第13話 中華連邦暴走
2009年12月8日
中華連邦がベトナムと台湾に大規模空襲を行った
太平洋戦争の開戦日を狙って
いきなりの襲撃で、ベトナムも台湾も対処できないまま
首都爆撃を食らった
政府機能をねらった爆撃で
台湾政府は機能を消失(総統と防衛部長が行方不明で外務部長が代行)
ベトナム政府も国家主席が行方不明と国会が破壊され、多くの議員が死傷する事態に陥ったが
幸いにも党総書記と首相は存命していた
台湾軍と在台日軍が、緊急展開し、防衛体制を整えた(外務部長が独断で在台日軍に依頼
ベトナムは首相と党総書記がホーチミンに避難し臨時政府機能を設立
満州共和国と日本は、中華連邦に、批判声明を叩きつけた
翌日、国連安保理に提訴したが
国連は、米国不参加
ロシアvs英仏をインドが宥めている状態で
話にならず
EATO会議で、中華連邦への宣戦布告声明と制裁宣言を決議した
中華連邦vsEATO
EUvsロシア
アメリカvs中東反米組織
それぞれが激突したのだった
もし、これで中露が手を組んだ場合
第三次世界大戦が確実となることだった
だが、ロシアとしては中華連邦と手を組めない理由があった
もし、中華連邦と同盟を組んだ場合、日本がロシアに宣戦布告する可能性があり
その場合、東西同時作戦で兵力分散を避けたかった
そこで、元蝦夷人民共和国の有力者と瀋陽軍区の重役を抱き込み、満州共和国を建国させ、中国と国境を接することを消し
モンゴルとカザフスタンを巧みに利用し、中国と国境を接しなくすることに成功した
そして、満州共和国とモンゴル人民共和国に
さんざん支援したんだから、恩を仇で返すな、仇で返したら、後で核攻撃を含めた攻撃をする
と脅し、露満不可侵条約とロシアモンゴル不可侵条約が締結した
日本とは外交で、日本海機動部隊の対中遠征に向かうようにし向けた
満州共和国を助けろと言う話で
日本では、海軍改革方針と国防方針の転換が出され
仮想敵国の優先順位がロシアから中華連邦に変わった
のが6月
ロシアの暴挙に驚いて、一度舞鶴に日本海機動部隊を戻した矢先に、中華連邦が動いてしまった
世論は3つに割れた
対中集中戦争派
中露同時戦闘論
対露集中戦争論
6割以上が、対中集中戦争論主義だが
2割5分が 中露同時戦闘論を唱え
残りが露集中戦争論を唱えた
政府としても、対中集中戦争論
を推していた
国力でも、軍事力の質でも、日本は中華連邦を上回っていた
数では、陸軍は劣っているが、海空軍は勝っている
艦隊戦では勝てるが、陸上戦では、痛手をみると言うこともあり
野党と一部与党議員は海軍のみの参戦案を出されていた
一方、横須加と呉と秋田では、大きな船の建造が進められていた




