その気持ちは
第2章
赤いベルベットの絨毯の先にはいろんな宝玉で彩られた大きな玉座がある。
いったいどんな人物がこの古城の主なのか。
それは世界に悪名を届かせる’’魔王’’のものだ。
世界各地から今日も魔王を討伐せんと’’勇者’’がやってくる。
その街は見捨てられていた。
世界にも国にも、理由は魔王の領地内にあるからだ。
その魔王の領地に踏み入れる勇者には莫大な通行料が課される。
まさかの通行料が国が見捨てた街に魔王が寄付してるだなんていったいどこのだれか思っただろうか。
「今日こそ負けてもらうわ!」
果敢な女性の声がベルベットの絨毯が広がる魔王城の謁見の間に響き渡る。
一方魔王は今しがた、謁見の魔の奥にある寝室から出てきたばかりなのか大きなあくびを一つして玉座へと座り、頬杖をついた。
「あのさぁ、いつまでこれやんの?」
まったくやる気が見受けられない魔王の言葉であるがそれもそうのはずである。
魔王に毎日のように挑んでくる女性---ティーはボロボロの鎧をまとい扱い切れぬ古びた剣という装備で戦闘能力も魔法の才能も一切ない。そして勇者ですらない。
この見捨てられた地でなければ勇者を語ることも許されないただの女性だ。
「私があなたを倒すまでよ!」
「天地がひっくり返ってもむりだわ」
魔王は大きなため息を吐き出す。
「ところで朝飯にするけど食う?」
大きなあくびを一つ。魔王はまだ覚め切らない金色と深紅の相貌をこすりながら問いかけた。
「食べます!」
「あなた俺討伐より最近飯食いにきてるでしょ」
魔王の領地にある昔は栄えた街。
そこの個人居酒屋で働くティーはひょんなきっかけで全身フード男ーノラの正体が魔王であることを知る。
そしてこうやって毎日魔王討伐に勤しんでいるのだが、最近は専ら朝ごはんを頂戴しに来ているようにも思える。
謁見の間にいつの間にか用意された豪華な食卓で豪華な朝ごはんを平らげたティーはふぅ、と満足の息を一つついた。
「本日もご満足頂けたようでなによりです!」
どこから現れたのか、ツギハギだかけのネズミの人形が食卓をぴょんぴょんと飛び回りティーの前にてお辞儀を一つする。
ネズミの人形ーネズはノラの使い魔である。
どうやらこの料理はネズが用意していたらしい。こんな小さな人形が一体どうやって用意したのか・・・不思議だが魔法があるこの世では不思議が現実と化すのだろう。
「いやぁ今日の料理もおいしかったありがとねネズ」
「ノラ様に褒めていただけるなぞ光栄の極み!」
そして相変わらずテンションも高いネズミの人形。
満足のひと時と沈黙。
それを破ったのはティーだった。
「そうそう言い忘れてたんだけど」
「ん」
「私、来週にはこの街を発つわ」
その言葉を同時に唐突にノラに向かい古びた剣が振り下ろされる。が。ノラはまるで雑草をつまむように剣の腹を人差し指と親指でつまんだ。
「は?」
不意打ちにも関わらずいとも簡単に防がれた攻撃に「ぐぬぬ」とティーは全力を投球するも剣はびくともしない。
「だから私に・・・負けなさい・・・!」
「いやいや来週には発つってどゆこと?」
そんなことよりノラはそちらのほうが気になったようだ。
「負けたら教えてあげるわ!」
「きゃーーっか」
そのままノラは剣を奪い取り、自分の座る上座の隣床に深々を突き刺し、それを見たティーは唖然としたあと途方に暮れる。
深い深い嘆息のあと仕方なしに席に戻った彼女は「実家に」と続けた。
「帰るの。もう私が出稼ぎする必要もなくなったしそろそろ私も身を固めないと」
それを聞いたノラは何を返すわけでもなく、コーヒーカップを手に持ち。1度。2度。3度と飲んだあと「帰るのか」とつぶやき。
「帰る!?!?!?」
ようやく言葉の意味を飲み込んだように立ち上がった。
「どうして!?」
「いやだから出稼ぎする必要が」
「なんで!?」
「人の話をきき・・・」
「ええええ」
「人の話を聞けや」
途端どす声を出したティーにハッと正気に戻ったノラはすとんと椅子に腰を下ろす。
下ろすというよりも全身の力が抜けたようにも見えた。
ノラは名目と瞬きを繰り返し「帰っちゃうのか」
ぽつりとつぶやく。
「私が帰ってもなーにも変わらないだろうけど」
ティーはノラが先ほど手にもったのと同じきれいな装飾のコーヒーカップのコーヒーを飲み干しいうが、そのあと紡がれたのは沈黙であった。
「なに?寂しいんですかー?魔王様ー」
煽るようなティーの声色にノラは咄嗟に「んなわけ!」と返す。
「素直じゃございませんのぅノラ様」
ぷぷぷと続きそうな調子でいったネズに間髪入れずに鉄拳が飛ぶ。
「おらおら飯くったらさっさと帰れ!」
顔を引きつらせながらノラは猫でも払うかのように彼女に手を振った。
帰る、か。
勇者がこなければ何をするでもない。
寝室であおむけになっていつものように天井を眺めているノラは口の中でつぶやいた。
どうして帰るといったとき俺は残念に思ったのだろう。
一瞬事態が呑み込めず、毎日のように駆け込んでくるただの女性に迷惑していたはずなのに、どうしてこれがいつまでも続くと思っていたのだろう。
ぼんやりとそんなことを思いながらノラは腕で目を隠す。
眠ってしまいたい。
しかしいつも過眠といっていいほど惰眠をむさぼるノラは肝心な時に眠れないのである。
「ネズ」
この感情は一体なんなんだろう。
この小さな人形以外彼の便りどころはなかった。
「俺はどうしてティーが帰ると聞いて狼狽えたんだろ」
力なさげな声にネズはふむ、とワイヤーでできた髭を整える。
「私には理解できない感情でございますが」と前置きして。
「それは恋というものではないでしょうかノラ様」
恋。
その単語を聞いてノラは怪訝そうな表情でネズをにらむ。
「恋?」
「さようでございますノラ様」
「俺の知ってる・・・いやうーん。実際恋なんてしたことないけど、レイナに対する気持ちとは違うぞネズ」
レイナへの感情とティーへの感情は似てはいるものの根本が違う気がする。
それはノラにでもわかった。
「そうですね。私めの愚鈍な考えでは・・・レイナ様へのノラ様の感情は愛であり、ティー様での勘定が恋、というところでしょうか」
「恋・・・恋なぁ。こんなにも落ち着かんものなのか。恋ってやつは」
ノラは深いため息を1,2度吐き出し、そのたびに胸のもやもやが募る気がした。
そして腕で遮っていた視界を取り戻し。
「俺は・・・」
2章です。