その男、魔王
風に木々がざわめく。
鬱蒼とした森を抜ければそこには湖に囲まれた大きな古城がある。
陽の光もそれを避けるように闇に包まれ、背筋に怖気の走るような冷たい風が吹くそこを人々は
「魔王の居城」
「一度足を踏み入れると生きては帰れぬ蟻地獄」
と呼んだ。
『終焉の彼方より来りし絶対零度の風よ。彼のものに永遠の終息を』
若い。
そんな少年少女たちは今まさに〝勇者〟となるべく蟻地獄の最奥、魔王の懐へといた。
一人の少年が輝く魔法陣を展開して唱える。
「凍えて消えろ!まおおぉぉおお!!!」
刹那、どこからともなく現れた氷塊がみるみるうちに〝魔王〟を包み込む。
少しばかり目を見開いた〝魔王〟は、
「な、なんだと・・・体がうごか・・・」と狼狽の声を漏らす。
どんどん氷に蝕まれる体は震える。それは恐怖のためかそれとも。
勝利を確信した〝勇者〟たちの瞳には希望の色かわいい満ちた。
刹那。
「ふーーーはっはっはっはっ」
〝魔王〟の高笑いが居城中に響いた。
「思ったよりやるな赤子のような小僧ども」
ニヤリ、と口の端を釣り上げ、金色と深紅のオッドアイを細めて笑う〝魔王〟に〝勇者〟はじりっと一歩退き慄いた。
「ならば我も本気を出そうとしよう」
その双眸がカッと見開かれ『獄炎よ我に従え』と短く唱えられる。
するとみるみるうちに氷塊は溶けていき、そして・・・
「あっつ!あっつい!!!なにこれ!消えないんだけど!!」
〝魔王〟が燃えた。
一瞬唖然となった〝勇者〟の一人の少年が、今が勝機と言わんばかりに大きな剣を掲げて突撃せんとするが、
「待て!罠かもしれない!近寄るのは危険だ!」と叫ぶ。
剣を掲げた少年に静止を促した彼はすぐに呪文を唱える。
『大いなる風よ、烈風の刃よ。彼のものを切り刻め』
風の刃が荒れ狂うように〝魔王〟へと襲いかかる。
漸く鎮火したらしい〝魔王〟はその刃に眉をひそめながらも笑みを浮かべ失笑した。
『母なる大地よ、我を守れ』
四方から荒れ狂う風の刃を〝魔王〟を鎌倉のように包み込んだ土の壁に呆気なく散ってゆく。
「くそっ、こうなったら全員で奥の手だ!」
リーダー格の〝勇者〟が叫ぶ。
一方〝魔王〟は。
「あれ、これどうやって出んの?え、ちょっとまって!お願い!タイム!!」
その後、居城には〝魔王〟の悲鳴が響き渡ったという。