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【7】

 ※当小説はフィクションであり、実在の人物・軍隊・国家とは一切関係ありません。

 一九三九年。

 忘れ去るには近く、記憶し続けるには遠すぎる過去。

 北欧のとある国。多くの死が付きまとう要塞、見張り台の上、ランプの明かりの下で激戦が繰り広げられていた。


「ワンペア! エースのワンペアだ! 勝っただろ!」

「悪いな。ストレート」

「降りていたが……俺のはツーペアだったな」


 負けが込んでいる男は、大きめの軍服とヒゲがどうにも似合っていなかった。

 馬皮の財布は大分軽くなっていたようだが、それでも男は賭けを続けた。

 何かに追われるように、酒に依存するように、トランプに依存していた。


「さっさと次のカードを配れよ! 次は俺が勝つ!」

「それを云うのは何度目だ? もう辞めとけよ」

「勝ち逃げは有っても負け逃げって言葉は無いだろ? 負けては終われないんだよ!」

「……平和だねえ、お前さんは」

「戦争中だけどな……この鳴いてる鳥、なんだろうな」

「知るかよ、この国の鳥の名前なんてよ! さっさと――!」


 そのとき、スポットライトのように三人を月光が照らした。

 淡いが、それでいてハッキリとした光。風向きが変わった。西風から南風へ。雲が散っていく。

 三人は、口を閉じていられなかった。静かな夜だったが口を閉じると鼻で呼吸をしてしまいそうで。


 刺激臭と云うにはほのかな淀み始めた死体の臭い。

 多数の死体は、三人のいる基地に彫り込まれたレリーフと同じ紋章を刺繍した軍服を身に纏っている。


 この基地は、半日前の塹壕(ざんごう)戦まで死体たちの基地だったのだ。

 塹壕戦はスコップは最も多くの人間を殺害した兵器である、という言い回しを作った戦術。

 第一次世界大戦頃から発達した戦術であり、互いに体を塹壕と呼ばれる堀に隠れ、モグラ叩きのように頭を出し、走ってきた相手を銃撃する。

 防衛側が完全に優位な戦術で有り、弾丸や兵糧が尽きない限り、攻撃側は中々突破できない。

 結果、突破側の決死隊が突撃し、それを銃撃、あるいは弾薬を節約したい防衛側が塹壕を作るときに掘ったスコップで反撃する、という鉄板の攻防戦が発生した。


 しかしながら、この日、トランプの男たちがその戦術を破り、奪い取った。

 男たちは第三(・・)()国軍(・・)の戦車部隊。蟻の巣に水を流し込むような簡素な、それでいて致命の攻め。銃撃を装甲で受け止め、砲撃で塹壕内に何発か撃ち込むことで破る。


 そうやって戦車で奪い取った拠点は、敵国の戦車が到着するまでそうそう破られず、配備されたとしてもその戦車は空爆によって挫くのが第三帝国流。

 それは第三帝国軍の必勝侵略手段。男たちはその見張りとして、来るわけもない敵襲に備えて見張りをし、ヒマつぶしにトランプをする……その、はずだった。




「……今、動かなかったか?」

「何が? だから、あの死体置き場……」

「お前、ポーカーに勝てないくらいでそんなウソを……」


 トランプが空中に舞った。それをシャッフルしていて指と一緒に。

 月光の中、状況を理解できないまま、大勝ちをしていた兵士は、次の一撃で首を刎ねられた。

 その一撃を放った男は、月光の中から現れたとしか思えないほど突然に見張り台の上に現れていた。


 男の簡素なマントから伸びた白い肌が妙に闇に映えていた。

 身体を震わせ、逃げ出すことも適わないまま、それが見張りの男たちの最後の光景だった。

 伸びた長い指が顔面に巻きつくように眼球を潰し、そのまま脳を頭蓋から叩きだす。

 塹壕は常に土壇場で墓穴になる危険が付きまとう。今回の第三帝国兵にとっても例外ではなかった。


「君たちに罪は無い。だが死ね」




 単純で短い時間の防衛戦が始まった。

 その白い怪人は、たったひとりで、武器らしいものも持たず、この基地に戦いを挑んだ。


 すぐに何台もの戦車がャタを剥ぎ取られ、装甲からは自らの搭載していた火薬が硝煙を上げることとなる。

 第三帝国軍の兵士たちは、セミオートの機関銃を振り絞った。


 星が瞬くように闇の中で火花が散る。去年(一九三八年)から採用されたM38(シュマイザー)短機関銃。

 第三帝国軍は、数日前に自分たちがされたように弾倉から次々と鉛の弾丸を吐き出したのだ。



「……まだ殺すべきヤツが居るのだな……」


 月の滴ったような月の下、男は魔女の使いとして戦いを続けていた。

 戦争という災害は、いかなる魔女の始めた魔術にも勝る殺戮を重ねる。

 及ばないながらも腕を振るう使い魔は、弱弱しくすら有った。


 怪人ことクリストフは、殺戮の最中で自分の数奇でいて呪われ、それでいて祝福されたように導かれた人生を思い返していた。

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