42/141

「ストックホルム症候群だ」

「安心しろ、この世界にいる間は……一緒にいるから」

「違う……違うんだ！」

　寝ぼけたこと言っているんじゃない！

『なんで分からないの！』

『……この鈍感……』

　私は、私たちは！　お前が……レンが……欲しいんだ！

　聖光剣士も確かに必要だ、だが……

　それよりも……お前が……

　こんなに人を好きになったのは……初めてなんだ。

『そうだよね……』

『うん、私たちは……レンが好き』

「ど、どうした？」

「…………！」

　涙を堪える。

　自分が困ったらすぐに泣くような軟弱な女だと思われたくない。

　だから、耐えるんだ。

【ああ！　もう！　この鈍感男！　ケルさんがここまで言っているんですよ！】

【普通女の子がここまで言うってことはですね……！】

「いや、アオ言わなくていい、私たちが直接言う……」

　アオに助けてもらう必要はない。

　恥ずかしいが……直接言うしかあるまい。

　ううっ、胸が……

『……それしかないかな、うん、それしかないよ』

『……勇気を、出そう……』

「私たちは……レン、お前がす、好きなんだ……もちろん！　い、異性として……」

　言ったぞ。

　言っちゃったぞ。

『は、恥ずかしい……！　うわー、うわー！』

『……胸が、まだドキドキしてる……』

　ああ、心臓がうるさく感じるくらいだ……！

「へ？　え？　お、俺！？　ど、どういうことだ……？」

　レンが考え込んでしまった。

　ど、どうしたんだ！？

「や、やっぱり、人格が三つもある女は面倒か……？」

「いや！　そうじゃなくてだな……」

　また考え込んでいる……

『なんだろ……？』

『……何か、気になることでもあるの……？』

「そうか、それだ！」

「な、なんだ、どうしたんだ？」

　レンは納得したような顔でこう言い放った。

「俺は困惑してたんだ、なんで俺なんかにこんなかわいい娘が告白してくれたんだろう、って」

「じゃ、じゃあ！」

「ストックホルム症候群だ、いや、吊り橋効果といったほうが正しいか？」

　すとっくほるむ？

　なんだそれは。

「ストックホルム症候群っていうのは……人は突然事故や事件に巻き込まれ人質になったりするとその犯人に好意を抱いてしまうことを言うんだ」

「人質……」

「そう人質だ、人質という最悪死ぬかもしれない異常な状況でちょっとでも親切にされると……犯人なのに、好意を抱いてしまう」

「だが、レンは別に悪くはないだろう！　それに私たちは……」

「事件に巻き込まれただろ？」

　……そうだ。

　奴らに屋敷のみなを……

「謎の集団に襲われ、自分の姿を犬の姿に固定され、モンスターにも殺されかけた、そんな命の危機ともいえる状況で……俺と出会い、俺に助けられた」

「……そうだ、とても感謝している」

　レンがいなかったら……きっと死んでいただろう。

「そうだ、感謝だよ、俺個人のことを好きになったんじゃない、ケルは俺に感謝しているだけなんだ、本来なら」

「本来なら……？」

「だって俺たち出会ってから……一週間もたってないぞ？　それなのに俺のことが好き？　ありえない」

「だ、だが！」

「ケル、いいことを教えてやる、その俺への好意は勘違いだ、じゃなきゃお前が俺を好きなるはずがない」

　……空いた口がふさがらなかった。

『か、勘違い？』

『……確かに……そうかもしれないけど……』

　だが、この思いがまやかしや勘違いであるはずがない！

　こんなに、胸が苦しいのに……そんなわけ、ない。

　私たちは……本当に……

「ストックホルム症候群や吊り橋効果で仲良くなった男女はすぐに別れるんだ、所詮一時的なものでしかないってことさ、だからケル、婿は慎重に探せ……これはお前を思って言っているんだ」

「レ、レン……」

「それに、俺なんかを婿にするつもりなら止めておけ……婿にするならこの世界じゃなんの実績もない俺よりももっといい婿候補がいるだろう？」

　遠い。

　こんなに近くにいるはずなのに、レンが遠い。

「それに、俺とは命の恩人であって、別にそういう関係じゃないんだろ？」

「う、あ……」

　何も言えなかった。

　確かに、爺にそう言ってしまった。

「……私たちは、お前のことが……」

「俺も、ケルたちのことを大事に思っているよ」

　駄目だ。

　レンは、完全に……心を閉ざしている。

　私たちじゃあ……無理なのか？

【ケルさん、あとで大事な話があります。】

【これは所有者(ユーザー)には見えませんから……】

　アオ？

　アオが喋らずにわざわざ文字で……

　よく分からないが……レンには秘密で伝えたいことがあるのか？

　……それに、かけてみるしかないか。

「そういえば、褒美ってなんだ？」

「あ、いや、なんでもないんだ……忘れてくれ」

　渡せるものが自分の体くらいしかないから受け取ってくれとは、言えなかった。

「そうか」

「……部屋から出たぞ？」

【とりあえず、このお店の中ならどこでもいいので、移動しましょう……所有者(ユーザー)にバレるとまずいので。】

「そうか……」

『バレるとまずいって……』

『……なにを教えてくれるのかな……？』

「ここならいいか？」

　今日、泊まる私たちの部屋でアオにたずねる。

【はい、大丈夫です。】

【所有者(ユーザー)から充分離れていますし、聞かれることはないはずです。】

「……なにを伝えたいんだ？」

【……言うべきかどうか、本当に悩みましたが……これがきっと最良だと信じて、ケルさんに伝えます……実は所有者(ユーザー)は……】

　アオが語った内容は……衝撃的だった。

　コウコウという教育機関にいるときに、そこの女性に嘘の告白をされたこと。

　それが原因でいじめられ続けたこと。

　いじめられているときに友だと思っていた人物たちに助けを求めたら、見捨てられこと。

【所有者(ユーザー)は自分に自信がないんです。】

【人を信じられないだけじゃなく、自分も信じられないんです、】

【嘘の告白をされたような自分が、女の子に好かれるはずがないって思っているんです。】

【だから、あんなことを……】

【記憶領域を読んだときに知ったことを勝手に伝えるのはどうかと思いますが……】

　そう、だったのか。

『なにそれ面倒くさ！』

『……本当に面倒……だけど……』

　ああ、面倒だ。

　だが……

『そういう面倒な男を好きになっちゃったんだもん、しかたないね』

『……うん……』

「ならば……レンが自分を信じられないなら！　私たちがレンを信じる……私たちがレンを助ける番だ」

【ケルさん……！】

【私も覚悟を決めます！　所有者(ユーザー)に一言言ってきます！】

【ちょっと待っていてください！】

　空中に浮かんでいたアオの文字が消えてしまった。

　今は、持とう。