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犬を使ってナンパする奴はロクでもない

 麻里奈の近くまで寄り、ぺたりと座り込んだ。早いところリードをつけてもらおう。

「えへへへ......」

 すると麻里奈は何を思ったか、俺のことを抱きかかえた。

「お兄ちゃん、モフモフするね」

 俺の体に顔を摺り寄せて犬の毛の感触を確かめ始めた。今の俺は犬であるため嗅覚が人間のときより高くなっている。

 そのせいか柑橘系の甘い香りがしっかりとした。これは麻里奈がつけている香水か何かだろうか。

「いやぁ、可愛いな。お兄ちゃん!」

 今度は俺の顔と麻里奈の顔を擦り合わせてきた。俺の頰から麻里奈の柔らかい肌の感触がしっかりと感じられた。

 というか、何をしているんだ。麻里奈は。

 早いところ、任務を遂行したいのだが。俺はジタバタと麻里奈から脱出すべく暴れた。

「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!」

 なぜか、頑なに麻里奈は俺のことを離そうとしなかった。暴れている最中、手に何か、まるでマシュマロのように柔らかいものに触れた。

「ひゃ!」

 麻里奈は情けない声を上げると、俺を拘束していた腕の力を弱めた。

 その隙に俺は麻里奈から脱出した。

「もぉー! お兄ちゃんのエッチ! 変態! スケベ!」

 麻里奈は顔を赤くし、右の胸を押さえていた。どうやら、俺は麻里奈の胸に触れたらしい。

確かに悪いことをしたが、そもそもこいつが変なことをしたのが原因である。

「ワン! ワン! ワン!」

 早くリードを付けろ。そういう意味を込めて吠えた。

「早くリード付けろって? 分かったよ、もう.......」

 麻里奈は渋々、俺にリードを付けた。すごい、通じた。

 首輪を嵌められ、俺は見事に飼い犬と化した。

「さぁ! 出来たよ。お兄ちゃん」

 麻里奈はドヤ顔で俺のことを見た。さてと、早速任務開始だ。

 俺は数十メートル先にあるベンチに歩き出した。

 俺の動きに合わせて麻里奈も歩いた。すると、近くに大きなゴールデンレトリーバーを連れた高身長のイケメン男が近くにやってきた。

 ハーフで中性的な顔立ちをしており、爽やかな印象があるがどこかいけ好かないやつである。

 飼い犬のゴールデンレトリーバーはぬおっと俺に近づいてきた。

「お前、見かけない顔だな? お前、名前は?」

 ゴールデンレトリーバーが俺に話しかけてきた。この状態であれば普通に犬と会話することができる。

「俺の名前はカケルだ。よろしくな」

 ゴールデンレトリーバーには本名の方を名乗った。犬に本名がバレても特に問題ないだろう。

「ふーん、カケルね。随分、人間っぽい名前だな。俺の名前はジョンだ。よろしくな。この辺よく散歩に来るんだ。分からないことがあったら何でも訊いてくれ」

 愛想よくジョンが自己紹介をしてくれた。

「そうか。ありがとう。助かるよ。早速、聞きたいことがあるんだけどいいか?」

 俺はジョンに多恵の飼い犬について訊いてみることにした。

「なんだ?」

「その、良くここに散歩に来ていた、フクってやつ知らないか? 種類はローシェンなんだが」

 するとジョンは顔をしかめ、考え込んだ。

「ああ、そういえばいたな。そんなやつ。確か、太いおばさんと一緒に散歩によく来てたのを俺も何回か見てるよ。あんまり話したことはないけど。そいつがどうかしたのか?」

「最近、フクが家出したらしくてな。どこにいるか知らないか?」

「悪い。さっぱりだ。しかし、お前、フクとはどんな関係なんだ?」

「まぁ......ちょっとした知り合いだ」

適当にジョンの質問に誤魔化して答えた。

「ふーん......」

 ジョンは俺のことを疑ったような目で見つめた。やばい、怪しまれただろうか。

「お嬢さん、名前はなんていうんですか?」

「えっと、その......伊藤栞菜って言います」

「そうですか! 素敵な名前ですね。僕は五十嵐誠いがらしまことと言います。どうぞよろしく」

「は、はい......」

 俺は麻里奈の方を見ると、イケメン男は麻里奈のことを口説いていた。

「あーあ、誠のやつまた始まったよ」

 ジョンは呆れたような顔をした。ジョンは脚を折りたみ、ペタッと地面に座り込んだ。

「いつもこうなのか?」

「ああ。誠のやつ、美人に弱いからな」

「ふーん......」

 俺は誠と麻里奈のやり取りを眺めた。誠はひたすら麻里奈に笑顔を振り撒き、愛想よく接している。

 こう見ると、爽やかな対応にも見えるがどうにもいけ好かない。下心丸見えじゃないか?

「うちの犬は見ての通りのゴールデンリトリーバーなんですよ。三年くらい前から飼い始めましてね。とってもいい子なんです。栞菜さんが飼っているこのワンちゃんの名前はなんというんですか?」

 誠は麻里奈に俺の名前を尋ねた。麻里奈はこういう場面を想定していなかったのか、困ったような顔をしている。

 ムクでもポチでもタマでも何でもいいから適当にでっちあげるんだ。麻里奈よ。

「えーと......フ、フウマって言います!」

 苗字で通したか。まぁ、悪くない名前じゃないだろうか。

 説明しておくと、普通の犬は人間の言葉は理解できない。そのため、俺がジョンにさっき語った名前と麻里奈が即席で作り上げた名前が違うが、ジョンには全く怪しまれなかった。

「へー、フウマですか。かっこいい名前ですね!」

「そ、そうでしょう!」

 麻里奈は冷や汗をかきながらも何とか乗り切った。

「ここで会えたのも何かの縁です。どうでしょう栞菜さん、一緒に犬の散歩しませんか?」

 誠がそんな提案をしてきた。冗談じゃない。任務が遂行できなくなる。せっかく犬に化けたのに。

「ごめんなさい。ちょっと用事があって......」

 麻里奈は申し訳なさそうに誠の申し出を断った。

 こいつ、告白を断ったときはあっさりと断ったのに何でこの男の申し出は申し訳なさそうに断ったんだ? 顔が良いからか?

「そうですか。それは仕方ありませんね。では良かったら連絡先でも交換しませんか?」

 すると今度は麻里奈とに対して連絡先交換しないかと提案してきた。全く、こいつは......

「すみません、今スマホ忘れまして」

 麻里奈は見事にデマをでっち上げ、連絡先を交換するのを断った。いいぞ麻里奈。そう感心したと同時にこんなに華麗に躱せるなんて女って少し怖いと感じた。

「そうか、それは仕方ありませんね。それじゃあ、またいつか会ったらお願いします」

「はい」

 ねぇよ、そんな機会。俺は心の中で悪態ついた。


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