向日葵と陰
置時計のけたたましいアラームによって起床した。
円卓の時計に手を伸ばして止ませ、軽く背伸びをして時間を確認する。
午前十時半。
本日は九月一日、二学期は今日から始まっている。
始業式も終え、各々教室で夏休みの課題回収を行っている頃。
完全に遅刻しているが、どうせ僕の事なんて誰も気が付かない。
それに、この遅刻自体は算段の上の遅刻だ。
学校に行く時間を遅らせると同時に、課題に集中がしやすい午前中の時間帯を避ける目的がある。
前夜午前2時を回った頃、真島たちとプレイしていたゲームを、二人が帰った後もぶっ通して行っていた。
今日まで足繁く訪れていたゲームの世界、マイホームが明日から遠のいてしまう。
代わりに待っているのは、現実世界の学校という戦場、孤独な戦いが始まる。
地獄しかない現実を前に、最後の最後まで、睡眠時間を削ってでもゲームの世界を堪能する時間に換算して、その分昼前まで眠って学校へ行く。
至極当然の抗いだ、悪いものが居るとすれば、それは現実が悪い。
それでも、重い体を起こして仕方無しに登校準備。
高校生としては軽装のショルダーバッグひとつを携え、携帯電話をポケットにしまおうとした時、円卓にある物を見つけた。
分厚い辞書のようなアルバム、真島の忘れ物だ。
あれほど大事そうに小脇に抱えていたものを忘れていくとは。
昨日の帰り際、僕と同じく学校という億劫にやられたか。
既に図って遅刻をしているし、ここは戦場を前に士気を高めていくか。
ペラペラとページを捲っていく。
しかしこう見ると、盗撮とは思えないほどくっきりとした、ブレのない写真が並べられているものだ。
どのページの女性も、肌ツヤが手に取るよに映えてよく見える。
最後のページ、真島のお墨付きの一枚の写真、そこに写る女性。
現実の女性の割に、整った顔立ちが特徴。
二次は顔、三次は身体という僕の提唱が崩壊しそうだ。
この写真だけこっそりと頂いて、時折嗜みたいものだが、真島が自分のコレクションを把握していないはずがない。
今しがた嗜んだ事だし、バレては面倒だが真島に届けるためにバッグに入れて行こう。
九月だというのにも関わらず、日差しは今も鬱陶しい。
出鼻から最悪のコンディションで学校へ行くことになるのか。
唯でさえ現実に苛まされているのに、環境さえも僕を攻撃する。
昼前の屋外、住宅の塀が連なる一本道を歩いている人は少ない。
炎天下と見紛う気温の中、徒歩でゆっくり学校へ向かう。
コンクリートの排水溝に見つけた陰で涼をとる猫が羨ましい。
いや、もう本当に、何がしたくて学校へ行くのか分からない。
僕は何を目的に、戦場へ向かうのだろう。
いっそ死んでしまえば、二次元に行けるのかもしれない。
...勿論、その勇気があるのだとすれば、当たって砕けろ精神で好きな女子を呼び出して告白のひとつやふたつ、行動に移している。
尤も、惚れた女は二次の世界に居るわけだが。
ああだこうだと考えている内に、戦場へ着いた。
ここで、校門から入るのは自殺行為だ。
戦場であるが故、迂闊な言動が死に繋がる。
僕はそう思って止まない。
裏へ回ると、教師のマイカーが並ぶ、砂利で仕立てられた駐車場がある。
そこから直結している保健室から、体調を悪くした風を装えば、先生を騙して侵入できる。
これは僕御用達のルートだ。
ただ、保健室の富川先生に名前と顔を覚えられたことは痛手かと思う。
しかし、僕が頻繁に訪れても兎や角言ってこないので、とりわけ厄介なことではない。
保健室の引き戸を開けると、室内の涼しい空気が外気混ざり、蒸し道を歩いてきた僕の体を労った。
「先生。」
静かな保健室に、控えめに名前を呼ぶ声が通る。
返事がない、どうやら先生は不在の様子。
「かけるぅ。」
中に入り、戸を締めたところでカーテンに覆われたベッドからあの声がした。
「お前か。」
どうやら僕と同じ思考を巡らせたらしい同胞の真島。
戦地にて仲間と再会を果たすと、緊張していた気持ちが緩和される。
「痛いよぅぅ。」
生温い声は、僕に体調不良を訴えかけてくる。
まだ先生が保健室に残っていると思い、無理に演技をしているのか。
カーテンを開いた。
ベッドの上、トドのように寝そべっている真島、相変わらずの体型ではあるが、こちらに振り向いたその顔を見てぞっとした。
「殴られたんだぁ。」
体型を考慮しても、それ以上に腫れ上がった両頬、冗談とは言い難い、本意気の体調不良、いや、大怪我を負っていた。
続きます。