依頼者の正体
「いやぁ、お前の飼い主中々可愛いじゃねぇか。羨ましいぜ」
ジョンがぐいと顔を近づけ、羨ましそうに言ってきた。俺は麻里奈のことを見つめた。
「ま、まぁな......」
確かに麻里奈は容姿に関して、普通の人よりも優れていると思う。
同じ兄妹だというのに、偉い違いだ。
すると、誠は俺に近づき、優しい手つきで俺の頭を優しく撫でた。
「いやぁ、それにしても可愛いワンちゃんだ」
誠はしゃがみこみ、二コニコと笑いながら俺のことを撫で続けた。そして、耳元にそっと顔を近づけた。
「本当......見事な化けっぷりだね。感心したよ」
小さい声だったが、確かにそう言った。正直、自分の耳を疑いそうになった。
思わず、ビクッと身体が震えた。
「ん? どうした、カケル?」
ジョンは不思議そうな顔をして、俺に訊いた。
「いや、なんでもない」
取り乱しそうになるのを辛うじて抑え、平静を保った。なんだ、この誠とかいうやつ。
どうして、俺が化けていることを知っているんだ?
誠は再び立ち上がり、リードの持つ手を強めた。
「それじゃ、そろそろ行きますね。それじゃ、『お二人さん』。失礼します」
ぺこりと頭を下げ、誠はその場から去っていった。
あいつ、何者なんだ? 俺たちと同じ忍者だろうか。俺は立ち去っていく誠の背中をじっと眺めた。
「お兄ちゃんどうしたの?」
その場で立ち尽くしていた俺の背中を撫でながら麻里奈が訊いた。
何でもないと言わんばかりに「ワン」と吠え、俺は歩き出した。
「ところで、お兄ちゃん。何かジョンくんから役に立ちそうな話は聞けた?」
俺はブルブルと横に首を振った。
「そっか。それじゃ、他の犬にも色々聞かないとだね!」
その後、俺は散歩に来ている飼い犬達に話しかけ、居場所を掴もうとした。
しかし、
「フクくん? そういえば最近、見かけないわね。どうしたのかしら?」
「フク? すまねぇ。ちょっと俺そいつ知らねぇや」
「フク? ふはははは! それなら私だ!」
三匹の犬に話を聞いたが、やはり居場所は掴めなかった。最後に至っては同じ名前の別人、いや別犬だった。ちなみに犬の種類は秋田犬である。
「どう? お兄ちゃん、何か手がかりは掴めた?」
俺はブルブルと首を横に振った。すると、麻里奈は少し残念そうな顔をした。
「うーん、そっか。やっぱりもう亡くなっちゃったのかな......」
俺も出来れば生きていると信じたいところだが、その可能性は弱まった。
一応、もう少し聞き込み活動をしてみようと思い、辺りを見渡した。
すると、ピンク色のベンチで体を丸め、気持ちよさそうに熟睡している猫に目がいった。
猫は欠伸をし、ゴロンと体勢を変えた。いやぁ、清々しいまでに寝てやがるな。
犬の状態でも猫と会話をすることは可能である。
俺は話を聞くべく、ベンチのところまで歩き出した。
「ちょっと、お兄ちゃん。どこに行くの? お兄ちゃん」
驚いている麻里奈を強引に猫のところまで誘導した。
「うわぁ! 猫さんだぁ! 可愛いなぁ」
猫の近くまで辿り着くと、白、黒、茶色のまだら模様の猫を撫でた。
猫は撫でられて気持ちいのか、身体を伸ばし、お腹を麻里奈に見せていた。
俺は猫に話を聞くべく「ワン!」と吠えた。猫は腕を伸ばしながら気だるそうな目で俺のことを見つめた。
「初めまして。俺の名前はカケルという。お前の名前は?」
「ふわぁ......俺か? 俺はダラって呼ばれている。俺に何のようだ?」
ダラと名乗る猫は寝転んだ体勢のまま用件を訊いた。
「猫さんが鳴いた! お兄ちゃん、この猫さんともお話しようとしてるの?」
麻里奈が尋ねたので、俺は「ワン」と小さく吠え、頷いた。
「へー、すごいな。猫さんともお話しできるんだ」
麻里奈は感心したように俺とダラのことを眺めている。
「ちょっと、探している人......いや、犬がいてな。フクっていう犬なんだが、知らないか?」
「フク? ああ、知ってるぞ。あのやばいおばさんに飼われてた犬のことだろ」
ダラがそう答えると、自分の毛を舐め、毛づくろいし始めた。
「本当か! どこにいるんだ?」
すると、ベロベロと今度は手を舐めていたダラが舐めるのを辞め、鋭い眼差しで俺のことを見た。
「その前に少し聞いておきたいんだが、なぜそんなこと聞くんだ? あいつとはどんな関係があるんだ?」
「そ、それは......お、お前の方こそフクとはどんな関係なんだ?」
「俺か? 俺とフクはただの相談相手だよ。あいつから相談されたんだ。あのトチ狂ったババアから逃れるにはどこにいったらいいかってな」
淡々と答えるダラだったが、気になる単語があった。
「トチ狂ったババア? それってもしかしてフクの飼い主のことか?」
話した感じ、普通の女性にしか思えなかったのだが。
「それ以外に誰がいる? あいつは狂っている。いいだろう。知らないのなら説明してやるぞ」
ダラはピョンとベンチから降りると、俺の前に立ち、多恵について語り始めた。
「あのババアはトンデモないやつだ。今までたくさんの犬や猫が犠牲になってきた。俺が知っているだけで、もう三匹は死んでいる......」
「な、何だと? まさか、虐待して......殺しているのか?」
会った時は人当たりの良さそうな感じだったが、本当だったらとんでもない趣味の持ち主である。
「そうだ。あのババアは気に入った犬を散々いたぶって殺している。殴ったり、熱湯を掛けたり......俺の仲間だったやつも夜中に連れ去られたことがあった。おそらく飼い犬であるフクも殺すつもりだったんだろう。一ヶ月くらい前にあいつが夜にこの公園にやってきて、こう聞いたんだ。『あいつから見つからない場所はないか』ってな。俺はそうそう見つかりそうにない場所を紹介してやったよ」
おぞましい話に俺は思わず言葉が出なかった。
「さぁ、俺は説明してやったぞ。さぁ俺も聞こう。お前はフクとはどんな関係なんだ?」
俺は息を大きく吸い込み、口を開いた。
「俺はフクの友達だ。訳あってあいつに会いたいんだ。頼む、あいつの居場所を教えてくれ」
少々、嘘を言うのは罪悪感を感じたが、居場所を知るためにそう言った。
「信じてもいいんだな?」
「ああ、もちろんだ」
居場所を教えてくれる気になったのか、ダラは脚を器用に折りたたみ、地面に座った。
「分かった。フクはな、谷中銀座商店街の近くにある今は使われていな工場にいる」
「なるほど、そこにいるんだな?」
「ああ」
谷中銀座商店街は、観光客や地元の人で賑わっている全長百七十五メートルの古き良き下町の商店街である。猫に会えるスポットとして都民に知られており、たくさんの猫がそこに棲み着いている。
「忠告しておくが、もし会いに行くならお前のその可愛い飼い主は連れていくなよ。廃工場にいるのは人間を憎んでいる犬や猫ばかりだ。万が一、あのババアが来ても大丈夫なようにあえて俺はフクにそこを紹介したんだ」
「そうか、分かった。肝に命じておくよ。教えてくれてありがとうな」
俺は踵を返し、麻里奈を引っ張った。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん! どこに行くの?」
俺は麻里奈を強引にトイレに裏へと誘導した。
周りを確認すると、誰もいないため、変化の術を解くことにした。ドロンと煙が舞い上がり、身体に包まれた。
「うわ!」
麻里奈は突然、舞い上がった煙に驚いたようである。
「ふぅ......疲れた」
「お兄ちゃん。何か手掛かりは掴めたの?」
「ああ、バッチリだ」
俺は首に付けられていた首輪を外そうとした。
「あ! お兄ちゃん。ちょっと待って!」
「なんだ?」
すると、どういうわけか、麻里奈はポケットからスマホを取り出した。そして、それを俺の方に向けると、
カシャっという音が聞こえた。
「よし!」
麻里奈はガッツポーズした。とても嬉しそうな顔をしている。
「よし! じゃねーよ。何撮ってるんだ。麻里奈。消すんだ。さぁ、消すんだ!」
俺は麻里奈の持っているスマホを取り上げようとした。しかし、ひらりひらりと躱された。
「やだよ。消さないもん! それにさっき、お兄ちゃんさっき私のおっぱい触ったからこれであいこでしょ!」
そんな理屈を捏ねてくる我が妹だった。
「馬鹿! あ、あれはただの事故だ。別にお前の胸なんて触っても嬉しくねーよ!」
すると、プルプルと麻里奈は肩を震わし、顔をトマトのように真っ赤にさせた。
「な、なんだとーーーーー!」
麻里奈は強い力で俺の肩や腹を殴ってきた。
一ヒット、二ヒット、三ヒット! 麻里奈のパンチが命中するたびに俺のヒットポイントがごっそりと削られて行った。
「いてててて! やめろ麻里奈! 死ぬ! 悪かったから止めてくれ!」
俺は謝罪し、何とか麻里奈を諌めた。