向日葵と架空世界
僕が整列したタイミングで、ステージに校長先生が登壇した。
「えー、おはよう、今朝の始業式後、すぐ集まって頂いて有難う。」
校長は慣れた口調と堂々とした態度で喋り始めた。
恐らく次に、真島のことについて校長直々に話し始めるだろう。
救急車と真島の関連を口で説明して、生徒達の野次馬精神を収め、そこから犯人探しの手順を踏んでくれる。
僕の流れでは一連の流れが出来上がっていた。
「呼び出した理由だが...、まあ、私が話すより...。」
その件は校長に任せておいて、だ。
〝あの子がまさか同じクラスの子だったとは〟
このフレーズが、何度も脳内を巡っている。
彼女を写真越しにみたことで、三次元もまだまだ捨てたものじゃないなと食わず嫌いの部分が解かれた上に、それが手の届く距離に居るわけだ。
しかしまあ、その彼女が僕のところに転がり込んでくる展開なぞ有り得る訳無く、日常が微塵でもリア充に近付くかと言えば全く違う。
恰好悪く、ゲームオタクな僕が、更に言えばどん底レベルのコミュ障を患った僕なんかは、あの子の友達になれないだろう。
恒例のネガティブワールドは、考えれば考えれるほど現実を恐れ、どん底へと沈んでいく。
周囲に大量の生徒がいる中だからこそ、尚更孤独であることが浮き出て寂しくなる。
「こんにちは。」
ふと耳を突いた、聞き覚えのない声が僕を孤独な世界から現実に戻した。
校長先生が話していたはずの演台前には、見知らぬ白髪の男が居た。
「直原高校の皆さん、わざわざ集まって頂いて有難う。」
男が何者なのか判らないが、場慣れしているようで、僕達をゆったり見渡した後落ち着いた口調で挨拶を続ける。
もしや、この男が真島を殴った犯人?
開き直った勢いで、ここまで堂々としていられるのだろうか。
冗談にしてもきつい展開の妄想を他所に、数秒の黙りの末、ポケットに手を突っ込みガサゴソと動かした。
「皆さんの年代にもなれば、スマートフォン等の携帯端末機を所持しておられるでしょう。」
淡々とした挨拶から、演題の手前へと歩み出てきた男は、話題にしたスマートフォンらしき自身の携帯を高々天に突き出した。
「皆さんのスマートフォンと、私のこのスマートフォンは少し作りが違います。」
某携帯会社の新作発表よろしい振る舞いからそう切り出す男。
僕を含めて全生徒が固唾を飲んで男の動向を見守る。
注目の期待に応えようとしてるのか、男はステージ上でゆっくり仰向けに横たわると、胸に携帯を置き、そのまま完全に静止した。
男が一切の挙動を止めると、館内は重い静寂に包まれた。
この男は何がしたいんだ?
大半の生徒、並びに教員がそう思うであろう。
数秒の静寂、その時、男の頭上から身体を沿って眩い光が身体を覆ったかと思うと、あろうことかそのまま宙に身体が舞った。
館内を包んだ静寂が、針で刺して割られたかのように生徒達の悲鳴に近い驚愕の声がどっと湧いた。
男が宙に浮いた、と書けば一流マジシャンでもなければ大概の人間は驚くに決まっている。
様々な声色が館内飛び交う中、それを上から押しつぶすメカニカルな声が館内を駆けた。
「WELCOME to PhantomWorld」
「皆さんお静かに、...でも驚くのは無理がありませんね。
人が宙に浮くなんて、常識では考えられませんから。」
ステージから身を引き気味な生徒一同に、男は安心する様言葉を投げ掛ける。
「皆さんの耳元にも届いたかと思われますが...、私は今、〝リアルファントム〟の世界に入りました。」
さも当然の如く、そして相変わらずのマイペースで説明を続ける男。
只の妄想であれば痛い論理をこじらせた中年男なのだが、現として空中に舞う様子には否が応にも説得力を感じさせられる。
「高校、青春、それを謳歌する皆さんにも、私が作り出したこの世界を堪能して頂きたく、今日この日に訪れた次第です。
先程口にしました、その名も...、〝リアルファントム〟の世界に。」
次に男は、〝自分が作った〟リアルファントムに招待すると言った。
アニメで見た無理矢理な展開がそこにはあった。
完全においてけぼりを食らった僕達は、ただ口をあんぐりとさせて見つめるだけだった。