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風鈴の音色に誘われて

作者: 藤原紫苑

 蒸し暑いある夏の夜、近くの緑地公園へ、日課となっているランニングに出かけた。その公園は、敷地に沿って円形に繋がっていて、走れば30分程の道のりとなっている。


 家を出て、軽く上半身をほぐしながら公園に向かう。5分くらい歩くと、公園に併設する様にして建っている小学校が見えてくる。


 小学校の横を過ぎ、公園の入口に着くと、私はいつもの様にタオルを首に巻き、ワイヤレスのイヤホンを付けて走り出した。公園の中は街灯が等間隔並び、真っ暗な夜でも足元がしっかり見えるように道を照らしている。


 いつもは何人か人を見かけるのだが、今日は一段と暑いせいなのか、自分以外に人が全くいない。


 すると、不意に真っ暗な茂みの奥に見える民家の方からチリーンと涼しげな音が聞こえてきた。鈴の音に似てはいるが、それよりも澄んで聞こえる。虫やカエルの鳴き声とも少し違う。


 イヤホンを外し足を止めてしばらくその音に耳を傾け、何の音なのか、記憶の中を探る。


 その音は子供の頃、夏によく行った田舎の母の実家を思い出させた。自然とその音に思い当たるものがあった。祖母の家に吊ってあった風鈴の音だ。


 久しぶりに聞いた風鈴の音色に少し気分が良くなった私は、今日はイヤホンを着けずに走ってみようと思い立った。最後にチリーンと風鈴の音を聞いて、再び走り出した。


 しばらく走っていると、また暗い茂みの奥からチリーン、チリーンという音が聞こえてきた。


 数分走るとまた、チリーン、チリーンと複数の方向から風鈴の音が聞こえる。


 今時、風鈴を吊っている家がこんなにあるものなのかと感心しつつも、足を止めることなく走る。


 しかし、私はふと疑問に思った。毎日来ているのにどうして今まで気が付かないかったのか、と。


 昨日まではイヤホンのせいで聞こえていなかった、という可能性を考えてみるが、最初に風鈴の音が聞こえた時にはイヤホンをしていたことを考えると、違う気がする。今日から風鈴が吊るされたにしては、風鈴の数が多い。


 こんな事を考えている間にもチリーン、チリーンと風鈴の音が無人の公園内にこだまする。なんだか気味が悪くなってきた。


 人気がないせいもあって、道がいつもより不気味に映る。


 私は足を止めることが怖くなった。走る足を止めてはいけない気がして、額の汗を拭うことも忘れ、風鈴の音から逃げるように走った。


 いくら走っても風鈴の音が鳴り止むことが無い。

 ふと思い出して、イヤホンを着けて、音楽を流してみた。



 チリーン、チリーン、チリーン


 鳴り止むどころか増えてきている気さえする。音楽以上に風鈴の音が耳に響いてくるようだった。また、チリーンと聞こえる。


 早く不気味な公園から出たい一心で、走る。もう少しで公園から出られるという時。


 その時、私は気づいてしまった。余計な事に気付いてしまったのだ。風鈴の音が聞こえた方向、暗い闇しか見えないその奥には、民家なんてあるはずが無いということに。


 だってこの闇の奥には、小学校のグラウンドがあるはずなのだ。


 いつもなら街灯の明かりで薄らとグラウンドが見えるはずなのだが、今日は何も見えない。いつもの場所に街灯があるのに、その奥が見えることは無い。


 チリーン、チリーン、チリーン、チリーン


 やっぱりグラウンドの方から風鈴の音が聞こえる。仮に、学校に風鈴があったにしてもこうもはっきりと聞こえるのはおかしい。軽いパニックになりながらも走る足を止めない。


 半分泣きながら走り続け、ついに公園の出口が見えた。出口が見えた事で心に余裕ができ、背後を見てみたいという好奇心が芽生え始めた。


 もしかしたら何も無いかもしれない。1回だけ、見てみようと考えた。足を止めることなく、ゆっくりと背後を振り返った。


 背後には何も無かった。そう、本当に何も無かったのだ。走ってきたはずの道も、それを照らしていたはずの街灯も、何も無かった。背後には闇だけが広がっていた。


 怖い、怖い、怖い、怖い。恐怖だけが頭を埋め尽くす。早く逃げないと自分まで闇に飲まれそうな気がした。前に向き直って走る足をさらに速めた。


 チリーン、チリーン、また音が鳴った。今度は自分の背後から聞こえてきた。さっき後ろには何も無かったはずなのに風鈴の音が聞こえる。


 チリーン、チリーン、チリーン


 公園の出口はもう目の前にある。そのまま走り抜ける様にして公園から道路に出ると、風鈴の音が聞こえなくなった。音が聞こえなくなった安心感で緊張が解け、疲労感が一気に押し寄せてきた。


 その場にへたり込む様にして道に倒れ込む。そして、恐る恐るさっき走り抜けた公園の方を見た。そこには、いつもの公園の風景があった。木々と街灯が並ぶ、いつもの公園だ。街灯に照らされた道もしっかりと見ることが出来る。


 すると、公園の奥から右手に風鈴を持った1人の子供が現れた。恐怖でゾワゾワと鳥肌が立った。ゆっくりと歩いて近付いてくる。チリーン、チリーン、と一定のリズムで風鈴が音を立てる。


 しかし、良く見ると、現れたのは子供だけではなかった。老若男女問わず、多くの人が風鈴を持って歩いていたのだ。


 チリーン、チリーン、と音を鳴らしながら歩いている。何らかの祭り事でもやっていたのだろうと察した。


 勝手に怖がっていた自分の恥ずかしさを誤魔化すように立ち上がって歩きだそうとした。


 ……どこに?


 今立っている道はすぐ目の前で途切れていた。その先には闇が広がるばかり。どこにも逃げ場は無かった。よく見れば、風鈴を持った人が周りを囲むように歩いてきていた。その手には一様に風鈴があった。


 チリーン、チリーンと寸分の狂いなく、全ての風鈴が同様に音を出す。


 恐怖で足がすくみ、その場に立ち尽くすしかなかった。風鈴を持った人々の表情が見えてきた。全員、静かに微笑みながら歩いている。しかし、顔は笑っているのに、どこか人形にような不気味な表情をしていた。


 すると、チリン、チリンと少し他とは違う音が聞こえてきた。すぐ近くからだ。


 近くには誰もいない。まだ風鈴を持った人とは距離があった。


 にもかかわらず、チリン、チリンと小さな音が近くから聞こえてくる。それは自分の真下から聞こえてくるようだ。


 見下ろした時、驚きと恐怖で言葉を失った。自分の左胸、心臓のあたりに風鈴があったのだ。風もないのに、1人でにチリン、チリンと音を立てる。この風鈴だけが他とは違うリズムで音を立てていた。


 風鈴を持った人々が近付いてくる。そして、風鈴を持っていない方の手を前に伸ばした。その手は、何かを掴もうとするように動いている。


 少しずつ、少しずつ、距離が縮まっていく。ついに、最初に見えていた子供の左手が、チリン、チリンと音を立てる風鈴に触れた。その瞬間、意識を失い、その場に倒れ込んだ。最後に見えたのは満遍の笑みを浮かべた子供の顔だった。


 次に目が覚めた時、風鈴を持った人々の中にいた。何もしていないのに足が周りに合わせて動いている。自分の右手を見れば、チリーン、チリーンと音を立てる風鈴が握られていた。手を離そうとしても離れない。


 何も持っていない左手に酷く寂しさを覚えた。何かが足りない。でも、それが何なのかは分からない。喪失感だけを残し、また意識が遠のいていく。


 チリーン、チリーンと風鈴の音だけが耳に残る。


 そんなことが何度も繰り返された。だんだんとそんな状況に慣れてきた。左手の喪失感以外は何も感じない。


 しかし、時折聞こえてくるチリン、チリンという少しリズムの違う音、その音が聞こえた時だけは何故か心が落ち着かないのだ。

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