「領主の証」
このシチューは相変わらず不思議な風味だ。
ついつい口へ運んでしまう。
そのまま食べても美味しいが……パンをシチューに浸すとまた美味しい。
皿の上にある丸いパンを掴み、パンをシチューの中へダイブ!
シチューに侵食されフニャフニャになったパンを頬張ると……!
「美味い!」
パンを噛むたびにシチューが口の中で広がる……
サーベラスペッパーが鼻孔を刺激し、シチューがお口の中で踊り出す。
……堪らない。
「……ああ、もうおしまいか……」
「おかわりもありますよ? ヨザキ様」
おかわりか……確かにもっと食べたい、だが。
「お腹いっぱいなんだよね……これ以上は無理して食べることになるし、このくらいにしておくよ」
【腹八分目、という言葉もありますしこのくらいにしておきましょうね】
そうだな……
もう少し食べたいぐらいで我慢するのがベストだよな。
「アウカック、おかわりだ!」
スミレはそんなこと知ったことか言わんばかりに食べてるけど……
後でどうなってもしらないぞ。
とはいえ……美味しそうに食べる女の子っていうのもいいもんだ。
美味しいものを食べて笑顔になっているスミレ……可愛さ二割増しだな。
「まだお腹が苦しい……食べ過ぎた……」
予想通り過ぎる。
俺の隣に座るスミレは苦しそうだ。
「食べ過ぎだ、今度からは自重すること」
「うう、だって、アウカックのシチューは美味しいんだ、仕方ない!」
いやいや、仕方なくない。
まったく……
「で……レトリー、ネハコ間の路線は問題はないんだよな?」
「ああ、デコーイチはこっちは問題ないであります、と言っていたな」
アウカックの店で昼食を食べ終えた俺たちはまたもや魔導機関車に乗ってネハコの町へと向かっていた。
こちらの路線ではまだモンスター関係の問題は起きていないようだ。
ちなみに俺たちは魔導機関車内にある個室席に座っている。
スミレたちはお嬢様……というか、もう領主様なんだから、当然の待遇だろう。
「それならゆっくり列車に乗っているだけでいいか」
「ああ、ここは個室だしな……」
隣にいたスミレが俺の肩に頭を乗せる。
か、顔が近い!
「ふふ……こうしているだけでなんだか幸せだ」
「お、おう、そうだな……」
そういうスミレの顔は赤い……林檎のようだ。
俺自身、顔が真っ赤になっているはずだ。
顔、熱いし……!
ここで勇気をだすべきなのか?
キ、キスとか、したほうがいいんじゃないのか!?
「なぁレン……まだ焦らなくていいぞ? お前がしたいときに……続きをしてくれればいい」
「そ、そうだな……じゃあ」
俺の手の上に重ねていたスミレの手を開き、指を滑り込ませる。
そして……指と指を絡み合わせる。
俗にいう恋人繋ぎだ。
「今は……これで」
「あ、ああ! そうだな……!」
俺が握ると同意するようにスミレも握り返してくれた。
……これだけで心臓がどこかへ行ってしまいそうだ。
これより先とかどうなってしまうんだろう。
【……なんですか、これ……プラトニック過ぎません? キスすらしないとかどこの中学生ですか】
【もう少し獣欲に正直になってもいいと思うんですがねぇ……】
うるさいな!
俺だってどうすればいいのか、分からないんだよ!
【ま、その方が所有者とスミレさんたちらしいと言えば、らしいんですけど】
手を絡ませながら他愛のない話をする。
日本はどういう所なのか、魔大陸との文化の違いとか……
いろいろなことを話し合った。
「そうか……一旦帰るっていうのも選択肢としてはアリ……いやそれがベストじゃないか?」
「すまないな、レン……私たちはこのサーベラス領を離れるわけには行かないんだ、だから日本で私たちが暮らすわけにはいかない……」
「ま、それはしょうがないさ、だけど領主の仕事って今してないんじゃないのか? そこは大丈夫なのか?」
領主の館も今は廃墟だしな……
「ああ、私たちが何でも決めているわけじゃないんだ、町のごとの長……町長たちにある程度の権利は渡しているし、実際に私たちがするのは書類にハンコを押すことぐらいなんだ」
地方自治に任している、ということなのだろう。
「もちろん、それ以外にもいろいろ仕事はあるが……館が廃墟になってしまっている以上、あっちも再建させないとな……」
仕事場がなくなっている、というのが実情だった。
……それって結構ヤバイのでは。
「ま、それは冒険者ギルドの経営が軌道に乗ってからだ、領民の安心と安全が先だ、それはまだ後でいい」
モンスターという脅威がある以上は、まずはそっちの対策をしないといけないってことか。
冒険者が集まるといいが……
「でもなんで領主の館はあんな森の中にあったんだ? 町の中……ないし、周りに町を作ればよかったんじゃないか?」
「なにか理由があったはずなのだが……今となっては私たちにも分からない、なんでも領主の証があの館の地下深くにあるそうなんだが……」
領主の証?
いったい、なんだろうか。
「なんでも初代サーベラスが子孫たちのために用意したものらしいが……よく分からないんだ、18歳の誕生日の時に、父上からその正体を教わるはずだったのだが……」
「その前に、死んでしまった?」
「ああ、奇病だった、突然体が弱っていって……あっという間に……」
スミレの体が小刻みに震えている。
……見ていられなかった。
そうだ、まだスミレたちは20にもなってない、女の子なんだ……
「大丈夫か?」
肩を抱き寄せ、囁く。
俺が、この子を支えてあげないと。
きっと俺がこの世界に来た理由はスミレたちを支えてあげるためなんだ。
……そんなロマンチストな考えが、脳裏をよぎったけど……それも悪く無いかな。
「ああ……大丈夫だ、レンといると、なんだが安心出来るからな……」
涙を浮かべながら、スミレは笑った。




