おもかげ
金色と深紅の瞳が月の光を反射し妖艶に光る。
闇に溶ける漆黒の髪が揺らめく。
額から流れる汗をぺろりと舌で掬い、その息は少しばかり荒い。
ふっ、と口から漏れた息と刹那の瞑目。
そして、
「だああああああああああああ!!」
途端ノラはその場にしゃがみ込んだ。
「もうやだ・・・もうやだ・・・もうやだ・・・」
壊れたラジオのように繰り返し膝に顔をうずめた。
つまりどういうことかというと、勇者の召喚魔法で召喚された魔獣やドラゴンなどに散々追いかけ回されたあげく昼過ぎから日が落ちた今までずっと鬼ごっこをしていたということだ。
ようやく勇者が諦めた途端、〝魔王〟の化けの皮が剥がれ落ちる。
「普通に暮らしたい・・・」
そんな泣き言は森の闇に消えて、どこに隠れていたのかひょこりとネズが顔を出した。
「ノラさま、散々申し上げたように魔王の威厳を・・・」
「あんな数の魔獣相手に無理だろ!・・・にしてもあの幼女は可愛かったなぁ・・・
そこらへんのマセたガキじゃなくて幼さ残る姿・・・素晴らしい・・・!」
「ノラさま・・・」
勇者パーティーのうちに一人だけ幼女がいた。どうやらノラの好みだったようだ。
そんなノラに冷たい目線―――何度も言うがぬいぐるみだからそんな気がするだけだ、を浴びせたネズには気づかずようやく立ち上がったノラは辺りを見渡して一言。
「ここどこ」
自分の領地の癖にそれを把握していない彼は今度こそ本気で脱力しそうになったものの、西の方に明かりが見える。街の光だ。
足は自然とそちらへむいていた。
「いや、でも、うーん」
一人で西へ行っては戻り行っては戻りをしながらごちるとようやく「いくか」と観念したように街へと歩を進め始めた。
その日もまた店の客入りは上々で、今日は彼女が働いていた。
いらっしゃいませーという彼女の声は平均よりも少しばかり低めでよく通る声だった。
幾度か目があった気がしたがどうやら彼女は俺のことを覚えていないらしい。
あの日あれだけ酔っていたら無理もないかと思う反面少しばかり残念な気もした。
この店の出す酒も料理もうまい。
決して彼女目当てではなくあくまでも料理がうまいからだ。
そう言い聞かせて俺は週に2、3度通うようになっていた。
常連になるにつれ名前を覚えてもらい、彼女の名前も改めて聞いた。
「どうしてずっとフード被ってるんですか?」
唐突にそんな質問を投げかけられた。
その日は珍しく客も少なく退屈していたのだろうか。
さすがにフードをとるわけにはいかなかったが少しだけずらしてみて「俺、亜人種なんですよ」と答えた。
亜人種は少なくない。しかし身体能力、魔法能力も人間を遥かに上回る亜人種が人間に恐れられることは言うまでもない。
「なんだ!そんなことだったんですか?あ、そんなことって言ったら失礼かな・・・」
そんな彼女の反応に俺は少し拍子抜けし「いやいや」と一応フォローは答えたものの他に言葉が出てこなかった。
「私、亜人種の友達もいるし全然こわくないですよ!むしろその友達からは私の方がこわいって言われるくらいです」
まるで花が咲くように笑ったその顔はとてもあどけなくて成人女性のものだとは思えなかった。
同時にレイナとはやはり違うんだなと痛感させられる。
レイナはそんな風には笑うことはなかったからだ。
レイナの瞳は綺麗な金色色で、前の彼女の瞳は茶色い。
髪色も目の形も違う。
どうしてにていると思ったのだろうか。
レイナは死んだ。知っているのにこのポンコツな頭はそれを理解しようとしない。
そのせいかもしくは彼女自身にか俺は惹かれていった。
その店に通うことに理由をつける必要も無くなっていたのだ。