「タコの満腹亭」
「ここかな? タコの満腹亭って」
門番に言われた通りに道をまっすぐ進んでいくとタコがコック帽を被った看板の店があった。
辺りにタコらしいものは他にないためここで間違いないだろう。
見たこともない文字で何か書いてある……「タコの満腹亭」と書いてあるのだろうか。
「ああ、爺……アウカックはタコの魔族だからな、前にこんな感じの店を出してみたいと言っていたよ」
どうもケルが爺と呼び慕っている人物はタコの魔族のようだ。
同じ犬系の魔族かと思ったが、そうでもないらしい。
っていうか、タコって……水棲系の生き物でも「融合合体」してたのか……
なんでもありだな。
「アウカック!」
「いらっしゃ……アコお嬢様!?」
「タコの満腹亭」の扉を開けるとそこにはエプロンをつけた多腕のおじいさんがいた。
そのおじいさんに抱きつくケル。
なるほど……赤くはないがタコだ。
いくつもある腕にはタコの吸盤がしっかりある。
「お、お嬢様……! 大丈夫でしたか? ここ数日お屋敷からなんの連絡もなく……心配していたのですよ!」
「う、うう……爺、爺……」
やっと知り合いに合えた安心感からか、ケルは泣き出していた。
己の内側に溜め込んでいた悪いものを全部吐き出すように。
「すまなかった……爺」
「いえいえ、こんなジジイの胸で良ければいくらでも貸しますよ」
……俺が入り込む隙間がない。
どうしたもんかね。
「で……そこのお方は? とうとう婿が決まりましたかな?」
「ち、違う! レ、レンは命の恩人で、別にそういう関係じゃ……」
やっぱり、俺は異性として見られていなかったんだな。
まぁ魔族と純人……種族を超えた友情ならあるって感じかな。
「余崎、蓮だ、一応は聖光剣士……なのかな?」
【一応というか私がいる以上、所有者は立派な聖光剣士ですよ】
「ほう……聖光剣士ですか……しかし不思議な喋り方ですな……昔一度だけ光力使いと戦ったことがありましたが、なかなかの強敵でしたなぁ」
光力使いか。
なんでも聖光剣士というのは本来、極まった光力使いのことを言うのだとか。
俺の場合は聖光剣を手にしたから聖光剣士なんだけど。
「さて、スミレお嬢様……なにがあったのですか?」
「実は……」
「そうでしたか……」
俺たちの話を終えるとアウカックはいくつもある腕を伸ばし始めた。
なんだろうか。
「お嬢様、お腹は空いていませんか? ああ、もちろんヨザキ様も」
「そういえば……」
「お昼食べてないな」
今日一日でいろんなことがありすぎたからお昼を食べるのを二人とも忘れていた。
……今日は人生で一番濃厚な一日だと思う。
ケルの父親を倒し、ケルの正体がバレ、アオに名前をつけたり……
本当にいろいろあった。
「さぁさぁ、席に座ってください自慢のシチューを出しますから」
そう進められカウンター席に座る俺とケル。
「タコの満腹亭」を改めて見渡してみる。
なかなか清潔感のある店だ。
こういう清掃が行き届いた店は好感が持てる。
カウンターの奥には酒瓶だろうか?
いろいろな瓶が並んでいる。
魔大陸にはガラス製のものを作り出すほどの技術力があるようだ。
酒瓶があるところ見るにここは昼はごはん処、夜は酒場として経営しているのだろう……
「爺のシチューは絶品だぞ……!」
「そうなのか?」
「ああ、きっと気に入る。 私が、私たちが保証する」
そこまで言うのなら期待して待ってみようか。
「さぁうちの看板メニュー、クリームシチューですよ」
出された料理は……普通のクリームシチューのようだった。
まぁ鈴木さんの影響でこの世界にも地球の料理があるのは分かってはいたが……
「まずは食べてみるか」
あーだこーだ言う前にまずは食べてみるか。
スプーンを口へ運ぶ。
「……! こ、これは!」
美味しい。
見た目は普通のクリームシチューだが……
「これはなんだ? 胡椒……か?」
独特の風味だ。
今まで食べてきたもので一番近いのは……やはり胡椒だろうか。
だが、胡椒とはまた違う。
味わいが、深さが違う。
もう一度スプーンですくう。
「胡椒だけじゃない……この人参も……ジャガイモも……よく煮込んである」
俺の知る、人参、ジャガイモである保証はないが……味や食感は地球で食べたものと同じだった。
それがよく煮込んである。
再度すくう。
「なんの肉か分からないが……これもよく煮えてある」
手間暇かけた料理だ、これは。
口へクリームシチューを運ぶ。
運ぶ。
運ぶ。
運ぶ。
「美味しい……美味しい……不思議な味だ……食べたことがあるような……ないような」
もう手が止まらない。
スプーンを口へ運ぶ、運ぶ。
……美味しい。
「……ごちそうさまでした」
結局一気に食べきってしまった。
……久々に食べた、食べたことのない味をゆっくり堪能した!
素晴らしい味だった。
「ね? 美味しいでしょ?」
いつの間にかレモンに交代していたようだ。
そういえば……隣で交代しながら食べていたような。
「ああ……美味しかった」
「そうですか、おかわりはどうしますか? いっぱいありますよ、この店に来たみんなに満腹になって欲しい、そう思って「タコの満腹亭」なんて名前にしたんですから」
「おかわり!」
「……俺もおかわりお願いします」
「美味しかったー!」
「この香辛料は……いったい……」
「気になりますか? これはサーベラスペッパー。 この広い魔大陸でもサーベラス領でしか取れない貴重な品ですよ」
なるほど……
だから食べたことのない味だったのか。
「……なぁ、このペッパーって日本人に有害だったりしないよな?」
【安心してください所有者、基本的にこの世界の食べ物でそんなことはありませんから】
ならいいんだけど。
異郷の地の料理だから一瞬不安になったが、こんなに美味いものが毒なわけないよな!
「さて、お嬢様……お腹もいっぱいになったことですし……真面目な話をしましょうか」
「……そうだな」
瞳を閉じてスミレに代わるケル。
真面目にな話にレモンは向かないと思ったのだろうか。
「スミレお嬢様……その裏切り者たちを探し出すおつもりですか」
「ああ、私は、私たちは父上を愚弄し、屋敷を破壊し、屋敷に勤めていた者たちを葬った奴らを赦すわけにはいかない……!」
ケルたちが失ったものは屋敷だけではない。
その屋敷にいたケル以外の人物全員が犠牲になっている。
そう、ケル以外全員が。
そのケルも呪いをかけられていた。
「ですが、そいつらもバカではないでしょう……お嬢様が生き残っていることに気づいたら……また呪われるか、最悪、殺されるかもしれませんよ!」
「だがッ! 彼らの無念を、死の眠りにいた父上を愚弄した事実を無視していいわけがない!」
まぁそうなのだが。
……しかし、なぜ裏切り者たちはケルを殺さなかったのだろう?
わざわざ呪いをかけて放置した理由は?
邪魔なら他の人とまとめて殺したほうが面倒は少ないはずだ。
分からない。
奴らの目的が、動機が。
モンスターの封印を解いてなにがしたいんだ?
それでいったいどんなメリットが生まれる?
分からない……
「意志は固いようですな……ですが、このサーベラス領はどうするつもりですかな?」
「そ、それは……」
「お嬢様、復讐などお止め下さい、お嬢様が復讐したい気持ちはわかります、ですがお嬢様までいなくなってしまったら領民は……不安で押しつぶされてしまいます」
まぁ、そうなるよな。
たださえ、今はモンスターが出て揉めているんだ。
こんな状況で領主がいないんじゃあ……な。
「だが……」
そうケルが言い淀んでいると……
「か、火事だー!!! 誰か助けてくれ!!!」
い、いったいなんだ!?




