勇者落ち
そんな予想に反してティーは毎日のように魔王城へ挑戦しにくるようになった。
たしかに勇者の中には複数回やってくるものもいたがこんなに、まるで通うようにくる勇者(?)ははじめてのことだ。
あまりにも訪れることだから聞いてみてやった。
「勇者よ、我が恐ろしくないのか」と。
すると彼女はこう答えた。
「怖くなんかないわ、本当に怖いものを私は知ってるもの。それに・・・あなたは勇者を誰一人殺したことがないと聞いたわ」
そう答えた。
俺はすこし驚いた。
目の前の死の恐怖を超絶する恐怖とはいったいなんなのか、と。
そしてただむやみやたらに突っ走ってくるだけの女だと思っていれば、情報収集もしていたことに関心した。
そう俺は今まで勇者をたった一人として殺していない。否、’’殺せてない’’
自分でも知らずに短い嘆息が出た。
「虫けらに死の恵みを与えてやるほど我も暇ではない」
ただの言い訳だった。
しかしそんなこと悟られはしないだろう。
俺は羽織っていたマントを外して彼女の前へと放る。
何か攻撃がくると思ったのか身構える彼女に、俺は玉座へと戻り腰を下ろすと聞きやすいように声を張る。
「そのマントを持っていくがよい。我の魔力に満ちておる、高値で売れるだろう。
そして小娘よ、もう二度と我が城へ足を踏み入れるでない」
不本意だったが、殺気を乗せてそう言い放つ。
人間の、それも戦闘能力もない小娘一人が浴びるにはかなり堪えるだろう。
文句も否定も受け付けない。さっさとそのマントをもって立ち去れ。
その無言が届いたのか彼女は少しばかり呆然としてから逃げるように立ち去って行った。
それから。彼女が城へとやってくることも、俺が彼女の働く店へと赴くこともなくなった。
’’勇者落ち’’
誰もが知っているその言葉はかつて勇者だったものたちが反乱を企て、反社会的活動をするようになったものを言う。
中には勇者で戦績を収めたものも多く、政府としてはその混乱を収めきれないまま今に至っている。
静寂な漆黒を破って空が赤々と染まる。
煙がもくもくと立ち上がり、街は火の海に化そうとしていた。
それは街が寝静まった深夜。
こんな辺境の街に勇者落ちの軍勢が現れ、人々は狩られ、資産は奪われ、次々に火の手は広がっていった。
「こっち!早くこっちへ!」
罵声と悲鳴が行きかう中、よくとおる声が住民に呼びかける。
魔法を使えるものたちは沈下作業に手いっぱいで勇者落ちへ対抗するすべはなく、辺境へと赴いていた勇者の数も少ない。
ティーはどうにか火の手がまだきていない通路を渡って丘のほうへと逃げる道を探す。
そんな彼女は住人を逃がすことに必死で後ろの魔の手に気づかなかった。
突如襲い掛かった勇者落ちの手に髪を強く引っ張られ悲鳴をあげた。
「女子供は高く売れる!できるだけ生きて捕まえろよ野郎ども!他は殺していい!」
ナイフの切っ先のような乱暴な言葉が彼女の耳元で喚かれ、彼女は恐怖に足をすくませた。
途端の出来事である。
拘束がふわり、と解け後ろからドザっと重いものが倒れる音。
空からは雨が降り出し急速に火を沈下していく。
そして前にはフードを目深く被った見知った男。
「何やってる勇者ども!勇者落ちなんかにやられてんじゃねえ!さっさと後ろに下がって住民の救助、治療に専念しろ!こいつらは俺がなんとかする!」
唐突に表れた謎の男にそんなことを言われても普段ならば耳を貸さないだろう勇者たちも。相手の数と力にこの時ばかりは謎の男に頼るほかなかったのか。
あっさりと後方へと下がっていった。
リーダー格だったのだろうか。そんな男を一瞬で蹴散らされたことも未だ闇夜で知らない勇者落ちたちはこぞって謎の男へと一斉攻撃を始めた。
八方から攻撃が降りかかる。
「レイナ、少しだけ力を貸してくれ」
そう言って謎の男は首に手を当て「散!」と短く言い放つ。
するとなんということだろう、火が水が風が土が、向かっていたすべてのものが薙ぎ払われ跡形なく散っていき、前方から剣を構えてきていた者も後方へとぶっ飛んでいった。
『土よ、我の敵をからめとれ。頑固なる頑固なる結界となれ』
短く言い放つとみるみるうちに勇者おち一人ひとりの足から土の蔦のようなものが伸びていき拘束、そして繭のように彼らを拘束した。
はぁ、と重い溜息がつかれる。
雨は完全に火が沈下したころを見やるように晴れていき、次に顔を出したのは朝日だった。