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「長くない命」

「そういうヒトでしたけど……私のことをちゃんと……見てくれるヒトだったんです、あくまでメイドとして、ですけど」

「……わ、私たちだって……!」

「ええ、ローゼお嬢様たちも私を見てくれました……けどお嬢様は……女性でしょう? あのヒトは男、私は女……そういうことですよ」


 監視していたら、徐々に惹かれていった……ってところか?

 メイド長の言い分から察するにそういうことらしい。


「お父様のこと、大好きだったんだね……言ってくれたら、協力したのに……! お姉ちゃんだったら、私……!」

「お嬢様……でも、駄目だったと思いますよ、あのヒトの目に女性として映っていたのは……亡くした妻だけ、記憶の中の綺麗なままの最愛の女性だけで……私なんて……眼中になかったんです」


 記憶の中の美化された故人……こりゃ、強敵だ。

 劣化することもないし、いつまでも最も都合の良い状態でいつづける。


「でも、それでもよかった、隣にいられるだけで、メイドとして尽くせるだけで……充分幸せだったんです」

「お姉ちゃん……」

「けれど、あの日、あのヒトは……!」






「もう私は領主の座を娘たちに譲ろうと思っているんだ」

「それはお嬢様たちには……」

「まだ言っていない、だが近いうちに伝えるつもりだ」


 領主の座を譲る、ということは自分は一戦から退いて隠居する……ということだった。

 私はあのヒトに頼まれました。

 娘たちの面倒をみてほしい、と。


「ご、ご主人様、私は……」

「サテュ、信頼しているよ、キミになら娘を託せる」

「……ご主人様は、どうするのですか? まさかお一人で?」

「ああ、妻の故郷に、隠遁しようと思っていてな……墓もそこにあるんだ」


 己の命の最期は、最愛のヒトの墓の近くで迎えたい。

 あのヒトは……そう言っていました。


「そんな、ご主人様はまだ……!」

「年齢は若い、かもしれん、だがな……体が、もう、ダメなんだ」


 あのヒトは……若いころに無茶したせいで自分の体はそう長くない、だから最期くらいは領民たちのためではなく、自分のワガママに自分の時間を使おうと決めている、そう言いました。


「医者の見立てだと……一年持てば良い方、だそうだ……娘を置いていくのは、心残りだが……こればっかりは、仕方ない」

「では、私が……最期まで……」

「その必要はないよ、さっきも言った通りキミには……スミレを、レモンを、ローゼを……頼みたい」


 最期まで奪っていくのか、あの女は。

 このヒトの最期の時間まで……独占するつもりか、既に死んでいるのに。


 ……私は、一度も会ったことのない彼女を強く恨みました。

 また、そんな彼女に未だに操を立て続けるあのヒトに怒りを覚えました。


「ですがッ!」

「サテュ! ……キミが私を好いていることも知っているし、キミが私に会ったこともない父親の影を重ねているのは知っている……だがな……私はキミの父親ではない、私はあの子たちの父親だ」

「ッ!」


 あのヒトに会ったことのない父親の影を重ねていない、と言えば嘘になります。

 会ったことのない父親は、もしかしたらこんなヒトだったんじゃないのか……こんな風に優しさと厳しさを兼ね備えていたヒトだったんじゃないか……


 でもまぁ、私と母親を捨てている時点でどんなヤツなのか簡単に想像出来ますが。

 ……それでも「もしかしたら」が、消えてくれなかったんですよ。


「ご主人、様……」

「何度も言っている通り……私は生涯、女性は妻しか愛さないと決めている……先の短い私よりもずっといい男がいるさ」


 届かない。

 せめて傍にいられるだけでもいいのに、それすらも許されない。

 

 ……だったらもう。

 殺すしかないじゃないですか。




「私のものになってくれないのなら! もう、もう……殺して、殺すしかないじゃないですか!」

「お父さんは……長く、なかったの……!?」

「……ええ、どうせ、長くない命、ならば、すぐに死んでも同じ……どうしても私のものにならないのなら、せめて、せめて……私の手で殺すしかないじゃないですか、それくらいは、したかった、したかったんです……」


 愛するヒトを自分の物に。

 そんな欲求が……歪んだ形で現れたのだろうか。


「……軍から渡された毒を、お茶に混ぜ、あのヒトに飲ませました、多分、あのヒトは私が毒を入れたことに気づいていたはずです、気付かないわけがない」

「ローゼたちの父親は……わかった上で飲んだのか?」

「はい……飲み干したあと……「すまない」、そう言ったんです……私の気持ちを知っていたのに無視した罰だと、そう言って……私が軍からの使いだって分かってた、全部分かっていたんです、あのヒトは……分かった上で……」


 どうせ先は長くない、か。

 だからといって……贖罪の意味を込めて、毒入りのお茶を飲めるだろうか。

 ……俺には無理だな。




「父上は、なぜ……父上の体になにがあったんだ!?」

「それは……分かりません、あのヒトは若いころに無茶をしたのが原因だとしか……」

「若いころ……闘技場で戦っていたころか? 一体……なにが……ッ!?」


 突然。

 スミレが頭を抱えだした。


「スミレ! 大丈夫か!?」

「頭が、わ、割れる……なんだ、これは……ぁうぁ……」


 ばたり、と倒れこむスミレ。

 スミレだけじゃない。

 揺らしても、レモンもローゼも出てこない。

 一体……なんだこれは!?

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