第六話 日常が変わる一日(Ⅴ)。
妙に古い木造の廊下――。
俺が今持っているような重い荷物を運びながら歩いていると、時折ギッ……と音がするくらいの年季の入った廊下である。
結局、先輩に捕まり、俺は先輩の持っていた二つの内の――妙に重たい段ボール箱を一つ持ちながら、十八年前に改築されて以来、ほとんど使われなくなった旧校舎内の廊下を先輩と二人で歩いていた。
先輩の持っていた二つの段ボール箱を――俺達が所属しているとある部活の部室へと運ぶためである。
「……そう言えば、神楽坂先輩」
「……ん、なにかな? 後輩君」
そう俺がふと問いかけると、そのとある部活の発足者であり部長である神楽坂先輩が、頭に生やした一本のアホ毛を揺らしながら俺の方に顔を向けた。
「結局、俺達は何を運んでるんですか?」
俺は、もっともな疑問を口にした―――。
――神楽坂先輩。
俺が初めて高校に入ってから見下ろした、俺より背が低い、俺より背が低い(大事なことだから二回言った)先輩である。
「……聞こえてるよ?」
「いや、エスパーですか先輩……」
「相手の顔を見て何を考えているのかを察するのは、元剣道部員のたしなみだよ」
断じて、それはたしなみではではありません、先輩。
……今、先輩が直々に言った通りであるが、神楽坂先輩は雷下学園の元剣道部員だったのである。 つまり、『スポーツクラス』で雷下学園に入学した人だ。
入学前の中学生時代はその背が低いゆえに生まれるリーチ差によるハンデをものともせず、圧倒的な強さで全国大会の優勝を総なめにしてきた実は凄い人なのである。
(そんな先輩が数多から来るスカウトの中で、雷下学園を選んだ理由は「家に近いから」というしょうもない理由であった……)
そのような雷下学園の『スポーツクラス』の中であっても飛びぬけていた実績に加え、先輩の周囲に漂うミステリアスな雰囲気は周りの人を遠ざけていき、入学当初は自然と孤高の存在になっていったそうだ。
周りの人との関係が作れなかった――つまり孤独になってしまっていた先輩は、その寂しさを紛らわすためにさらに剣道に打ち込んだそうだ。
先輩は俗に言う――本物の“天才”であった。
先輩が剣道に打ち込めば打ち込むほど、急激に成長していき――全国大会で四冠をも達成したそうである。
しかし、そんな先輩は、高校一年の最後に開催された、五冠目をかけた全国大会の決勝前日――とある小学生をかばって交通事故にあったそうだ。
幸い命に別条はなかったが、二度と竹刀を振ることが出来なくなるような身体になってしまったそうである。
そのまま先輩は、――高校二年生になった。
俺と先輩が会うことになったのは、それからすぐの事である――。
生きる価値がなくなってしまった、と少なくとも先輩自身がそう思い、雰囲気が暗くなってしまいながらも、まだ剣道の道を進むことを諦めきれなかった先輩がランニング用の服に着替えて学園のベンチに座っていた時の事。
入学してから間もなく、学園の詳しい事情など全く知らなかった俺がその様子を見かけ――
『迷子かな? ……家の人はちゃんと来るの?』
――そう言って、バカだった頃の俺は先輩に話しかけてしまったのである。
その日は偶然にも、中学生の学校見学会だった日であった。
放課後に、――つまり中学生が全員帰ったであろう時間に、こういってしまうのは何だが俺よりも見た目が幼い先輩が、暗い様子でベンチに座っているのを見かけたのである。
高校生になりたてで、これで大人の仲間入りだ! とほくほくしていた俺が、その暗い様子でベンチに座っている中学生(と思っていた先輩)に、お兄さん面をしたくなったのは仕方のないことだろう……。
「あの時の事はさすがの僕も驚いたね。 そもそもそんな深刻な状況を抱えていた僕に、あろうことか迷子? だなんて聞いてくる後輩がいたなんて」
「……あの、だからエスパーなんですか? 先輩。 なんで今説明している所がピンポイントに分かるんですか……。
あと、説明している時に割り込まないでください」
「すまないね」
そのあと、色々とひと悶着はあったが、それはまたの機会に語ることとしよう……――。
俺は、そんな先輩の状況をなんだかんだ知った後で、先輩に“生きる価値”とやらを感じてもらうために、次の事を提案したのである――。
――先輩。 新しい部活を作りましょう。
……それで出来たのが現在、俺と先輩が入っている『とある部活』というものである。
突如部活を作るなんて言い出したので当然すんなりとはいかなかったが、先輩の事情を知っている先生方に、部室を旧校舎にするのと部費は出せないとの条件の上で、無理をしてもらって作ることが出来たのである。
……ところで、そのとある部活とやらの部員は、部活を発足する為に神楽坂先輩の妹さんにも人数合わせのために名前を貸してもらってはいるが、事実上は俺と先輩しかいないのである。
俺は、そんな状況で新たに部室にこんなに重たい道具を運び入れる理由が分からなかったのである。
「―――ああ、状況説明とやらは終わったのかい?」
「……どうしたんですか? 先輩」
そんなものは知りません。
「まあいいや、……これだよ」
先輩が開いた段ボールの中を覗き込み、“これ”とやらを見た後に、俺はさらに疑問を深めることとなった。
「……先輩、この部活に新しい部員でも入るって言うんですか?」
そう問いかけると、先輩はアホ毛をゆらゆらさせながらコクンと一つ、首を縦に振った。
「明日には来ると思うよ、新入部員」
「…………ソースは?」
「僕の勘だ」
……気のせいだ、とは言いきれない。
今まで、ごくごくたまに閃くというこの先輩の勘は、ただ一度も外れたことがなかったのだ。 そのことは、この半年間ずっと同じ部活に通っていたという俺の経験を通しての事である。
今回でその記録が途絶えてしまうのか、――はたまた、当たってしまうのかはその時の俺は分からなかった。
……ただ一つ言えたことは、この先輩が勘をはずすというイメージが、俺の中では全く浮かばなかったということである――。
部室に段ボール箱を置いた後で、先輩と別れ、俺はやっとのことで自分の教室の前へ来た。
……なぜだろう、この教室に入るためにとても時間がかかったような気がするのだが……。
気のせいだと思い、俺はガララと横開きである扉をあけ、教室に入る。
そこには、――いつもは、二便のバスを使用しており、いまだかつてこんなに早い時間に教室にいたことのなかった友人が、俺の席に座り本を読んでいた。
「よう、優斗」
「ああ、はよう。 ……一樹」
俺は意味深に笑う友人の顔を見ながら、何故かいやな予感を感じつつも、いつものトーンで挨拶を返した――。
申し訳ありません……。
説明まで行く前に力尽きてしまいました……。
次話でプロローグにつながると思うので、お付き合いを下さい(土下座)
あと、感想の返信が止まっていると思いますが、『日常が変わる一日』を書きあげたら早急に返していきたいと思います。
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(……え? ばっちゃんはどうした、だって?
ああ……、昼寝してただけだよ)




