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「ワン!」

 ケル。

 それが私たちの新しい名前らしい。

 なんでもケルベロスなる伝説の魔獣からとった名前のようだが……


 聞いたことがないな。

 ……人大陸に伝わる伝説か?

 まぁ仮にも私たちの『ご主人様』がくれた名前だ。

 受け入れるとしよう。




「閃光よッ! 我らが敵を飲み込めッ! ルクス=タワァアアアー!」


 川辺にて土で出来た人型のモンスターとの戦闘になったが……『ご主人様』が放った光の柱が土人形を包み込んだ。

 ……凄い威力だ。

 光の柱は凄く眩しい……一体どれだけの力が込められているのだろうか?

 ……『ご主人様』は不思議な男だ。

 戦い慣れしているようで、していない。

 純人であるがゆえに鼻が良くないらしく、土人形の本体を見分けることも出来ないようだった。

 ……戦闘のサポートもしてやるか。


「よくやったぞ! ケル!」

「……ワフ!」「……クゥーン」「…………!」


 ……頬ずりか。

 これも、悪くは、ないな、うん。


 しかし『ご主人様』はどこに行くつもりなんだ?

 確かにこの川の先には海があるし、海岸を歩いていけば魔大陸の玄関口、ミサシの町にたどりつけるだろうが……

 いまいち、『ご主人様』の目的が分からなかった。




 またしばらく歩くと『ご主人様』は立ち止まり伝説のルクス硬貨を取り出した。

 一体、何を?

 するとルクス硬貨を使い『ご主人様』は料理を呼び出し食事を始めた。

 凄いな、本当にルクス硬貨は願いを叶える力があるのか……これがあれば、父上を。


『……それは無理、ルクス硬貨でも死人を蘇らせることは出来ない、無理矢理蘇生してもビンゾの悲劇の二の舞いになるだけ』


 ……そうだったか。

 ビンゾの悲劇。

 ルクス硬貨を使って恋人を蘇らせようとした男、ビンゾ。

 ルクス硬貨を集め恋人の死体を蘇らせようとしたが……復活した恋人は再生と腐敗を繰り返す生ける屍となった。

 泣く泣く、ビンゾは元は恋人だったその怪物を倒す……そういう話だった。


 それの、二の舞いか。


『あ、食べてるの美味しそうだなー食べたいなー』

「食べたい?」


 レモン……お前というやつは……!


「バゥ!」

『う、いーじゃんそれにローゼだって食べたいでしょ?』

『…………そうだけど』

「ほら、いいからお食べ」


 ……う、だが私たちは誇り高き……サーベラス家の、だが、うう……


『いただきまーす!』

『……おいしい』


 あ、待てこら!

 私も食べる!


 ……これは、なんだ!?

 恐らく……ハンバーガー。

 だが肉質が違う……食べたことのない肉だ。

 しかも……このソースはいったい……おいしい……食べたことのない味だがこれが『ご主人様』が住んでいた場所の料理なのだろうか?

 ならば『ご主人様』はいったいどこの出身なんだ?

 少なくともサーベラス家の領地にこんなものはない……




「暗くなってきたな……」


 食べ終えてからしばらく歩いていると辺りはすっかり暗くなっていた。

 暗くなった森にはどんなものが潜んでいるか分からない……まぁ大概はモンスターになっているだろうが。


 凄い勢いで走っているが……『ご主人様』の足は大丈夫なのか?

 時折休みを入れているとはいえ、酷使し過ぎだ。

 走るのが好きな犬の魔族である私たちはいいとして純人がこの勢いで走るのは……危険だ。


「まぁいいさ、よし今日はここをキャンプ地としよう!」


 どうやらここで寝泊まりするつもりのようだ。

 寝ずの番なら任せろ。

 得意分野だ。


 ……だが。

 そうはならなかった。


「閃光よ、我らが敵を遠ざける聖域を! ルクス=サンクチュアリ!」


 ル、ルクス=サンクチュアリだと!

 ルクス=サンクチュアリ……聖光剣士に伝わる伝説の術だ。

 私も絵本の中でしか見たことがない術だぞ!

 もう使える者はこの世にはいない、とまで言われる高難易度の技をこうもあっさりと……

 昼の時も透明な謎の容器に入った水をルクス硬貨で呼び出していたし、いったい『ご主人様』は何者なんだ。


「さて早く寝るか……あんまりやることないし」


 聖光剣からなにかを取り出し広げた『ご主人様』。

 あれは……寝袋だろうか。

 わざわざ柔らかそうな土の上で広げている。


「そうだ、ケル、ちょっと来てくれ」

「バゥ?」


 ん?

 なんだ。

 何のようだ?

 手招きされ『ご主人様』に近づく。


「動くなよ……っ!」


 『ご主人様』が私を持ち上げる。

 その視線の先は……まさかッ!


「グルゥゥゥ!」

『……変態!』


 間髪をいれずにローゼが噛み付いた。


「なんだよ……ちょっとオスかメスかを確認したいだけなんだけどな……」


 はぁ!?

 ふざけるな!


「ゥウウウ……!」「……バゥバゥ!!!」「グルッ!」

『エッチ! スケベ! ヘンタイ!』

『この変態めッ! 私たちは女だ! 見れば分かるだろう! この変態!』

『……許さない、許さない、許さない、許さない……!』


 あーイライラするッ!


「バゥバゥバゥバゥバゥバゥ!!!!!」


 人の股間を見ようなどと……この変態め……

 凄い男だな、流石は伝説の聖光剣士だと尊敬した私たちがバカだった!


「お前たちって……メス?」

「ワン!」「バゥ!」「……!」


 そうだ!

 私たちは女だ!

 そんな今更なことをこいつ……喉笛を食いちぎってやろうか! それともその股間の粗末なものを潰してやろうか!


『……ちょっとまって』


 なんだ!


『なに、ローゼ? この変態の股間を潰すいい方法でも思いついた?』

『違うの……多分『ご主人様』は私たちのことを本当に犬だと思っているんだよ』


 はぁ?

 なにを言っているんだ、ローゼ。

 そう誤解するよう仕向けたのは私たち……私たち……あ。


『……そう、なんとなく、気になっただけ、本当に今、自分の前にいる犬がオスかメスか気になっただけだと思う』


 そうか、こいつは、私たちのことを女の子だと認識していない……!

 本当に、ペットの性別が気になっただけか……!

 そもそも魔犬と人大陸で飼われているペットの犬の見分けもつかないような奴だ……私たちが女性であることに気づけるわけがない!

 それに……私たちはサーベラス家のアコニートゥム=サーベラスじゃない……捨てられていた屋敷に残っていたペット、ケルだ。


『だからって、デリカシーがなさすぎるよ!』


 確かにそれはそうだが。


「ゴメン、ゴメン。 レディーにすることじゃなかったな」

『……ほら、謝っているんだし許そうよ、そもそも私たちはこの人を騙しているんだし……』


 む、むう……

 だがな……


 なんとなく、顔を見ていられなくて顔を横に向く。

 そもそも私たちはいつまで騙していればいいのだろう?

 上手くこの男を誘導して屋敷を襲ったあいつらと戦わせようと考えてはいるが……いつまでそんなことをしなければならないんだろう。

 本当なら直接この口で真実を伝え、素直に協力を頼んだほうがいいのだろうが……それは出来そうにない。


「夕食は贅沢なのやるから、な?」

「ワン!?」「……バゥ!?」「……クゥン」

『え、本当! もちろんさっきのハンバーガーより美味しいやつだよね!?』


 おい、レモン!

 いや、だが……きっと美味しいものが食べられるよな……

 い、いかんよだれが。


 まぁ、その贅沢な夕食とやらに免じて、今回だけは特別に許してやるか。

 べ、別に食欲に負けたわけじゃないぞ!

 このまま嫌な雰囲気で旅を続けたくなかっただけで、たまたまちょうどいい落とし所だっただけで……


『……じゃあスミレはいらない? 私とレモンが食べちゃうよ……?』


 いらないとは言っていない!




「ウグッ! あ……ッッッ!!!!!!」


 おいしい夕食を食べ終えると、『ご主人様』が当然倒れ、苦しみだした。

 な、なんだ一体!?


「な、なんだってんだ、いったい……くッ……」


 『ご主人様』も理由は分からないようだった。

 一体、なにが……?


「な、なんだこれ……」


 『ご主人様』の目がなにもないはずの場所でなにかを読んでいる。

 そこにはなにもないはずなのに……時折『ご主人様』は私たちには見えないなにか、を読んでいるようだった。

 そして、そこの情報はどうやら正しいもののようだった。


「痛みで、意識が、飛びそうだぞ……」


 どうやら、『ご主人様』は耐えるしかないようだ……私たちは寝袋へと移動する『ご主人様』を手伝うことにした。

 私たちの手伝いもあって『ご主人様』はなんとか寝袋にたどりつけた。

 最後の方は殆ど意識がないようだったが……




 朝になっても『ご主人様』は目を覚まさなかった。

 原因は分からないが昨日、相当足を酷使したのが原因ではないだろうか。


『ふぁ……おはようスミレ……多分そうじゃない?』

『……レモンもおはよう、朝だしみんな、起きた……』


 私たちは三頭犬の一族だ。

 とは言え、その三頭犬としての血は様々な犬型魔族の血が入ったことでだいぶ薄くなってしまっている。

 父上だって魔狼と恐れられているが頭は一つだし、私たちを産む際に死んでしまった母上も頭は一つだったという。

 写真で見る限りではそうだ。

 私は……先祖がえりなのだと聞いている。

 一族の中で先祖の血が一番濃く出てしまたったのが私たちなのだ。


 で、三頭犬という生き物は寝ずの番が得意な生き物だ。

 私たちは三人がいっぺんに眠ってしまう、ということがない。

 誰かは必ず起きているから話し相手にも困らない。

 脳みそのどこかが繋がっているのか、こうやって心の中で会話も出来る。


『ねぇ『ご主人様』はどう? 私が寝てる間になんかあった?』

『……相変わらず、寝てる……このまま休ませたほうが、いいと、思う』


 ……そうだな。

 今日一日は休ませたほうがいいだろう。

 この寝袋の中暖かいし……


『お嫁に行く前の乙女がこんなことしていいのかなぁ……』

『……男が起きる前に出れば、バレない』


 そうだな。

 変なことはしてないし……


 ……こうして、しばらく私たちは寝袋の中にいた。

 昼になったら起きそうだったので寝袋から外に出て顔を舐めてあげた。

 ふふ、これでバレまい。

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