ローシェン
昨日、メールを読んでからこの犬の種類について少し調べた。
ローシェン——ドイツ語で「小さなライオン」を意味する小型の犬種で臀部、前後の足、しっぽの根元の被毛をそる「ライオンカット」を特徴としている。原産地は時折論争の的となるが、現在はフランス原産ということで落ち着いている。
「それで、一ヶ月くらい前から家出しちゃってね。探偵さんにもお願いして二週間探してもらったんだけど、見つからなかったのよね。忍者さん、お願い! フクくんを見つけて!」
多恵はお祈りするポーズを取り、俺たちにお願いした。
「ええ。最善は尽くすつもりですが......言いにくいのですが、フクくんはもう亡くなってる可能性もあります」
言い出すか少し迷ったが、そこははっきりと伝えることにした。
多恵は少し目を瞑った後、目を開き、覚悟を決めたかのような表情を見せた。
「ええ、その時は諦めます。ただ、その場合、お願いしたいのが、もし亡くなっていたら遺体を見つけて欲しいの」
「遺体を......ですか?」
少々、驚いて俺は多恵に聞き返した。
「ええ。もし亡くなっててもちゃんとお墓に入れてあげようと思っててね。お願いしていいかしら? もちろん報酬は普通に払うから」
「ええ、もちろんですとも。必ず見つけだして見せます! ね? おにい......哲也!」
俺が答える前に麻里奈が任せておけと言わんばかりに宣言した。
「まぁ! なんて頼りになるのかしら! 素敵な彼女さんね!」
多恵が微笑み、麻里奈を俺の彼女と勘違いした。
すると、麻里奈の顔がみるみるうちに赤くなった。
「ち、違いますよ! ただの仕事仲間です」
ちなみに俺たちは素性を隠すために一応、兄妹であることも伏せておくことにしていた。
「すみません、少し脱線してしまいましたが、フクくんですが、家出した場所について心当たりはないですか? 散歩に行く場所とか」
多恵はうーんと顎に手を当て、考え込んだのち口を開いた。
「よく散歩中に公園に行くんだけど、そこはもう私が隈なく探したし、探偵に頼んだ時もフクくんが他に行きそうな場所を重点的に探してもらったんだけど見つからなかったのよえぇ」
散歩に行く場所でも見つからないとなると、どこか遠くに逃げてしまったのかもしれない。
結構、見つけるのは大変かもしれない。
「そうですか。ところでフクくんが逃げた原因は何だったんでしょうか? 放し飼いにしていたんでしょうか?」
首輪がついているかどうか確かめておきたいという考えで訊いたのだが、どういうわけか、多恵さんはギョッとした表情を見せた。
「い、いえ。フクくんには家の中に住んでもらってるわ。可愛いうちの家族だしね」
「それでは首輪がついていない状態で逃げ出したと?」
「ええ」
多恵さんが頷いた。そもそもローシェンという珍しい犬はこの辺にそうそういないだろうからすぐに見分けはつくとは思うが。
「逃げた日のことなんだけど、本当に不思議なのよね。散歩に行こうと思ってフクくんを呼ぼうとしたんだけど、どこを探しても見つからなくって。窓やドアも空いてなかったし。どうやって家から出たのかしら」
多恵の話によるとフクくんは自力で家から脱出したらしい。非常に賢い犬である。
「一応、確認ですが家にいるということはないですよね?」
「ええ、もちろん。私だけでなく使用人にも探してもらって、至る所を探し回ったけど見つからなかったわ。絶対に外に逃げちゃったのよ」
多恵は『絶対に』という言葉を強調した。この言いぶりからすると、家の中を探し回ったというのは本当だろう。
「そうですか。分かりました。捜索してみます。何かあったら連絡しますね」
「どうぞ、よろしくお願いします」
多恵は深々と頭を下げた。百万支払ってでもフクくんを見つけようとしているくらいだ。さぞや可愛がっていたのだろう。
その後、俺と麻里奈はもう少しフクくんに関する情報を多恵から聞き、喫茶店でコーヒーを飲んだ後、店を出た。
俺はスマホの地図アプリを使用し、ある場所へと向かった。
「お兄ちゃん、どこに行くの?」
麻里奈はグイッと顔を近づけ、俺のスマホの画面を覗き込んだ。
「いつも散歩で行っていたという公園だ。何か手がかりがあるかもしれないからな」
「そっか。それじゃ、早速行こう!」
電車を乗り継ぎ、駒入駅を降りること徒歩七分、六義園にたどり着いた。
「結構、人多いね」
あたりを見渡すと、観光客と思われる人たちが公園に訪れていた。
外国人の観光客もいれば、ベンチに座ってイチャついているカップルもいる。
「そうだな。とりあえず、犬を探そう。麻里奈、例のもの持ってきたか?」
「もちろん!」
麻里奈は鞄から犬用リードを取り出した。犬に化けた後、リードを麻里奈につけてもらい、飼い犬を装う。
「それじゃ、ちょっとここで待っててくれ」
そう言い、トイレの裏に移動した。幸いにも辺りに人はいなかった。
「よし、ここでいいか」
精神を研ぎ澄ませ、目を閉じた。
「忍法、『変化の術』!」
ドロンと煙が上がり、俺の身体が縮小する。フサフサの茶色い毛が生え、俺は犬に変化した。
ちなみに俺が変化した犬の種類はダックスフンドである。胴長短足の姿が特徴的な日本でも見られる犬の品種である。
アナグマ猟のために改良され、その名前は「アナグマ犬」という意味である。
俺は走って麻里奈のところまで戻った。犬らしく「ワン、ワン」と吠えたりしてみる。
「あ、お兄ちゃんだ! おーい!」
麻里奈が手を振って、俺のことを呼んだ。あいつ、犬になった俺に対してお兄ちゃんとか呼んだら変な人だと思われるぞ。