魔王と老爺
それが〝魔王〟の日常となった。
そうしていくうちに彼は『最恐最悪な魔王』から『討伐しに行く価値もない屑』にまで評判が転落したのはいうまでもない。
〝魔王〟を討伐して〝勇者〟が貰えるのは称号のみ。
しかも居城のある地域へ足を踏み入れるのには通行代がかかる。
その価値はない、と判断されてしまったようだ。
「もうやだ・・・もう勇者こないで・・・」
しかし称号目当ての〝勇者〟は我もと言わんばかりに訪れる。
玉座でうなだれた〝魔王〟の方にぴょんと乗る小動物がいた。
ツギハギだらけのねずみの人形だ。
「ノラ様は658戦中12勝です」
なんと喋るではないか。
〝魔王〟―――ノラはムッとして方に乗ったねずみーーー使い魔を放り投げる。
「聞いてねぇよ!」
「しかしノラ様。もう少し魔王の威厳を・・・」
「俺だってやりたくて魔王やってねぇもん!なんか〝勇者〟たちが勝手に魔王にしてその上ボコって行くんだもん!魔法なんて前まで使ったことなかったし!」
まるで駄々を捏ねる子供のように言い放ったノラは相変わらずムスッとして玉座で頬杖をついた。
しかしその瞳はみるみるうちに遠くを眺めて哀愁の色に変わってく。
「レイナが生きてればこんなことにはならなかったのかなぁ・・・」
「ノラ様・・・」
瞳は遠い記憶を追いかけ、ふと短い瞑目の末にカッと見開かれた。
「あー!もう!今日は魔王業終わり!城下いくぞ!いつもの用意しろネズ!」
勢いよく立ち上がってのらは森を抜けた先に広がる街を見た。
煉瓦で統一された街並みには夕焼けがよく映える。
森を抜け街へと〝徒歩〟でやってきたのらとねずがついた頃にはもう夕陽は沈み切る寸前であった。
「ノラ様〜そろそろ車買いましょーよー」
相変わらずのらの肩に乗っているネズは心なしかむすっとしたようなーーー人形なので表情は読めないが、声色でいった。
「ネズは俺の肩に乗ってるだけだろ・・・それにいーの!俺普段引きこもりだし!」
街には今が帰路なのだろう男性や学生の姿が見える。
亜人種は珍しくないが2つ角の生えた鬼のような姿は珍しい。
故にノラは深くフードを被っていたため誰も彼のことを魔王などとは思わないだろう。
彼らがまず向かった先は街を見渡せる位置に一番立派に鎮座する屋敷。
この街の長の家であった。
二、三度のノックのあともうお迎えは遠くないだろう老爺が現れる。
「これはこれは魔王様」
杖を二、三度タンタンと叩き、もう見え出るのかもわからない瞳には少し歓喜が映ったように見える。
「ほら爺さん。いつもの」
そう言ってネズは人形は到底持ち運べないだろう金貨袋を口の中から取り出した。
「いつもすまんのぅ、魔王様のおかげで街は随分と潤って感謝のしようがない」
「いいんよ爺さん」
この街は世界から見放された街だ。
魔王が突如現れその領地にあった街は国から見放され、なんの援助も受けることが出来ず観光客すら勇者を除いてこなくなり街は枯れて行くばかりであった。
それを知った魔王ノラは魔王に挑みに来る勇者から巻き上げた〝通行料〟をこうして街に寄付することにしたのだ。
「見放される辛さと寒さはよく知ってるからな・・・」
ボソリと呟いたノラに老爺は小首を傾げ「どうかしましたかの?」と尋ねる。
「いんや!じゃあまたくるわ!それまでくたばるなよ爺さん」