苦肉の策の末
尻餅をつきたい気分だった。
よかった、ちゃんと魔法がつかえた。
そんな俺の気持ちなんて誰も知ることはないのだろう。
「さすがです!ノラ様!」
フードの中に隠れているネズの賞賛の声が聞こえた。
勇者落ちくらい始末出来ねば魔王の名が廃る。魔力が有り余るほどあるが何せコントロールに自信がない。
久々につけてきたチョーカーの真ん中に埋められたルビーを手でなぞって安堵の息を再びついた。
レイナが力を貸してくれたのだろうか。
しかし拘束魔法を使用したのは苦肉の策だった。何せ解除方法を知らないのだから。
そこは王国軍が来てなんとかしてくれるだろう。
逡巡させる思考の中、俺の周りには次々と人々が集まってくる。
「勇者だ!」
そんな幼い子供の声を筆頭に。
「ありがとうございます!」
どこから老婆の声がした。
「俺のことはいい!怪我人の治療が先だ!重傷人がいたら連れてきてくれ!」
そうだ、先に怪我の手当だ。
何故魔王の俺がこんなことをしているのか自分ですらわからない。
どれほど街に被害が出たのだろうか。
何故俺はもっと早く気が付かなかったのだろうか。
一人の女性に気を捕らわれすぎてて、拗ねて寝ていたなんて口が裂けても言えない。
焼けたのは街の3分の1程度でまだ復興の目途がたち、魔王の領地となって出て行った空の家もたくさんあったことが幸いした。
食料も魔王城にはたんまりある。
焼けてしまった家や畑はしばらくはなんともできないだろうが、住んで暮らすことには苦労しないだろう。
勇者には軽症人を任せ、そのうちのヒーラーとともに俺は重症人の手当に明け暮れた。
そこでまた幸いしたのが2パーティーいた勇者どちらもが王国軍にも引けをとらないほどの正義感の持ち主であったことだ。
勇者の中には不純な動機で名をあげたがるものも多い。
今回の勇者たちがそのようなものではなくてよかったと心底思った。
漸く落ち着いた頃が、そしてヒーラーたちの魔力もつきかけたのが夕暮れである。
勇者たちが一息ついているところ俺は食料を調達すべくまず村長を探していた。
空間転移魔法は俺には難しすぎて扱え切れない。
馬車が必要だ。まず村長が無事であるならの話だが。
数人の人々に聞き渡り、村長が家のなくした者たちが集まっている場所にいると聞いて早速尋ねた。
おそらく村長自身の家は真っ先に狙われただろう。
もしかすると多くの使用人がなくなったのかもしれない。
少し広めの家に人々は縮こまるように身を寄せ合っていた。
もう夏がきているため寒いわけではないだろう。恐れか悲しみか。
「村長」
短く呼びかけると村長は開いているのかもわからない瞳をこちらへ向けた。
「馬車を3台。体力のあるものを2人貸してもらえますか?」
そしてなぜか体力があるものを集ったのにそのうちの一人にティーがきた。
「あの・・・女性には少し重いものを運ぶのであの~出来ればもう一人も勇者の方がいいんですが・・・」
2人のうち1人は1勇者の斧使い、1パーティーのリーダーらしい。
控え目にいったつもりが彼女の気に触れたのか、
「私、力には自信があるんです!」
などと言い張った。
この女性は頑固そうだ。ネズに手伝ってもらうしかない。
とりあえず馬車を城へと向かわせる。
ここで問題がある。
どうやって俺の正体を隠すかだ。
魔王とは古くからの友人なんですよぉ~
とでもいうか?
俺が魔王です!キリッ!
と言うと逆に信じてもらえなさそうだな。
逡巡したあげく出た言葉は。
「これから見たものは決して他言無用でお願いします」
と隠すのをあきらめた。