をイメージして書いています。

陰が落ちてくる。

どこまでも広く、濃く――

暗くて、青い。

陰が――





父が病床にあるとリュートが教えられたのはついさっきのことだった。


「一大事じゃないか。国政は大丈夫なのか?」

「心配するところ、そこなんですか?」


リュートの側近であり友人でもある葉賀詩紋はが・しもんは呆れたように言いながらも楽しそうに笑った。


「滞りないようですよ。廷臣は有能な方ばかりですからね」

「あぁ。葉賀宰相は優秀だな」

「そうですねー。ま、父に任せておけば政治の方はどうにかなるでしょう。それより殿下、お見舞いの日程を決めましょう」


リュートは「ああ」と気のない声で頷く。


「どうせ俺は最後だろうからいつでも良いんだが……」


王であるリュートの父は特別色好みというわけではなかったがその身分に相応しく正妃である智羽皇后の他に何人かの妾妃がいた。よって、子供もそれなりにいる。

妃たちの中でリュートの母親は一番身分が低かった。いや、正確に言うなら妃ですらない。貴族の出身ではない妾から生まれたリュートは親王内親王の中で一段低い扱いを受けていた。

疎まれているとまでは思わないが久しく言葉を交わすことさえ稀であった父だ。親密な付き合いをしていない父に対してリュートは他人のように思っていた。

リュートの出自を侮る者は妃たちだけではなく兄弟の中にもいる。なのでリュートが父王の枕辺を見舞う日は他の兄弟たちよりも遅いだろうと予測していた。


「それが、そういうわけにもいかないんですよ、殿下」

「は?」


つい声が尖ってしまった。というのももうこの話は終わりだろうと読みかけの書物に目を落としていたからだ。読書の時間が邪魔されるのを何より嫌うリュートは自然、目つきが険しくなった。


「どういうことだ?」


厄介ごとの匂いがする。


「陛下は皆様が一堂に会されるのを望んでおられるのです。――試練を提示するから、と」


詩紋の目が鋭く光る。

リュートは息を飲んだ。


「そんなに具合が悪いのか?陛下は」

「……そこはご自分で確かめようと思わないんですか」

「俺が行っても面会できるわけないだろう。病床にあられる陛下の身の回りを取り仕切っているのは皇后さまなんだろう?」


智羽皇后の顔を思い出してリュートはげんなりした。妃の中で一番身分が高い彼女はとても気位が高く、リュートは目の敵にされていた。夫が自分の侍女と思いを交し合ったことにいたく誇りを傷つけられたらしく、リュートは王妃から冷遇されていた。


「まあそうですけど。気になりますか?」


どこかしてやったりという顔をする側近にリュートは嫌そうに溜息をついた。


「当たり前だろう?――試練と言えば後嗣を決めるための試練だろう。そんなことをお考えになるほど体の調子が悪いのかと思っただけだ」


父の治世は長い。政治手腕に長けた臣下のおかげで国は荒れることもなかったが良くなったということもない――現状維持というか、治世が長いので一定の信頼を得て安定を与えているというのがリュートの父王への評価だ。

そんな父に問題があるとすれば67歳になろうかというところなのに王太子を定めていないところだ。

今ここで父王に何かあれば残された子供達の間で後継者争いが起こるのは必定だ。そうなれば国は荒れてしまうだろう。

後継者を決めるにしても厄介なことに親王内親王の母親の実家の権勢はほぼ拮抗しており、決定打になるものがなかった。

本来なら智羽の嫡子で有能と言われていた長兄が後継者とされていたのだが――不幸なことに長兄は病で亡くなってしまったのだ。それが3年前。それからズルズルと時は流れて――この状態になった。


「3年間決まらなかったから陛下も最終手段として古から伝わる方法――王の試練で合格した者を次代の王に、という手に出られたんでしょうねー」


リュートの部屋に備え付けてある台所で勝手に湯を沸かし慣れた手つきで茶を淹れた挙句物色して茶菓子を手に入れお茶を啜る詩紋を見てもリュートは咎めなかった。彼のこういうところはいつものことだ。むしろ、名門葉賀家の息子でありながら自分で茶を淹れられるところに驚くが。


「まぁ、そうだろうな」


それほどまで具合が悪いのかもしれないが、万一を考えて動いたのであれば評価できる。何に置いても憂いの芽は早急に摘むべきだ。


「ということなので予定を合わせたいらしいのですが。いかがなさいます?」

「俺はいつでも。役職についているわけでもないしがない親王だからな」

「殿下はもう少し欲を持ちましょうよ……。やる気さえ出されれば優秀でいらっしゃるんですから。側付きとして歯痒い思いを噛みしめてるんですよ、ぼくは」


わざとらしく溜息をつく。リュートは嫌そうに顔を顰めた。


「気に入らないだけだろう。主にお前が」

「あ。バレてました?さすが殿下」


ケロッと笑ってみせる。その変わり身の早さには感心する。


「俺の側にいたって出世しないぞ」

「でもぼくは主と認められる人にしか仕えたくないので」


さらりと詩紋は言う。それは上司冥利につきる話なのだろうが……。


「だったら主の意向に従えよ。いちいちせっつくな」

「それはそれ。これはこれです」


リュートの不満など鮮やかに受け流して茶を啜る様子は優雅だ。


「まあ良いです。こちらで勝手に話を詰めておきますので。――逃げないで下さいね?」


向けられた目は冷たく、鋭い。


「どうせ逃がしはしないくせに」


それに答えずただ笑った。




――この人はこんなに小さかっただろうか。

久し振りに逢う病床の父を見てリュートは驚いていた。……それが自分でも意外だった。同じ王城に棲んでいるとはいってもほとんど交流のない親子だったので父への情があるとは思えなかったのだ。

もともと痩せていたが手は枯れ木のように細く皺が寄っていた。

リュートは8歳まで自分の父親を知らなかった。親王でありながら城ではなく城下で育ったリュートが養い親であり師でもあった導師から父親との対面ができると告げられて手を引かれた先がいつも自分が見上げていた王城でとても驚いた。

自分は捨てられたか親は死んだものだと思っていたリュートはまさか父に逢えるとは思わず――しかも父親が王だとはさすがに予想できなかった。

そんな物語の主人公みたいな話があるのかと。

親子初対面の折、父王は49だった。リュートの印象としては真面目そうで誠実な、けれどもどこにでもいる平凡な中年男性だった。

頭に王を示す宝石があしらわれた冠とやはり宝石が埋め込まれた豪奢な玉座に腰掛けていなければ王だとは解らなかっただろう。

あれから8年――これほど父王が老け込んでしまうとは。元々肉付も良い方ではなく痩せ気味だったのだが、これほど痩せこけしまうと実年齢より上に見えた。

病みやつれというものだろう。


「……リュートか」


声は掠れていた。けれど――開かれた父の目には力がありリュートは驚いた。病床の身だというのにこの力強い目は何なのだろう――?

これまで、父がこれほど強い目をしているところリュートは見たことがなかった。病を得る前――健康だった時ですら、だ。

死を前にした覚悟なのだろうか。それほど父の病気は重いものだったか――?ついリュートは立ったまま頭を巡らせた。


「殿下、陛下の御前ですよ」


応えないリュートに詩紋がこそりと声を掛けた。


「はい。ここに――父上」


最低限の礼をリュートが取ると父王はそうか、と呟いた。


「傍に。……もっと近くに、リュート」


請われるままリュートは父の枕辺に侍った。頭の片隅で親子の対面を果たしてからこちら、これほど父と近い距離にあるのははじめてだ、なんて思う。

何故か考えて気付いた。父の正妃がいないからだ。母が仕えていたという智羽皇后は夫が自分の侍女に手を出したことが許せなかったようでリュートを目の敵にして、父に近づけさせなかったのだ。

枕辺に用意された一つだけ空いている椅子に腰掛けるように言われてぎこちない気分で座った。他の椅子は既に埋まっていた。リュートの腹違いの兄姉たちだ。

リュートに敵意の目を向ける者もいればありありと侮蔑の表情を浮かべる者もいた。かと思えばまったくリュートに関心を向けない者もいた。

それも束の間。父王が口を開くまでだった。



「――玉座を空位にするわけにはいかない」

水を打ったように感情が、音が、色が引いて行った。

まさかそんな第一声だとは思わなかったのだ。


「父上、それは……」

「解るだろう?王の不在はそれだけで国にとって痛手だ。打撃を受けるのは民だ」


その意味が、市井に身を置いていたリュートは嫌というほど解る。

玉座に座るものが決まっていなければどうなるか。そんなものは明白だ。その椅子を巡って争いが起きるに決まっている。

国主として後嗣を定めることは必須だ。国土を荒れさせないために、完璧な後継者が必要なのだ。だが、父王の次を預かる王太子は決まっていない。いや、決まっていたのだ。が――


「みな、時間がない」


残酷に父は刻限を告げる。それはつまり自身の命が長くないことを現していた。


「試練を受けろ。私の出す命題の答えを探して来い」


誰もが固唾を呑んで父王の口の動きを見ていた。皮肉なことに、これほどみなが真剣に父王の言葉に耳を傾けるのはこれがはじめてであった――。



緑国の初代国王は武勇に優れた人物ではなかったと伝わっている。

そんな彼が他国の王たちに負けなかった特技といえば――”みどりのゆび”だ。

かの王は卓越した園芸の技能を持っていてどんな花でも咲かせることができ、豊かな実りを手にすることができたという。

この能力のおかげで荒廃した大地は肥沃な土地へと姿を変え、草木一本ない大地はすぐに緑溢れ、花が咲き乱れ実がたわわに実ることになったという。

戦の中でも士気が落ちることがなかったのは”みどりのゆび”のおかげだと言われている。空腹にあえぐことがなかったため人々は希望を持って戦うことができたと。

そのため緑国は他の国よりいち早く復興を遂げたという。

そんなみどりのゆびを持つ彼の有名な逸話――それは花嫁選びの話だ。

国王になって国も落ち着いた頃。臣下たちは王に後嗣を作るように進言した。彼が妃にと見出した乙女はとても美しく、賢く聡明な女性だった。

彼女は自分に求婚する若者が国主だと知った上で彼の求めを無下に断った。それでも諦めない若き国王に乙女は一つの命題を課した。その答えに自分が満足すれば国王に嫁ぐと宣言した。彼はそれを受け入れ、見事乙女の心を射止め、妃に迎えることができた。

妃を得たことでようやく若者は王として一人前になったという。

この故事から転じて緑国では後嗣を選ぶ際、王は候補者に課題を与え、それに正解した者を次代の王に据えることになったと言う。

王の試練は聖なるものとされ、何人たりとも口出しすることはできない。

たとえ皇后であろうと、高位の廷臣であろうと――。



リュート……16歳。第三王子の末っ子。妾腹のため待遇はよくない。



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