「……!」
一日しっかり『ご主人様』を休ませて、再度出発した。
そう言えば、剣に向かって言っていたこともあったが……意味が分からない。
私たちには見えないなにか、と関係があるのだろうか?
「お……ここからは滝壺か」
川辺を歩いていくと小さな滝壺が。
昔、この辺りで水遊びをしたことがあったな……
あのころは父上も生きていたし、爺もいた……懐かしい。
『爺……私たちのこと、覚えているよね?』
『流石に、覚えていると思う……この呪いの首輪をなんとかしてくれるかも』
爺はこの辺りにある町でなにかの店をしていると聞いている。
もう少し進んだらそこへ誘導しよう……
などと私たちが考えていると。
「……ちょっと臭くなってきたな」
……確かにそうかもしれない。
そもそも寝袋の中に入ってしまったのもこの『ご主人様』が出す匂いが気になったからだし……
『うん、なんていうか……オスの匂い? うん、そんな感じ』
『……本能的なところが刺激されている気がする』
そうだ、私たちの中のメスの部分が『ご主人様』の出すオスの匂いに反応して……って!
『あ、あれ? これじゃあ私たち……』
『……こっちがヘンタイ?』
そ、そんな、バカな。
オスの匂いに誘惑されるとか、発情した雌犬か!
あ、いかん、もうまともに『ご主人様』を見れないかも。
「水浴びでもするかぁ」
私たちが崖を降りるとなんと『ご主人様』が服を脱ぎだした!
あ、ああ!!!
胸板が、凄い……
たくましい、腕……あれに抱きしめられたら……
それに、か、下半身は一体どうなっているんだろう……
男には、その、私たちにはないアレがついているんだよな?
性教育用の絵でしか、見たことはないが……あの服の下にいるんだよな!?
「バ、バゥ!」
だ、駄目だッ!
これ以上は本当に雌犬になってしまう。
だが、気になる……
「おいおいどうした……」
「ワフ……」
『凄い……凄いよぉ……』
『……あと、少しだけ、見たい……見てもいいよね?』
ああ、凄い……顔はそんなに整っているというわけでもないのに……か、かっこ良く見える。
だ、駄目だ!
本当に駄目になってしまう!
「俺の裸が気になるのか?」
「ワ、ワン!」「バゥ!」「グルゥ……!」
ッ!
う、うるさい!
こっちの気も知らないでぇ!
うう、もうお嫁に行けないー!
「犬のくせになんで人間の男の裸で恥ずかしがるのかね……」
もう、黙れぇ!
私たちはそこから逃げ出すことしか出来なかった……
「じゃ出発だな……おーいケル、どこに行ったー?」
……あまり離れすぎないよう、邪念を払うため木々の合間を走り回っていたが、『ご主人様』に呼び出された。
行くしか、あるまい。
『まだ、裸だったりして……!』
『……そしたら、男の人の、あの、その、あれが見れる、見れちゃうかも……』
な、何を言っているんだ! お前たちは!
そ、そそそ、そんんんんなななな……バ、バ、バカなことがあるはずないだろう!
『……でも、私たちのこと犬だと思っているし……ありえない話じゃないと思うよ……?』
『万が一見ちゃっても、事故、だよね……』
う……と、とにかくいこう……『ご主人様』が待っている。
「ワン!」「……バゥ」「…………」
……普通に服を着ていた。
『やっぱりねーこんなことだろうと思った!』
『ちょっと、残念?』
なにが残念だ!
これでいいんだ、これで。
……なんで落胆している自分がいるんだ。
「お前たちどこにいたんだ? まあいいや、出発するぞ」
滝壺から移動する私たちと『ご主人様』。
そろそろ町へ誘導したほうがいいだろうか……
そうなると川辺から離れて木々の合間を通る必要がある……怪しまれずに誘導出来るだろうか?
「ん? なんか暗いな……」
確かに暗い……なんだ?
ッ!
『この匂い……!』
『……なにかが腐った、匂い……』
腐敗臭の先には――
「……ッ! 違う、こいつは――」
大きな、怪物。
超大型のモンスターだった。
「ギャロァァアア……」
「クソ、こんなのどうすればいいんだよ……」
全くだ。
こんな規格外なモンスターがいるとは……あいつらは一体こんなモンスターまで開放させてなにを企んでいるんだ!?
「ス……ミ……ロ……レ……ン」
え……これって。
まさか、そんな……
『お父さん……』
『お父様……』
間違いない、間違いようがない……父上だ。
『私たちを呼んでるの……?』
スミレ、ローゼ、レモン。
私たち、個人の名前。
「ワ……ア……イ……ム……ス……」
我が愛する娘たち……
これは間違いない、父上だ……父上、父上ぇ……
『お父さんが、なんでここに……?』
『……! まさか! そんな!』
どうしたんだ! ローゼ!
『……ビンゾの悲劇、ビンゾの悲劇だよ……あいつらお父様の体を使って……』
そ、そんな……墓で眠っているはずの父上の骸を……モンスターにしたのか!?
やつらは確かルクス硬貨をいくつも持っていた……それを使って……
「今は逃げるぞ、ケル。 ……ケル?」
『ご主人様』がなにか言ったような……そんなことはどうでもいい!
『ッ! 許せない! なんで! なんでお父さんをそんな目に合わせるの!』
『……あいつら、お前の父親が俺たちに協力的じゃなかったのいけないとか言ってた……』
だからって、死んだ魔族の骸まで利用するか!?
許せない……許せないッ!
「逃げるぞ! 今の俺はマッドゴーレムを倒すのにすら苦労しているんだ、あんなの倒せるか!」
なにを言っているんだッ!
父上が、苦しんでいるんだぞ!
早く、助けろ!
「う……あとで絶対になんとかするから、そうだ、この銀貨を使って新しいスキルを覚えるから! それから、それからだ」
「…………」
確かに、あの土人形に苦戦しているんだ。
父上を倒すのは難しいだろう。
この男じゃあ父上が生前だったら絶対に倒せない。
今ですら怪しい。
「ここは一旦引く……逃げるんだ、生き残ればなんとかなるけど、ここで死んだらそれまでだ……だからここは逃げる、逃げるんだ」
く、一理ある……
ここで死んでしまったら、父上を助けることも、父上の復讐も出来ない……
ここは、我慢だ……
「ふぅ……ここまで逃げれば大丈夫だろう」
雑木林を走り距離をとる。
今の父上は……完全に理性がなくなっている。
これ以上醜態を晒す前に……止めなければ……
『……ああなってしまったら……もう……』
父上個人の感情や、心は残っていないだろう。
私たちの姿を見てもなにも感じない可能性が高い。
「そうだ、検索は終わったか? 情報を見せてくれ」
『ご主人様』はまたなにもないところを読んでいる。
父上のことを調べているのか?
「戦わなくて正解か……マジモンの化け物だ」
当たり前だ。
あの魔狼将軍トレーブル=サーベラスだぞ?
弱いわけがない。
ん?
この腐敗臭は……
「なんで暗いんだ……? って……あ、ぁ、ああ……」
「ギャロァァァアアア!!!!!!!」
父上が、そこにいた。
「ギャァァァアアア!!!!!!!」
「って、危ねぇ! 光力装着!」
当然、父上から逃れらるわけがないか。
小さいとき、かくれんぼをしたが簡単に見つかったからな……
「じ、地面がえぐれてやがる……」
「バゥ…!」
「ケル、お前は後ろに下がってろ……ふー……俺がなんとかする……!」
……戦闘は、こいつに任せるしかないか。
言われた通りに後ろに下がる。
頼む……倒してくれ。
父上を……開放してあげてくれ。
辛そうなんだ。
きっと、無理矢理……動かされているんだ。
だから、早く、早く……
「閃光よ! 我らが敵を飲み込め、ルクス=タワー!」
「閃光よ! 我らが敵を飲み込め! ルクス=タワー!!」
「閃光よ! 我らが敵を飲み込め!! ルクス=タワァアアア!!!」
『ご主人様』が光の柱で何度も攻撃するがまるで効いていない。
無理……なのか?
「どうすればいい……考えろ……考えろ……」
またそのクセか!
『バカなの!? もう!』
戦闘中に他のことに集中するんじゃない!
『……なんとか、しないと』
そうだ、早くなんとかしないと――ッ!
「ワン!」「バゥ!」「ガルゥ!」
思いっきり私たちはバカな『ご主人様』に体当たりした。
これで……!
「ケルッ!」
アホの『ご主人様』は父上の攻撃を喰らわないですむ。
ああ……血が。
これは、前とは違って、助からないな。
『あはは……ゴメンね、みんな……私が飛び出したから、攻撃、食らっちゃった』
『……レモン、あなただけじゃ、ない……私も気づいたら、動いてた』
やれやれ。
みんなで一緒に同じことを考えて、動いてたのか。
『私たち、ずっと一緒だよね? 死んでも、一緒だよね?』
『……そのはず……だって生まれたときから私たち一緒だったもん……』
生まれる前から、だ。
母上のお腹の中にいた時から、一緒だった、だろう?
『うん、うん……』
『……なんだか、考えるのが面倒になってきた……』
……お迎えが、近いのかもな。
ああ、目を開いていられなく、なって来た。
『お母さんにあったら、お嫁さんになれなくて、ごめんなさいって、言わなきゃ……』
『……お母様ってどんな人かな……優しい人、だよね……』
父上の言葉を、信じるなら……そのはず……
ああ、なんだか、青いな……青い。
なんだろう、この輝きは……もう、なんでもいいか。
死ぬ前に見るものにしては……キレイだな……
ああ……レモン、ローゼ……いるか?
『いるよ……ずっと』
『……うん、ここにいるよ……』
じゃあ、大丈夫だな……
寂しくない。
『ご主人様』? なんだ、泣きそうな顔をして……
それはなんだ……?
よく、分からない……ああ、眠い……




